2010-01-30

蔡國強 泡美術館

 台湾の旅行記アゲイン。 今回の台湾旅行での揺るぎないメインイベントは蔡國強の回顧展に行った事。 すっごい面白かった。

 回顧展をやっているとは知らずに台湾に行き、不意打ちでポスターを見て皆で半狂乱になった。 おおかみーーーー!

 私はあまり蔡國強の作品を数見た事ない。 ちょこちょこと見た事がある程度。 越後妻有のドラゴンミュージアムが多分最初に見た彼の作品だな。 他に生の作品は見た事なかったかもしれない。

 そして2008年の彼のグッゲンハイムの個展I want to believeの本を読み、結構腰砕けに感動した。 そういえばその日、私は宇宙で一番好きだと思っていた男の子に失恋をして悲しんでいた。 壮絶な気持ちになりながら、蔡國強の爆発映像とかネットで探してみていたのね。 あはっ! 私、結構壮絶さがダイナミック! やっぱ爆発だよな。 私北京オリンピックの爆発も好きでした。







 台湾で行った小さなギャラリーにいたギャラリストに「世界で最も優れたアーティストの回顧展です。」と言われたのが印象深い。 「最も優れたアーティストのうちの一人」とかではなく、かなり限定された至高の存在として言われた。 すごい、その言葉遣いの勇気。 最近では見ないね、そういうの。 結構好きだった。










滲み加工がしてあるグラフィックスで、かっこよかった。






写真が取れる場所がメインホールの車の爆発達だけで、もうここでは人びとが狂喜乱舞して写真を撮りまくっていた。 私もご多分に漏れず写真撮影。 ゴージャズ。 もう、このあっけらかんな感じにやられる。 彼の作品は終止あっけらかんとしていて好きだった。 全部表に出ている感じなんだよね。 内側にも勿論深みがあるけど、でも外に出て、外で起こった出来事に重点が置かれている感じ。 爆発ってそういう事だ。







どっかーん! チカチカー!























バンバンバーン!








 内側は撮影禁止だった。 だから若干盗撮した。 ドキドキ…。 みんなしていた。 そして監視員のおばちゃんに激怒されていた。 それでも懲りずにみんなまたして、また激怒されていた。 すごかった。 展示内容よりもその激怒おばちゃん対観客の構図の方がすごかったとも言える。 それぐらいにみんな盗撮していた。 お国柄? それとも展覧会柄??
 
 このオオカミの作品はずっと見てみたかったから見れて嬉しかった。 もう、テーマもそのまんまなのよ。 ベルリンの壁が崩壊する時の様子を「勇敢なのか馬鹿なのか」ってこのオオカミで表現したらしいんだけど、本当にそうよねー。 もう、本当にあなたってあっけらかんとしているわぁと、ねちっこいむっつりスケベ文化圏出身の私達日本人チームは、そのあっけらかんさに皆で驚く。

 この作品と自分の中で強烈にリンクしている曲、Wolf Parade -I'll Believe In Anythingが頭に流れまくっていた。






この曲と、この作品に関しては、一ヶ月ぐらい前に記事を書いていたので、興味があれば読んでみて下さい。 すごい偶然でさ、これについて書いて、十日後に無邪気に台湾に行ったら、本物がたまたま回顧展で来ていたんだ。 素晴らしい偶然のパワーを楽しんだ。 私ラッキー!

 ほかの作品も全部見事に開けっぴろげで良かった。 むっつりスケベな私からすると若干物足りない気になってしまうぐらいに開けっぴろげだった。 ただ相手は数と規模で勝負してくるからね。 そこには圧倒させてもらったわ。 台湾で中華圏最強の作家の回顧展が見れてよかった! だって、感動も終わらぬままに小龍包とか食べにいけたもん。 イーハー!

鳥と龍

 夕ご飯をお弁当に詰めて、近所の海でピクニックをした。 こっちは今真夏なので夜の9時ぐらいまで明るい。 綺麗なシーズン。

 泳ぐ気満々で行ったんだけど、見事な引き潮でほとんど海無し。 私はまだこの満ち潮引き潮のメカニズムが理解できない。 水はどこに行ったの? 地球の裏側は水浸しなの???
 



普段ならこの写真の木の場所ぐらいまでたっぷり水があるのに。




小さな湾になっている海でとても美しい。
周りが国立公園になっていて、とてもいい環境。

家族連れが沢山いて、大人達はゴロゴロねっころがり、子供は水の中で遊ぶ。




私が今滞在しているエリアは、世界最大のポリネシア系住民のコミュニティーのある場所らしい。 それこそ、本当に島々以上の規模なんだそうだ。 ってことで、この海辺では沢山のポリネシア系の家族が過ごしていた。
ゴーギャンの世界。




拡大しないと見えないかもしれないけど、海辺に立つ一軒家。
理想の家。
将来はこういう所に住むぞ。


 さて渡り鳥のシーズンなのか、それとも散歩に出ていた鳥たちの帰宅の時間だったのか、何千羽という鳥がV字の形にフォーメーションを組み飛んできていた。 すごかった。 轟々音がした。

 これを写真に撮らないで何を写真に撮ると思ったのだけど、意外と難しかった。 








この写真もクリックして拡大しないと見えにくいかも。
 美しいフォーメーションを組んだ鳥の大群の姿はまるで龍だった。 その場にいた人達で「きっと龍ってこの事なんだ」と言い合った。 ゆらゆらと、たゆみながらも張りつめた動きをして、水平線と同じぐらいの長さでこっちに向かってきた。 先頭の鳥達は絶えず入れ替わり、その動きが鱗のようだった。

こういうのを見ながらご飯を食べるのも悪くない。

2010-01-29

お休み

 体調がすぐれない(ような気がする)ので連れ合いに無理矢理仕事を休まさせられる。 悪くなる前に一日休みを取りなさいって事らしい。 こっちは月曜日が国民の休日なので、これで4連休。 昨日は月一ぐらいでデザイナーがもらえる街をうろうろしてインスピレーションを探す日でオフィスに行かなかったので、精神的には5連休。

