2011-09-30

遺跡で戦車で平らい馬




ナショナルジオグラフィックスのニュースで、2500年前の中国の古墳が見つかり、そこからかなり完全な形の戦車と馬の化石が出てきたと知る。 私がNZで本作ってる間に、中国で古墳掘っている人がいるんだもんなー。 世界の分業でよく出来てる!

見事な形で残っていて、写真には不思議な魅力が宿っている。(魅せられると同時に、馬が生き埋めにあっていなかった事を2500年後の現代人の私は祈ってやまないが) なんでこうも馬がぺっしゃんこなのか気になるけど、いやはや立派。 こんな昔から文明があった中国ってすごいなあと素朴に感心してしまう。 しかし、馬やら戦車と一緒に埋まりたいとかって、かなり現実的な発想よね。 私なら、もっと無用の長物と埋まりたい…。 なんか埴輪とか、焼き物の馬とか…。 愛嬌がさ、あるじゃん、埴輪の方には。

高崎で出土した埴輪


ナショナルジオグラフィックスのサイトでもっと写真が見えるから、興味がある人は見てみて!

2011-09-29

じゃれる



誰かがじゃれあっている姿をみるととても気持ちがよくなる。 最近ポール ニューマンとジョアン ウッドワードの写真を数枚見た。 胸が温かくなったよ。 キスとハグとじゃれ合いが、人間関係で一番大切。 ずっとずっとじゃれてたいね。 ぎゅっとさ。








2011-09-28

恋に落ちるには若すぎる



久しぶりに、見た途端にあははってなったアルバムのジャケット。 Too young to be in love! ごもっとも! よく言った!

 声のトーンによって、この言葉の意味はがらっと変わる。 「若い奴には恋する権利なんてない」って言い草にも聞こえるし、「私はまだ若いから恋にどっぷりなんてのはいらない」って言い分にもとれる。 個人的に、私は後者の意見を結構支持します。

まだ働きたくないとか、まだ永住権の事か考えたくないとか、まだ家計簿をつけたくないとか、まだルーティーンのある生活をしたくないとかって感じと同じで、私にはまだ恋はしたくないって感覚があった。 そんなchore嫌だ!と思っていた。 モテなかったから強がりを言っているとかじゃなくてね、結構腹の底から、まだ若いんだからそんなけったいな事はしたくないっていう「青春の無駄遣いという最も優れた贅沢をしたい」感覚が私にはあった。 24歳位までは結構真剣にそう思っていた。

で、たまに思うんだよね。 そういう感覚ある人って結構いるんじゃないかと。 「お前らアメリカのチックフリックに出てくる高校生かよ!」って感じにやけに男と女で、まだ若いのに向かい合おうとする奴に対して「もっと贅沢に毎日をおくれないのかね!」と思っている人。 私は思っていた。 やけに「向き合いたがる」「一人の人と親密になりたかる」、その態度はみみっちくないかと。 いや、これは私がモテなかったから強がりを言っている訳じゃなくて! 実は15人に1人位はこういう感覚持っている人いるんじゃないかい?

2011-09-25

のらいぬの楽しみ

職場で唯一の日本でいるってのは非常に楽しい経験である。

なぜならば自分以外の人全員と慣習が違うからだ。

想像してもらいたい。 自分以外全員が自分と違う文化圏で育った人達の中にいる状況を。 自分がその場で「かなり外国人度の高い人」でいる状況ってのは、なかなかに楽しいものである。

毎日が世界ふしぎ発見で、エンターテイメントが向こうから勝手にやってくる。 そして素晴らしい事に、その向こうから勝手にやってくる文化・風習・慣習ってのは、大概にして面白く、質が高く、「人類って良いなぁ」と思わせられるものである!