 私本当にこんなんで良いんだろうかとぐったりと落込む。 すっげー働いたり前進している人達がいる中で、だらだらだらだらと牛歩のごとく動く、大した成果も出していない給料泥棒ニアイコール我輩。 多分体調が悪いんだろう。 考えが暗くなる。 デザインがうまく進んでいない時に、こうやって休みを取ったりすると、まるで自分が現実逃避をしているような気になり落込む。 でもオフィスに行ったからって何かが進んだとも思えない。 ああっ、ブレイクスルーしたい。

 仕事は難しい。 本当になんでこんなに難しいんだと思うよ。 全く先が見えない。 何を作っているのかもよくわからない。 例え何かが出てきても、それが良い物なのかそうじゃないのかも分からない。 このままよくわからないうちに、なにも残さずに、何も作り出さず終わっていくんだろうか。 せめて何かは進んでいっているという実感が欲しい。 はぁ…、暗中模索…。

 今自分の中の閉塞感、強し。

 

悩む力

 成田で買った姜 尚中さんの「悩む力」を買っていて、それを昨日読んだ。

 なんか読後感の悪いまとまりの無い本に私には思えた。 私と結構違う感受性の人が書いた本とも言える。 「そうそう、そうなのよ!」とか「納得だわ」っていう感想を持ち続ける事で得れるハイな感じを必要とする本で

、終止自分の意見とか感覚と違うといっそ見事な他人に会ったような気になれてどっか気持ちがいいよ。

2010-01-27

うちの会社のインド人

 私が会社で一番好きな同僚は、インド人IT技師の男性だ。 彼は我が社を影で(半分表にも出ながら)支えてくれている。 大好きアルケッシュ!!! オフィスが違う彼とはIT関係の問題が起こらない限りあえないのが寂しいよ。 たまにSkypeでただ挨拶したりしている。

 そんな彼は奥さんと結婚当初にニュージーランドに引っ越してきた。 今は小さな王子様のような三歳の息子さんと幸せに暮らしている。

 当初かなりの額の借金をインドの家族にし、こっちに移住したんだって。

2010-01-26

メンター爺さん 二人目

 大学時代にもう一人強烈なお爺さんと出会った。

 ドイツ人の彼は、戦後バウハウスに泊まり込みでモダングラフィックデザインの研究をした生粋な人。 クレーが泊まっていた部屋に泊まっていたんだそうだ。

 ヨーガンという名前の彼は、本当に溶岩のようにホットでジュージューした感じの人で、言霊って本当にあるんじゃないかと思わず疑っちゃうような人だった。

 あっぱれな爺ちゃんで、いっつもものっすごく明るくて、ベタベタ人の事を触ってくる。 一回生徒の一人が「そんなに触らないで下さい。 触られるの苦手なんです。」と行った際に、「そうか、そうか悪かった」と言いながら彼の背中を撫でていた。 それぐらいに温かい人。 みんな最終的に大ファンになる。

 工業デザインが専攻だったので、グラフィックデザインは一学期しかやらなかったんだけど、今振り返っても彼が教えてくれた事は、全大学時代中でも際立っていて、本当に良い教師だった。

 彼の授業の課題は、洞窟壁画から今日の視覚芸術までを、一冊の歴史書にまとめる事だった。 文字の歴史や、媒体の歴史を美しくデザインするという、最高に楽しい授業。 完全にのめり込んだ。

 そんな彼は大学の近くの家に住んでいて、庭先で日光浴をしている彼を見ると、大きく手を振ってくれた。 「オーイ! これから家に帰るのか? 俺も今家にいる時間を楽しんでいるんだ。 これから奥さんが帰ってきたら、一緒に夕飯を食べてセックスして寝るんだー!」と朗らかに大声で叫ばれるから、「楽しんで下さいねー!!」とこっちも叫び返した。

 情熱的な老人は良い。 若者をワクワクさせてくれる。 こっちも楽しもうって思えるからね!

メンター爺さん 一人目

 私の教授、ピーターは私が最も尊敬しているプロダクトデザイナーの一人だ。 仕事っぷりも好きだし、人としても良いと思っている。 悪くない奴。 いつも息子のデザインした服を着ているおしゃれ爺さん。



*****

 彼のお父さんはグラフィックデザイナーだったんだけど、どうもそりが合わず(怖い人だったらしい)一緒に働いたりはしなかったんだそうだ。 だから彼自身が父親になった時に「子供たちに俺と働いても構わないって思ってもらえるような父親になろう」と決めたんだそうだ。

 結果息子は三人とも、すごく優秀なデザイナーになった。 そのうちの二人はプロダクトデザイナーになり、ピーターを自分たちのプロジェクトに誘ってくれた。

 彼らは一緒にLomakという身体障がい者用のキーボード/マウスをデザインした。 

 これはかなりのドリームプロジェクトだ。 大抵のプロダクトデザイナーの最終的な夢は、デザインの恩恵をえれていない/しかし実際は最も求めている人に、的確な形で物を提供する事だと思う。 しかし現実的にはユニバーサルデザイン(誰もが使えるデザイン)の実行は難しい。

 私はいつか一回は絶対に医療関係のデザインをやりたいので、この話がうらやましくてしょうがないんだ。 それは彼も同じでいつかは人が必要としている物を作りたいと思っていて、そして息子たちがチャンスをくれたのだ。 だから誘われた時はいろんな意味でとても嬉しかったそうだ。





 そしてやっぱ単純に良いプロダクトだから、数々の賞を受賞し、NYのMoMA(ニューヨーク近代美術館)で永久保存される事になった。 その時に先生がにこにこしながら「いつかはMoMAにって思ってたから嬉しい。 妻がすごい喜んだのも嬉しい。」と言っていた。 夫と息子が一気に殿堂入りしたんだから、奥さんにとってもすごいプレゼントだよね。

*****

 最近ピーターのお父さんが亡くなり、彼はお葬式に来てくれた人や、これなかった友達の為に、小さな三冊の本のセットをデザインした。 一冊は彼のお父さんの伝記がユーモラスに書かれた本。 次はお葬式で演奏した曲の歌詞と、朗読した詩の載っている本。 そしてもう一つは家族からの小さなサンキューカード。 お父さんが亡くなってから、ばたばたと作ったから、とても小さくて、薄い簡単に出来ている本達だったんだけど、びっくりする位に美しかった。

 ピーターはあまり物事の詳細を話さない。 いつも大雑把な事を言っている。 「家族を大切にしなさい」とか「パートナーに大切にされなさい」とか。 デザインに関係ない感じの事ばかりを言っている気がする。 でも彼の場合、結構直接的に関係している。 多分きっと、本当は誰の場合でもすごく直接的に仕事の質に関係しているんだ。

 彼のお父さんの伝記を読んだ時、移民一世だった家族の苦労話がユーモアたっぷりに語られていた。 地球の裏側に引っ越して、開拓民/移民として暮らしたっていう歴史があるから、彼はまず、最も尊い財産として家族や人間関係を認識しているのかもしれない。

*****

 自分と違う歴史をしょっている人と話す事で、自分の知らなかった世界の過去やそこからの果実を知る事が出来る。 私とピーターは結構何もかも違う。 年齢も性別も立場も背景も。 彼との師弟関係はお互いが違う立場でいる事の美しさや豊かさを教えてくれる。 本当にこれだけの差がある中で出会えてよかったと思うんだよね! 教わる事が沢山。

 ってことで、教師はちょっと変わっている位がちょうどいい人材な気がするの。

2010-01-25

多分、そんな事ないと思うけど

 たまたま小さい時から周りの人に、私の世代の子は大きくなったらきっと外国で働く事になると言われて育った。 多分出稼ぎって感じよりかは、もっと明るいグローバリゼーションにのとった発言だったんだと思う。

 日本で大学生やインターンシップをしている時には教師や周りにいた大人たちに「就職は絶対に海外でしろ」と連呼された。 歴史家が多い環境にいたんだけど、彼らは日本はもう末法って感じに時代を眺めていた。  今の日本は"自己破産寸前の家が、正月恒例の海外旅行をやるって程度の舵取りしか出来てない"、よっていても私の世代は損するだけってのが彼らがくれた理由だった。 そんな馬鹿なと思いながらも、頭の中には結構残った。

 日本でリクナビかなんかが主催の就職フェアに行った時、そこにいる何万っていう学生を見てこりゃ敵わんと思いクラクラした。 とんだドングリの背比べだ。 そこはかとなく暗い気持ちになり、そこにいた就職カウンセラーの人に色々と質問した。 「こういうシュウカツをして、大きな会社に入るっていう黄金ルートを通らないと私は不幸になったり地獄に落ちたりするんでしょうか?」と聞いたら、その就職カウンセラーの人は「こういうシュウカツはやってるふりなだけで、実際の就職活動じゃない。 良い仕事や良い人生ってのを考えた時に、もっと自由に職業を選ばなくては/色んな方法で仕事をさがさなくてはいけないって気がつくはず。 仕事はそうやって探すべき。」と言われた。 地獄に仏とはこの事なり。

 大学の教授は社会人になった最初の数年間は「良い人間たちがいる会社で働く事が重要」と私に言った。 「愛情深い家族が持てている人達が多くて、色んなライフステージの人間がいる会社」ってのを、社会人人生の最初に見ておかないと、感覚が狂うってのが彼の主張だった。 また私が女であることも気にして、子供を持っている女の人が多い会社ってのが彼の選考基準だった。 「これから2年間ぐらいは、ビジネスの廻り方とこれからの人生と家庭について学びなさい。 デザインはその後についてくる。」と言われ、彼が決めてくれた先の会社に私は就職した。

 ニュージーランドではまず国内で就職できる事が珍しいので、大抵世界中でシュウカツをする。 実際クラスメイトの間で、卒業と同時に国内で工業デザイナーになったのは私だけだ。 みんな当然のごとくいろんな国の散らばっていった。 

 いつか起業をして、自分が自分のボスになりたいと思っているんだけど、その時にベースがどこであれ(仕事の仕方によれば、これからは別にどこの国にいても働けると思う)、市場は中国とかインドとかになるんだろうと思っている。 どっかで別に日本の人に物を売りたいとかって気持ちにならない。 また今とてもエキサイティングなプロジェクトを友人と細々とやっているんだけど、それも特に日本の若い人へっていうよりも、日本を経由して、他の国の同じ世代の人とかに発信したい。 発信先の対象に日本も含まれるけど、one of themって以上に考えられない。

 今回日本に帰っている間に、すごいクリエイティブな人達に会った。 一部の人達は酷く日本に憤慨していて、憂いていた。 15歳ぐらい年上の彼らは、きっとどっか私よりもずっと日本の成長や、日本にいる事でもっとよくなる自分の人生っていうのを小さいときに言われていたんだろう。 だから傷ついているし、こういう憤り方をするんだなって見ていて思った。 彼らはすごく悲観的で斜に構えた発言をしていた。 でもその内容が、こっちからすると普通の事柄だったりして、それにも驚いた。 彼から見たら、私の人生や人生観って地獄絵図そのものなのかもしれない。

 私は何よりも、その傷ついている大人に対して、シンプルにかわいそうだと思ってしまう。 多分、私より楽観的な時代に育ったんだろう。 こっちは最初から結構警告されていたから別にそこまで傷つかない。 "政治家を見ていると「日本が嫌いなのか?」と奴らの行動に腹が立つ"とか、"中国市場はでかいけど、餃子に毒を盛るような奴らとは働けない"と言う彼を見てその繊細さに驚いた。 そういう神経に育てられていたら、そりゃ現状は辛いだろう。 提示されていた将来と、今の違いにもがく事になるのかもしれない。

 シュウカツしていたり、転職を考えている友達に日本で沢山会った。 

 私は連れ合いとの家庭の為に仕事をしたい。 人生の為に働きたい。 仕事の為に働きたくない。 仕事の達成感や、そこからの恩恵は、家族や大切な友達との時間に使う報酬にしたい。 そこをしっかり意識しながら仕事をしたい。

 でもこれも単純に私の周りの大人が私にそう言い続けてきたからだろうなと思う。 もし私の周りの大人が「仕事の為に仕事をする事の美徳」とか、「若いうちは死ぬほど働け」とかっていう話しをしていたら、それをころっと信じていただろうと思う。 