私は「出来る女」とか「国際間をまたにかけるエーリート」みたいな"お姿"は反吐が出るほど嫌いだ。 というか、あまりにも自分と性質が違いすぎて、なりたくてもなれない。 同時に「外国や冒険が大好きなバックパッカー」ってタイプでもない。 かなり実用的な理由で日本で働く事より海外で働く方が絶対に得が多いなと思ったから海外に暮らしているだけだ。 日本にいた方が得が多そうなら日本に帰る。 それだけの事。

損得勘定だけで選んで暮らしている場所で、それでも飽きずにいられるのはある程度"ふしぎ発見"とか好きだったからも知れないと思う。 ドキュメンタリー映画とか、ヒストリーチャンネルとか、ナショナルジオグラフィックとか、なんだかんだで興味はある。 恋愛ドラマとかよりかは比較的親密にそういう番組を小さい頃から見ていた。 そして何よりも現代美術が好きだった。 私は90年代のマルチカルチュアリズム花盛りの現代美術を見て育った世代だ。 この価値観が私に与えた影響は半端なくでかい。 ほとんど一体化していた感じがある。
「多文化主義」。1990年代に入るや否や訪れた50年近くに及ぶ米ソ冷戦構造の崩壊は、従来の西洋中心主義的な価値観の大幅な更新を迫ることとなった。現代美術の場合、それはモダニズム芸術観の克服というかたちで顕在化し、以後、「ヴェネツィア・ビエンナーレ」や「ドクメンタ」などの国際展で、多くの第三世界出身の作家が高い評価を受ける契機となったのである。現代美術のメイン・ストリームといえば、それ以前には、J=M・バスキアらの僅かな例外を除き、大半が西洋出身作家によって占められていたのだから、この転換は画期的なものであった。現在のところ、美術における「マルチカルチュラリズム」の先鞭は、1989年にポンピドゥー文化センターで開催された「大地の魔術師たち」展で付けられたとするのが定説である。作家の国籍や民族を問わず、一切の出品作品を現代美術として相対化しようとするその視点は、多くの批判があったとはいえ紛れもなく先駆的なものだった。もちろん、相対化を意図しつつも、フランス人である企画者J=H・マルタンが自らの主体性はしっかりと確保しようとしていた、という批判は大いに当たっている。日本におけるアジア美術の例を出すまでもなく、「マルチカルチュラリズム」の問題は、その立場を唱える者の位置を必然的に問うことで、「ポストコロニアリズム」とも密接な並行関係を形成しているのである。 [執筆者:暮沢剛巳]
自分の思春期と、美術のこのトレンドが合致していたのは、本当に幸運だったなと思う。 "国籍や民族を問わす、一切の出品作品を現代美術として相対化しようとするその視点"は確かに私の中に強くある。 誰もが「今日を生きる人」であると思うから、別に相手の文化がどう自分のと違おうと、強く惹かれるし、自分自身の文化と同じ位に今日的で、興味深い物だと思えるのだ。

「現代美術が好きだった」ってのは、他人の文化とか慣習とか歴史の中に自分自身を発見する技術を身につける為の非常に大きなゲートウェイだったなと思う。

美術業界は他のどの業界よりも多分グローバリゼーションが早かったのだろうと思う。 そしてかなり明確に「西洋圏で評価されないと、芸術として世界に残らない」という悲惨さに対して自覚的で、その問題が話しの一つの焦点になっていた。 そういう反省とかがどうどうと一番大きな話題になれるのが美術の"自由さ"とか左っぷりなのだろうと思う。 そしてこれは子供に与える教育的素材として、かなり、控えめに言っても「素晴らしい」ものだと思う。 自分自身の心の余裕とか、立場のノーサイドが与えてもらえるという意味でも、現代美術の持つ独特さは素晴らしい。

「日本人は青年期に外国人としての暮らし方を教わるチャンスがないから、大人になってから海外で働こうとか暮らそうとしてもハードルが高い。」とこの間日本から来ていた法律家の人が言っていた。 ごもっともだと思う。 また日本には植民地や旧植民地がないから、単純に内地以外で働こうと思っても、簡単に引っ越せる場所もない。

で「外国人として暮らす方法を学ぶ機会」ってのを考えたときに、私自身がぱっと思いついたのは、やはり「なんだかんだで現代美術勉強していてよかった」ってことだった。 現代美術の勉強が多分それについての手っ取り早い方法だったのだ。

その「自分が気がつきゃ外国人だった問題」にぶちあたり、苦悩した人達が積み立てた「打ち勝つ為の方法論」が山ほど詰まっているのが現代美術だ。 日本にも李禹煥がいる。 外国人でいる事のプロ中のプロだ。(本当に私は彼の存在を知らなかったら、もっと傷つきやすかっただろう)