尊敬するデザイナーの山中俊治さんのブログ、「デザインの骨格」にこういう事が書いてあった。

"最後の方で石井さんが、十歳下の古田さんに贈った言葉が印象的でした。

「あなたのような立場の人が、理想に酔った宗教者のように、一週間も寝ない事に象徴されるような自己犠牲を良しとする発言をするべきではない。宗教 家古田貴之とリアリスト古田との落差を埋めるために、ドーピングを重ねたような状態で無理に走り続けていくと、いつか必ずこわれます。実績を持つあなたが そうなったら、多くの人を巻き込んでしまう。あなたには古田貴之を信奉する若者がたくさんいる。そうした人たちを育てて欲しいし、百年後を変えるような仕 事をして欲しいから、どうか体を大切にしてください」"

これを読んでいたら色んな事を考えさせられた。 私はどう暮していきたいのだろうか。

Vampire Weekend



Vampire Weekendは私と同い年の子たちのバンド。 最新アルバムのContraが公式サイトで全曲ストリームできるので、是非流してみて。

 こういう可愛いに特化しているポップカルチャーって分からない。  すごく才能に溢れた、素晴らしい楽曲がを作るバンドな気がするけど、それでもちょっとこの可愛すぎな感じはださくないか…? いやっ、この可愛さが消化できない私の可愛げの無さに問題があるのか?




 エリザベス ペイトンの世界みたいな感じがして、ちょっと違和感。 ちょっと倒錯感じるね。 可愛いものとか事ってなんかどっか自分の中で処理しきれない。 結構好きだけど。

2010-01-22

I MISS YOU!



前の記事からの連鎖反応でFISHMANS熱が上がり、youtubeで色々見ていた。 上のnight cruisingは90年代の色彩がたっぷり。 濃い青。 濃いオレンジ。 "cool"さに満ちた時期だったと思う。

始めてFishmansを知ったのはロンドンにいた時で、日本人の年上の友達が私の髪を染めて洗ってくれている時にかけてくれたのがきっかけ。 小さなフラットの、小さなバスルームで、14歳の女の子の髪の毛を浴槽にぷかぷかと浮かんでいるのを見た時に、「こいつは魚だ!」って思ったんだそうだ。

当時よく年上の人達に遊んでもらっていた。 今の私と同い年ぐらい(もしくはもうちょっと下)の人達。 その頃自分もそれぐらいの年齢になったら、年下の子にいっぱいいろんなことをしてあげようと思っていたのに結局まだ何もできていない。

FISHMANS:UA そして Sighboat







素晴らしい! その場にいたかった。

UAが好きだ。(もちろんFishmansなんて頭がおかしくなりそうな位に好きだ。) 美しい女性だと思う。

小沢健二にしてもそうだけど、小学生の頃に聞いていた音楽ってやっぱりどっか無条件降伏。





当初の目的では「甘い運命」を歌うような潤った女の子に今頃なっているはずだったのに。 あーあぁ。 人生って思うようには進まないのね。

そんなこんなで女の人生を考えていたら、胸に私の究極の女性が浮かんだ。 内田也哉子さん。 何から何まで好き。 って別に特に何も知らないけど、平たく言うと、外見や動きや声が大好き! 思わず女友達の選考方法が也哉子っぽいか否かになってしまっているぐらいに。 多分私は大人っぽい大人が好きなんだと思う。 大人の立体的な肉体を持つ男女や、低い声とかに惹かれる。 だからデザイナーだとMartin Margielaとかが好き。 



也哉子ーー!! ビューティー! 瑞穂ー! 私達も髪の毛刈り上げようっ!

2010-01-21

ホームシック

 実はちょっぴりホームシック。 東京シック。 日本シック。

 実家に帰りたーい。 小さいときは一回もなった事がなかったホームシックに、私は22歳ぐらいからかかるようになった。 ある日突然なって、それ以来慢性的にいつもどこかで懐かしい場所を恋しがっている。 これは自分の家が出来るまで続くのかもしれない。
 
 そんなこんなでちょっぴり暗くいた。 そしたらたまたま知合いの日記に"家は、何度も離れたり戻ったりしているうちにホームになっていく"と核心が書いてあった。 その通りすぎて、今までことばに私はできていなかった!

 実家にたいしてもそう。 ウェリントンにたいしてもそう。 確かに私はいろんな形で関わった事がある空間に対して家としての親密さを感じてきた。 

 ふてくされてないで、もっと時間の流れを味わおうと思いました。 それ以外に対処法が無いわ。 

2010-01-20

キョロロ

 台湾ではみんな写真を撮ったり、ご飯を食べたりに夢中だった。




千枚以上写真を撮ったのに、みんなが私のカメラを一気に見ている写真が一枚もないのに笑えた。 みんな色々見るのに忙しかったのね。 みんなが同じフレームに収まっているのすら少なかったよ〜!

小沢健二さん



 小学生の頃、世の中では小沢健二の音楽がピークに流行っていた。 勿論私もすぐに大好きになった。 塾に行く道で、カセットテープに録音した「犬は吠えるがキャラバンは進む」やフリッパーズギターのアルバムを聞いていた。 今でも駅のホームで電車を待っている時に、彼の曲を聞きながらえた高揚感は憶えている。 それ以来ウォークマン(今はiPod)を片手に電車に乗るのがとても好きだ。 日本の一番綺麗な楽しみ方の一つだと思う。

 そんなこんなで小沢健二さん。 世の中のはやり廃りがあってもずっと続けて好きだった。 最近の二枚のアルバムは正直あまり評価していないんだけど(音質が悪い気がする)、でも一番好きなミュージシャンの一人。

 そんな彼が13年ぶりにコンサートを開くと知り、しかも名盤、LIFEからの楽曲が中心だと知り、もうあたしくらくら。 多分日本帰る! スカノかオオヤマ!! 私の分もチケット取って!!

 公式サイトを読んでいると、なんだかとってもワクワクしてくる。 でも同時に若干ぞくぞくもする。


 チケット頑張ってとろー!

2010-01-19

心頭滅却すれば

火も亦た涼し。

台湾では火は消さない。 滅するものなのだ。







台湾旅行はちょっとした漢字表現の違いを発見できてとても楽しかった。 ニュージーランド人の漢字が読めない子と一緒に行ったんだけど、残念な位色々と理解できていなかった。 漢字圏出身で良かったと思ったよ。 勿論彼の場合はラテン語圏に行った時に、言葉の面白さに酔いしれる事が出来る。 だから漢字が読めなくて不便をした彼に、漢字の読める私に焼きもちを焼いたり悔しがったりしても仕方が無いさと諭した。 誰にでも語族ってある。 言葉による制約を肌身に感じる今日この頃。

それにしても台湾の言語センスは本当にちょっとだけずれている分、とっても面白かった! 小さな差から無限の言葉の宇宙を感じてしまった。 これがアルファベットとかになると差がありすぎて逆に何も感じなかったりする。







ロレックス=労力士。 そう書かれると、確かに尊敬に値する価値観を持っていそうな会社に思えてきます。 あっはっは! 名訳。

大人の夜市 華西街観光夜市




台湾の大人の街の夜市に行った。
華西街観夜市という台湾の風俗街の横にある市場。






大人は一人で黙々と食べる。






鶏の色とその死にっぷりに感銘を受けた。
ごろっと死んでいて、それを人が食すと。
日本やNZではあまり見ない光景。






なんかむっつりな感じの照明や、お店たちの佇まいにきゅんとなる。
エロい感じがほっくりしている気がする。
ギラギラしていない。
ピンクの小さな椅子や、怪しい照明、
怪しい猫。 意味深な漢字。 面白い。






大人はセックスも好きだけど、お金も好きだ。
置物が売っていたんだけど、
その何とも言えない愛嬌に心打たれた。
犬と金。
確かに両方私も大好きです!






小さくハート!






冗談以外では使いようが無い明るく楽しい商品が多く
売られていてあんまり朗らかじゃない性格の
私には愉快すぎた。
私が持ってても同情こそされど笑ってはもらえなさそうだ。






こういう大人のおもちゃ屋さんの奥で、おっちゃんとおばちゃんが
風流に中国茶を飲んでいたりして、
風俗って全くもって奥深いものなのだなと思いました。






海鮮系の食品の取り扱いでも有名な市場なんだそうです。






この照明のセンスがたまらないよね。
こういう感性って私にはまだないなあと眺めながら考えた。 
なんか温かい感じ。 温かくて生々しい性と生。
いつか芽生えるんだろう。






大人な夜市なので精力をつける食品もいっぱい売ってた。






ぎゃーーーー!
頭とられて、股間切られてる!






玉は別売りなのね!

「すっぽんって噛み付いたら離れないし、なんか形状あれに似てるし、
そんな獣の玉を喰ったらむんむんなのではないだろうか」
っていう無邪気な発想。
まっすぐだなぁ。

面白い程度の風俗街は良いと思う。

2010-01-18






 門にはお国柄が出ていて面白い。 上のは台湾の門。 日本の一般的な門、いわゆる鳥居とかと比べると、台湾の門のハイパーな装飾欲に驚愕させられる。 何故、あなたたちは門をこんなに装飾したいのですかと尋ねたくなる。 同時に日本の門のミニマルさに驚く。 でも何となく「とっちゃえ」って感覚の方が、「つけちゃえ」より分かる。 私の場合、門への美意識に関するルーツは日本。

 韓国の門も素晴らしい。 西遊記のキャラクターが乗っていたりして、ほっくりとビューティフル。 韓国の門からは気品、日本のからは凛とした感じ、台湾のからは覇気を感じますね。 東アジア圏の旅行はこういう、骨格とアプリケーションは同じなんだけど、表現が微妙に違うって物に溢れていて、その発見がとても楽しい。

 それにしても「よっしゃ、めっちゃ龍のせちゃおう!」とかってどこから湧き出てくる欲望なんだろう。 発想そのものに元気が溢れている気がするね!

2010-01-14

名前に"ゆう"が入る奴はすごい

 たまたまかもしれないけど、名前に"ゆう"って入る人は大抵すごい。 雄太郎もすごいし、佑次郎もすごいし、裕子もすごいし、ゆうかもすごい。 なんかみんな際立ってるしキャラ立ってる。

 今回の日本滞在では佑次郎君によく遊んでもらった。 

2010-01-13

おさななじみ

 おさななじみの子とバイバイをした。 彼とはウェリントンの高校大学と一緒で10年来の友人。

 その子と私は別れまくっている。 高校の卒業式で別れ、お互いの留学で別れ、大学の卒業で別れ、今回日本で別れた。 その度にお互いボロボロ泣く。 だって毎回二度と会えないと思うから! しかしなぜか縁深く、彼と私はなんか出会い続ける。 今度彼はロンドンに引っ越す。 次はそこで会うのかな?

 丸の内で(丸の内のThe Tokyoって感じが好きだ)珈琲を飲んで、お互いでお互いの写真を撮りまくり合った。 自分撮りって言うの? なんかくっつき合って自分たちを撮るやつ。 あの、他人がやってる所を見ると何とも言えないぐらいにむかつくやつ。 日本の中心でそれをやる。 完全に見た目はバカップル。 でもカップルじゃないから、実質はただのバカ。

 色々と古い友達であるが故に言える事をズバズバと言われた。 最近「アンナの小さな世界」ってフレーズがお気に入りの彼は、私が間違えた事を言ったりすると「まあ、アンナの小さな世界ではそうなのかもね」と言ってくる。 どれだけ御自分の世界は大きいと思われているのだろうか。 ムキー!! 

 「アンナのする我侭や歪んだ行為で傷つくのは、アンナ以外の全関係者だって事をそろそろ知らなきゃね。」とか、もうさすが10年間私に振り回されているだけあって言う事が辛辣。 そして私のボーイフレンドに対するコメントも辛辣。 「あああぁ、そんなにアンナに尽くしちゃって、本当にもう、そこまでやる価値ないのに。 そんなに捨てられたくないかね。」ぐらいの勢いな事をポンポコ言っておられた。 なんてこった! 殆ど全てに辛辣!! 「どーしたお前?!」ってぐらいに辛辣。 ここで十年分の憂さ晴らしか?!