自分の子供とかが思春期を迎える頃に、現代美術のトレンドになっているものはなんだろうと考える。 想像もつかない。 でもとりあえず絶対にそれにどっぷりと浸かれるような環境は提供したいと思う。

そしてやっぱり「人生で一度は"自分以外自分のカルチュアルバックグラウンドを持っている人がいない環境"で苦労してみろ」とどっかに追いやるんだろうなと思う。

それ以外に良い教育って思いつかないんだよね。


2011-09-23

こまごまと

最近日本語で文章を書くのが苦手になって来た。

日本語がへたると、英語もへたる。 私の場合は自分の体の中にある日本語のレベルが、かなり多くの事柄の質をコントロールする。

もっともっと日本語を書かなくちゃだ!

2011-09-22

久々の人間関係

就職をして以来3年近く、15m x 15mの倉庫(職場)でほとんどの時間を一人で過ごしていた。 1人で働き、1人で食事をし、1人で帰るという生活をずっと続けていた。 

私の仕事のプロジェクトの1つがその倉庫をオフィスに転換させる事だったので、そのプロジェクトが終わるまでほぼ終止1人。 他の部屋に行ったり、建物に入れば人は沢山いるから会議とか仕事のやり取りでの人間関係はあったけれども、それでも職場での80%ぐらいの時間は倉庫で1人で過ごしていた。 

そういう環境にいると楽勝で社交の技術なんて地に落ちる。 元々乏しかった人間関係の技術はこの3年間で幼稚園に入る前位の次元まで落ちた。 お役所の人達とのお金とか戦略に関する会議の場に、バレエのチュチュみたいな妙なレースのスカートに鼓笛隊のジャケットを着て、靴履き忘れて靴下でとことこ行く事に疑問を持たなくなる程度には状況は悪化していた。(その姿を見て驚いてはいたけど怒らなかった上司は人間が出来ていると思う。)

 イギリスではヒッピーの学校に行っていたので、同窓生には結構社会的常識がない人達がいる。 例えば日本の会社の面接に無邪気に疑いもなくビーサンで行ったりとか。 そういうのを見ていて、「私は違う。 一般常識がある。」と思っていたんだけど、それは自分を過大評価していたに過ぎなかったと今回の経験で気づいた。 私の一般常識は所詮あってないようなものだったのだな。 

そんな「漠然とした荒野のような私」が突然数人の人達とオフィスを共有する事になった。 身内以外の他の人類と接する事自体ほぼ3年ぶり。 最初はかなりぎこちなかった。 「どどど、どうしよう。 朝のお茶の時間になったけど、一緒にお茶飲もうって誘うべきなのだろうか」とか「突然、ううう、歌ったりしちゃいけないのかな…」とか「鼻かんで良いのかな」とか悩みはつきない。 

しかもそのうちの1人とカー プーリングをしているので、通勤も車の中で2人っきり。 「ななななな、なにか話すべきなのだろうか…!」とか「ちちちち、沈黙されてしまった!嫌われた…?」とか27歳とは思えない人間関係ペーパードライバー状態な私。 カー プーリングしている相手は、ド派手な戦略担当のインド人のシックなマハラジャみたいなゲイの御姐系男性。 

「酸いも甘いも分かりきった感じの人間関係マジマックス得意な感じな彼」対、「挙動不審な私」。 とんでもない組み合わせである。 

明らかに生命の輝きで負けている。 

「俺ようぇー!」という音だけが脳内でこだまする。 

「昨日はホットな友達と映画を見た後バー行ったから眠いわ!アンナは何してたの?」と聞かれれば「げげげ、原発とか放射能の事調べて…、チェルノブイリのドキュメンタリー映像みて、その後、アアアアア、アムネスティの署名活動を行い、芋食って9時には寝ました…。アワアワ。モゴモゴ。」と答える感じ。 完全にかみ合ってない。 相手からしたら未知との遭遇であろう。 

「わわわわ、私、言いたい事が、ううう、うまく言えなくて…!」と口ごもる、よく言えば"思春期の悩める少女のようなアラサー"、平たく言うと"獣"が車にのっているのだから。自分でも自分を不気味だなって思うわ★