 でも私も同じぐらいの辛辣さで彼に接した、多分、お互い、不器用なんだと思う。

 2人して涙目になって、「お前以外がこんな事を言ったら一生許さない!!」と言い合って、一応喧嘩両成敗で収まった。

 そしてその後ガシっとハグをして、ボロボロ泣きながらバイバイをした。 くふぅ…。 一緒に大人になった友人との別れは辛い。

主に多摩美の友達に関して

 今回の日本滞在はとても実り豊かだった。 なんだかとっても友人関係中心な旅行になった。 今回はただひたすら友人たちに会った!

 日本にいる友達で一番数が多いのは多摩美の時に一緒だった子たちのグループ。 みんなものの見事に違う事柄に挑戦していて、様々な選択肢を選んでいて、そしてどっかやっぱり似ているライフステージにいる。 どこかで仲間意識があり話していて面白い。

 みんな確実に今の方が昔より面白い。 例えばストレルフルな職場にいて、なんとか踏ん張って生きているって感じの子であっても、友達という長い時間を共有していた者の視点としてみて見ると、やっぱり美しいし、希望に満ちあふれた女性/男性に見える。 彼女/彼自身は健康的で、若くて、美しくて、素晴らしい人だ。 お願いだから、その事を忘れないでほしいと友達を見ながら思った。 

 他大学出身の子に今日ぽろりと、アンナたちの友達関係は親密だと言われた。 先日たまたま彼女も含めて、小規模な多摩美の呑みをしていたんだけど、その時にそう思ったらしい。 お互いがお互いを気遣い合っているし、愛情を込めている感じがするんだそうだ。 多摩美の一部のみなさん、私達の友情って「祝福されている友情関係」に見えるんだそうですよっ!

 そして確かにそうだと思う。 少なくとも私が知っている人達はそうだ。 お互いがお互いを気遣う習性がある人達が多いし、やっぱり愛情深い。 まあ、美術って基本的に愛の行為だからね、愛、深いかもね。

 だからさ、そんな時でも私たちは素直にお互いに優しくし合って、ケアし合おう。 こんなご時世だから、ファックな事が沢山あって、シットな目にも沢山会う。 世相が本当に悪い。
 ただ状況が最悪だったから友情やら体やらを壊しましたとかってのは本当に冗談にならないので、そこだけは自分たちで守ろう! 私たちのこれから一緒に過ごせる時間の為にも、今日のお互いを気遣おうね。

 ってことでもし私に何かあった時、私がくよくよしたり、疲れた時はどうぞビールを買って下さい。 そして活を入れて下さい。 願わくば、一食ぐらいおごって下さい。

 卒業とか就労体験とか、なんだかんだとみんなの人生にすごい変化があって、話していてすっごいインスピレーショナルだった。 特に河合氏のはじけっぷりがすごかった。 いやー、すごい成長率。 大ファンになった。 話し上手すぎ。 落語家のごとしっ。 あといつでも私の午後のけだるい楽しみ"人妻エロスtwitter"を供給してくれているS嬢から、ライブで色々聞けてたのは良かったわぁ。 私の中のエロバンクに貯金が増えた。 ちゃんと要所要所で引き落として使うから! 無駄遣いはしないし、出来れば資金運用的な意味合いで使うねっ! そして勿論ケイスケとかね、当然大好きよ。 あゆみちゃんも疑い無しに大好きよ。

 あー、また一年近く君たちの飲み会やら馬鹿騒ぎやらに参加出来ないのかと思うと寂しくてしょうがないよ。 来年は今年よりももっと楽しくパーティーしよう。 その為に元気でいよう! これからが楽しみじゃないか。

GOING ON

 もうすぐNZ帰国。 日程が近づいてきたら現実感が沸いてきたぞ。 

 ってことで会える人にはとことん会っておこうと連日連夜人に会っている。

 昨日の夜から女の子の友達が鎌倉に来たので、雨振る大寒波の中地元を散歩。 寒かった。 でもとても面白かった。

 彼女は知っている女の子の中で一番雄弁な子だと思う。 情報量が多い! 本当に彼女は活発に喋る! 同時に非常に繊細で美しい感受性を持つ人。 いやー、傑出しているねー。 がんばれー!

 彼女とガールズトークをしていたら、結構色鮮やかに私の連れ合いの事を思い出した。 もうすぐあのモジャモジャベイビーボーイに会えるのかと思うと、大興奮だ。 彼はいろんな側面を持っている。 親友だし、伴侶だし、恋人だし、生活共同体の相方だ。 今はその中でもすごく相手の親友っぷりが恋しい。 彼の友情とユーモアのセンスが恋しいよ。 笑い転げたい。 不思議なもので色気とか情念とかそういうのよりもなにも、私は相手の友情が恋しい。
 その事に気づいたらとてもピースフルで嬉しい気持ちが溢れた。 

 なんだかとても明るい気持ちになっている。 今年も良い年にするぞー!

 

2010-01-07

ぐっすり眠れる

 今回一ヶ月のお休みで日本に帰ってきているんだけど、とてもとても楽しい。 楽しすぎてNZに帰りたくないぐらいだ。 

 明日も仕事が無いっていうこの感じ、素晴らしい。 今回、はっきりと私はあまり仕事が好きじゃないんだと気がついた。 仕事の為だけに働ける程仕事が好きじゃない。 働かないですむ時間を増やす為にこれからも働こうと決心。 仕事のやりがいは仕事に求めず、働いていない時間に求める。 その時間の為に働く。

 今回の日本旅行でいろんなインダストリーにいる子たちと話した。 話していくうちに自分自身の形がはっきりと見えてきたと思う。 勤め先によって日々の大幅の形は決められてしまう。

 オークランドにいる間、私はいつもあまり寝ていなかった。 時間的には十分寝ていたんだけど、例えばそれが休日であってもどっかで気が張っていたみたいで、ごろごろ泥のように深く深く眠るってのが出来なかった。

 実家でだと平気で合計12時間とか寝れる。 というかね、いつもおかしいぐらいに眠い。 

2010-01-05

引っ越し

また今年も引っ越しのシーズンがやってきた…。 

ぐはーー! 引っ越し嫌い!

去年は、のりで四回引っ越しをしてしまった。 
今年は何回するのかな?

引っ越しは嫌い、でも嫌な感じのところに住むはもっと嫌い。
だから引っ越しを続けてしまう。

去年は、一度日本に引っ越して、
その後超怪しいオークランドの工業団地内に引っ越し(貧困を見た)、そしてそこが怪しすぎたので、オークランドの売春街+ゲイタウンな一角へ(廃人を見た)、その後貯金を目的に連れ合いのオークランドど真ん中の音楽スタジオ/掘っ建て小屋に越した(普通に窓をあけたら、窓ガラスが見事に全部割れた)。

多分、あたし、考えなし!
それがこれまでの微妙な感じのハウスライフへとつながっているんだと思う。 

っが、それも絶妙に楽しいのは私が無責任な若者だから。
だって、繁華街とかの近くじゃないと夜やることないんだもん。
クラブに行って、酔っぱらって、そのまま歩いて帰りたい。
夜中に恋人と手をつないでコーヒーを飲みにいきたい。
凝った映画館や、ライブハウス、バー、本屋さん、朝市などは生活圏内に欲しい。
そういうのを求めると結構エキセントリックな場所に住むはめになる。

でも同時に、私はサマーヒル出身で
連れ合いもこれまでたまたまみんなそういういう学校出身。
夜空の星を数える感じで育っちゃった過去に反抗するかのごとく夜遊びをするけれども、
実際の家の中はクレヨンハウス。 厚ぼったい靴下をはく。
そして週末は森にこもりたい。

ってことで、そこらへんの折衷案をうまくとったウェリントンの家(勿論同居人達はシュタイナー出身)は理想的だった。 街の中心部のすぐ横なんだけど、グリーンたっぷりだった。 だから二年住んだ。

実際去年もエキセントリックな所に住んでいたけど、
週末は連れ合いの実家の森と海に帰って散策していたから釣り合いはとれていた。
今年もそれをしようと思ったらできる。 
だが毎週末相手の親に会いたいほど私は奴らを愛しちゃいない。
相手の親に関わるのは二ヶ月に一回ぐらいで十分。

だからやっぱ「ほっくり我が家」と「夜中の街生活」両方一気にできるところに住みたい!

本当にこの二つを求めると大変よね。 そしてライフプランも同時並行で考えなきゃいけないから、家計のこともシビアに考えなきゃいけないし。 理想な家探しってエンドレス!

はー、もう考えるだけで、家財道具一切合切捨てて、放浪の旅に出たくなるよ…。 まじでなれるものなら山下清になりたい。 いやっ、嘘、そこまで思い切れない。 なんか寒そうだし、彼。 でも小学生の頃の夏休みぐらいに無責任でぼけーっとしていて、日常の行動が放浪だった頃に戻りたいなあって切実に家を探しているときとかは思うわ。 陽水が鳴り響いちゃうわね。






たまに男の人生において、彼らが最も美しかったし楽しかったと思い出す時期は「小学校の夏休み」ってことを言うけど、今の時代女にとってもそうなんじゃないかと思う。 今や女もオヤジ。 私、日々心の中のオヤジを飼いならしながら生きているよ。 あー、山下清になりたいっ。

とりあえず、大人でも夏休みな気分は得れるのだと教えてくれるサザンを、鎌倉の実家で聞いている。 それこそ江ノ島を眺めながら。





ああ、多分私は桑田佳祐になりたいんだ。 ああ、本当にもう、桑田佳祐さん、血中夏休み濃度高すぎだわっ。

それにしても"君のしぐさを真似る Sunday"だなんて神がかった歌詞よく書けるよね。 大学生の頃、金、土と好きなことお酒を飲んで、彼が一緒にいない日曜日にやっぱり彼のしぐさを真似していた。 みんなそうなんだね。

2010-01-04

ちょっとした目標

 連れ合いと今年の目標を話した。 別に真剣に話し込んだというよりも積もり積もった話をしていくうちにそういう流れになってぽろっと出た言葉たち。 いろいろと言い合った後「自由を得るために暮らそう」ってのがまとめだった。 私は自由になるために働きたい。

 去年、繰り返し繰り返し聞いていた曲のうちの一つ、New OrderのBlue Mondayのビデオをニコニコ動画で見ていた。 私、New Order、ニコニコ動画。 すごい組み合わせだよね。 コメンタリーが非常に面白くて、じっくりと読み込んでしまった。




New Orderは私の大好きなイギリスのバンドJoy Divisionのボーカルが亡くなった後に残ったメンバーで結成された。 それまでポストパンクロックバンドだった彼らはNew Orderになると急にダンス系になる。 が、独特の暗さと鬱さは見事にそのまんま。

2010-01-03

Joy

 久しぶりに会った友達はとってもインスピレーショナルだった。

 長い間会っていなかったから、婚約した事も、結婚した事も、子供が生まれた事も知ってはいたけど細かい話しは知らなかった。 しかし一つ一つに丁寧で深いストーリーがあるものなのですね。 特にこの家族は、旦那さんが奥さんにプロポーズした時の作り込み具合が、もうプロ。 プロの技で、私はとってもインスパイアされました。

 旦那様はアメリカのゲーム雑誌の編集長/ゲームのプロデューサー。 ゲーム大好きっこだ。 そんな彼はとっても情熱的でクリエイティブ。 そして行動的。 生粋のニューヨーカー。

 彼は出来るだけの事をプロポーズでしたって感じ。 クリスマスのパリ旅行の最中、郊外のレストランにて彼女に結婚を申し込んだんだって。 この時点で、スーパーロマンティック。 

 彼はオルゴールの箱に指輪を入れて、彼女にプロポーズした。 そのオルゴール箱を開けると"特別"な音楽が流れて、勿論中には"特別"の指輪が。

 特別って"価値がある"っていうのと同じような意味だと思う。 そして何に対して"価値"をおくのかってのはその人の魂の色を素直に示す。 

 彼は、一人の女の子を愛して、彼にとってとっても価値のある物を使って、彼女への忠誠心と誠実さを証明した。 彼は半年の仕込み時間を使って凄いことを成し遂げた。 

 彼の愛する人に、彼の愛する物を送ったの。 ファイナルファンタジーシリーズの殆どの曲を作曲している植松 伸夫さんに、そのオルゴールで流す為の音楽を作曲してもらったのだ。 そして同じくファイナルファンタジーシリーズのキャラクターデザインをしている天野喜考さんに指輪のデザインをしてもらった。 見事な特注品。