 人間関係ってのはお酒と一緒なのだなと思う。 よく呑んでいる時は強くなるけど、呑まないと途端に呑めなくなる。 オフィスに人が移ってきた当初は人間関係下戸状態で、人と10分一緒にいると人間酔い状態になっていた。 そして1週間ぐらいその環境にもまれると慣れてきてだんだんとスムーズになっていく。 

ただ、慣れてない分調子に乗って自分の社内での立場を崩壊させる事も簡単に出来ちゃいそうなので、「慣れてきた」と「調子に乗ってきた」をよく見極めなくてはいけないと、気を引き締めている次第でございます。 とりあえず、トイレから出た時にスカートがパンツに挟まってお尻が出てるとか、調子に乗って社内の人の悪口を言ってしまうとか、口を出さなくて良い事に口を出してプロジェクトを難航させるなどの事態は徹底的に避けるべし。 

パーソナルになりすぎず、しかしガタピシャでもない、ある程度スムーズでそしてドライな人間関係を成立させなくては。 

環境には恵まれていると思う。 今回私が身を置いている群衆の大半はインド人男性たちなのでかなり楽だ。 この3年間色んな人達と一緒に仕事をしてきて、インド人IT関連の人達はかなり自分と波長が合う事を学習した。 少なくとも彼らは結構ありのままを受け入れるようなので、はじめっから「アンナはアンナのままでアンナなのだ」的寛容さがあるし、私の奇妙さをそこまで辛辣にジャッジしないおおらかさがある。 

私の大好きな菩薩系な人類だ。 

逆に「だめだーーー!こんがらがってきた!目ん玉が頭蓋骨の中でぐるぐる回転する感じ!」と一緒に働いていてカオスに連れて行かれるのが、大人になってこっちに来た、大陸系華僑の人達。 

そして違う意味で、でも同じ位にカオスなのが、日本国内にいる日本の人達。 よく取引で日本の方と働くけど、独特でワークフローがよくわからない。 素材屋さん達が良いものを沢山持っているのに、英語出来なかったり、ITシステム使いこなしてなかったりで、一緒に仕事がしにくかったりする。 

両方とも一緒に働いていると混沌としてくるという意味では一緒。 日本も中国も仕事の仕方がその国使用ですごく発達しているから、その流れに慣れていないと相手の行動の意味を理解するのが難しいのだよな、きっと。 仕事の仕方が世の中一般のスタンダードになれなかった事が日本のネックだよなー。 

ただ、両方とも、人が温かいという面も共通していて、一緒に働いていて温かい気持ちになるから好き。 

久しぶりに人間にふれ、私も人間的余裕ができてきたきがする。 今後に期待!

インドの男子校

 最近デザインチームと、ITチームのオフィスが一緒になった。 私のオフォスに彼らが引っ越して来たのだ。 そうしたら、見事にインド人の男の子たちばっかりになった。 インド人の男子校状態。 大学も工業デザイン専攻だったので、ほぼ男子校状態だった。 でもここまで一つの民族がマジョリティーになっているのは始めてだぞ。 私、絶対後数ヶ月したらインド人男性(少年というよりはややオッサン寄り)になってる! ナマステ! 明日は皆でカレー食べに行く!

2011-09-11

オープニングセレモニー  主にハカ

ワールドカップのオープニングセレモニーはマオリ色一色だった。 マオリ文化押しになるんだろうとは思っていたけど、ここまで完全にマオリ色になるとは思っていなかったので、結構驚いた。 パケハ(白人)文化の表現の部分はほとんどなかった。 マオリの代表達がワカ(マオリのカヌー)でオークランド入りして、街中を練り歩きハカを踊り、歌を歌い、祝福(もしくは威嚇?)しまくりながらメインスタジアム入りした。 そしてそこからもひたすら歌って踊って、ハカしていた。