 すごいよ! そのゲームへの愛と、情熱的な行動力と、彼女への思いが見事、形になってるね! その指輪ははめているだけで、魔法が使えそうな一品。 私は感動したわ。 見事だと思った。

 その後、彼は一連のストーリーをブログに投稿したんだ。 彼が植松さん宅や、天野さん宅で頼んでいる所のドキュメンタリー映像まで添えて。 その投稿はアメリカ中のゲーマーの心をうち、祭りになったそうだ。 そりゃなるだろう。 ゲーマーっていう枠を超えて、普通のブログとかで行われたその年のベストプロポーズストーリーの中にも入ったそうだ。 そして彼の妻へとファイナルファンタジーシリーズへの情熱に胸うたれたのか、結果としてスクエアエニックスが彼らに婚約祝いの為に、等身大の映画かゲームの撮影で使った甲冑の兜をプレゼントしてくれたそうだ。 すっごいの、それも本当にすっごい兜なのよ。 でっかいの! これ被って町中でたら速攻で逮捕されそうな代物。 彼らの玄関に鎮座しておりました。

私はこれはすっごい良い話しだと思うんだよね。 

花嫁の友人として、こんなに彼への好感度が上がる話しは無い。 彼の愛の深さ、しかと感じたなり!

あっはっは! 検索したら彼らのプロポーズ関連の話しがゴロゴロネット上にあって、世界中の人達に祝福されていて本当に嬉しかった(そして面白かった)。 いやー、本当に、本当に、本当におめでとう! 喜びと、調和が永遠と続きますよに! もーーー、彼女たちって本当にインスピレーショナル!

もっとドライなファクトたちが知りたい人はこちら↓
『FF』クリエイター2人の力を得て、超ロマンチックなプロポーズ大作戦!

あかちゃん

 友達のベイビーちゃんと、旦那さんに会ってきた。 その友達とも久しぶりの対面で、すごーく楽しかった。

 アンティー・アンナになってきたよー。 はじめましてをしてきた。 アンティー・アンナは「赤ちゃんに教える」を「これを調教する」と言い間違えたり、「後20年間はこの子話してもつまんないよねー。」等々、墓穴ほりまくりの言葉遣いを私は連発し、嗚呼、普段使っているような言葉が出てしまうのかと恥じ入り反省。 アンティーなのに…。 この赤ちゃんにとって、優しくて、寛容で、刺激的で、そして年齢を超えた友情で結ばれるべき存在であるアンティーなのに、まだまだ私は未熟です。 いつか、良いアンティーになるから待っててね!

 友達の赤ちゃんはすごくクールでミステリアスな感じの子だった。 赤ちゃんだからそれはそれはとっても可愛いんだけど、しかしそれを上回る大人っぽいクールビューティーさ。 多分将来デヴォン青木っぽい系統のビューティーになると思う。

 彼女は全ての祖父母の人種が違う。 彼女はマミー側から日本人、スウェーデン人、ダディー側から香港人、ドイツ人の血をもらっている。 国籍はアメリカ。 だからいーっぱいいろんな文化背景が彼女を支えている。 「覚えなきゃいけない事たくさんだねー!」と話しかける。 きっとどこに行っても愛される子になる!

 私がお邪魔していた間ずっと彼女はすやすや寝たり、おっぱいのんだり、うんちしていたりした。 ずーっと良い子。 なんか淡々とした、どっか超越した感じの赤ちゃんでかっこ良かった。 赤ちゃんってみーんな性格が驚くぐらいに違う。 赤ちゃんの時から立派に人格とか、特徴ってあるものなのね。

 まだ二ヶ月だから、寝返りもうてない。 彼女がやれることって、おっぱい飲む事と、プープーする事。 飲んでは出して、飲んでは出して、その間にぐんぐん大きくなる。 ダイナミック!

 いーっぱいダディーとマミーが彼女に優しくしていて、家中が幸せな雰囲気で空気が柔らかくて、私もその場にいただけでほっくりした。 いっぱーーーい色々やってあげててさ、すごく安定してて、もし例えば私が今子供が出来てもここまでやってあげれないよなって思った。 だから待つ!

 家に帰ってから久しぶりにニュージーランドの我が家と連絡を取る。 連れ合いが年末から正月にかけてどっかの森に野郎どもと冒険に出かけていたので、連絡のとりようが無かったのだ。 人間界に戻ってきたようで何より。 あかちゃんの写真を見て、「ちっちゃーーーーーい☆☆☆」とめろめろになっていた。 2人して、とりあえず最近の黄金フレーズの「貯金しよう」を連呼した。 今は友達の子供のアンティーとアンクルでいようねと話し、「冒険に連れて行ってあげなきゃなぁ」としみじみ。 アンティー+アンクル道の長い道のりが続くなり!

2010-01-02

2010






















































あけましておめでとうございます。

一月一日の昼間、地元の友人を電話で起こす。
その子に「海に行こうって言われて起きる正月って完璧」と言われて、私もうれしくなる。

私の住んでいる町からはいつでも海が見える。 不思議なもので、片方の目から入ってくる景色がいつでも海だと、自分の体の半分ぐらいも海になっているような気分になる。 

 私からすると「ちょっと歩いたら海」はどんな贅を尽くした町並みよりも素晴らしいこと。 海を見ながら珈琲が飲めるお店があること、もこもこに着込んで浜におりて本が読めること、とてもとても大切。 心の渇きをいやしてくれる。

テレビや雑誌は、豊かな生活をするためには激しい消費をしなくてはいけないと言ってくる。 自己実現のためにはヒップな会社で鬼のように働かないといけないんじゃないかって気にもなる。 でも本当の豊かな環境は「そんなことない。 そんなことが大切なことじゃない。」と私にいつも教えてくれる。

大人になるために、きちんとした家庭を築くために、働くことの意義を思い出すために、ここでの生活をいつも忘れないでおこうと思う。