半裸の大きな男達がしこを踏みまくる事をこよなく愛する2大国家、日本とニュージーランド、両方に属する私としては、こういうのはかなりあがる。 相手がでかければでかいほど、相手が半裸なら半裸なほど、相手がしこふめばしこふむほど、「あっぱれ!」な気分になってくるのだ。 まじで、ここに朝青龍とか、白鴎もマオリのハカに参加して、この大地を踏みしめてくれたらどれだけ誉れだったろうって思うよ!!!! そしたら、まじで桜とかバンバン咲いちゃいそう。 ひと踏みごとに大地がわくよ。




マオリの女の人達の歌唱力は半端ない。 いつも、聞くたびにちょっと涙目になってしまう。 リズムもきれいだし。 男の人達も大抵音楽的だけど、女性の呼びかけの歌は本当に、もう見事。 マラエ(マオリの集会場)とか行くと、そこの女性に歌われる。 それで、こっちも歌って入れてもらう。

しかしマオリの独自さをみればみるほどに、複雑な気持ちになる。 こうやって呼びかければ土地が響き返し、人々は土地に所有され、大地のうねりや恵みと共に生きる事を喜びとしていた民族が突然、遠くから来た違う民族にわけの分からん契約をさせられ、土地ごと支配され、土地が分割され、全く違う文化体系に投げ込まれたって、想像するだに半端ない苦境だよなと思う。  実際横で見てると、「これが日本でおこらなくて良かった…」と思わずにはいられない事が多々ある。 一度強奪され、引きはがされた大地との関係から、常に血が流れている。 大地と密接に関係していた分、引きはがされたときに出来る傷が生々しい。

結構頻繁に「私とマオリの関係」を思う。 パケハ(白人)のした事がおかしいと思えば、ニュージーランドの国の元になっている、マオリとパケハの契約が不平等で許されるべきでない物だと思えば、じゃあ、私のこの国での立場ってなんなんだろうと思うんだ。 私って、私の理論を通せば、ここにいるべきじゃないんじゃないかと思えちゃうのよね。 私がここにいていい正義があるかがわからない。 結構頻繁に思う。 私はマオリ文化を規範にこの国で生活するべきなのか、それともパケハにそうべきなのか、とか。 難しい。 植民地独特の悶々。

話しは変わって、ハカ。 日本ではそんなになじみはないとおもうけど、ハカはニュージーランドの心です。 見る分には大好きです、ハカ。 自分がもし踊られてしまったら、その意味は「戦闘開始」なので、全くよろしくないですけど、自分もハカを踊っている人達の方のチームに属していると思っているとなかなかグッとくるものがあります。 オープニングの日は本当に街中で男達がハカを踊っていました。 フラッシュモブもハカ。



ゲームの始まる前もハカ。 赤いジャージがトンガ。 トンガもハカ的な踊りをする。 ポリネシア文化なのね。 で、黒がオールブラックス(ニュージーランドのナショナルチーム)。 オールブラックスのハカは良い。 北半球では見ないよね、こういう顔面表情。 とりあえず、眼球を見開き、ベロを出すのが基本です。




ラグビーワールドカップ

今ニュージーランドは、ラグビーワールドカップをホストしている。 ニュージーランドは元々ラグビーの人気が半端ない。(日本でだと、こんな感じと例が出せたら良いんだけど、日本でここまで国民的に人気のあるアクティビティーが思い浮かばない) そんなスポーツのワールドカップが自分の国で行われるってことで、皆完全にクレイジーになっている。

私はワールドカップのメインスタジアムの横に一年、メインのパーティー会場があるオークランドの街中に一年住んでいるので、ここ二年間常に、毎日、くる日もくる日もワールドカップに向けた工事と共に過ごしてきた。 最終的には工事現場のマネージャー位の気持ちになっちゃって「工事終わるのかしら…!」と勝手に心配してあげていたぐらいだ。(友達も同じような気持ちになっていたらしく、工事が終わるかが心配なあまり夜中に起きちゃったりしていたらしい。)

そこはキーウィークオリティーで、見事に開催前日まで工事をしていた。 どうしてこうもぎりぎりなのだろうと、自分の作業のぎりぎりさと重ね合わせ、軽く反省すらしてしまいました。 絶対このプロジェクトのマネージャー層、ストレスで禿げたか、軽く10kgはチョコレートとかの食べ過ぎで肥えただろうなと想像がつく。

そしてついにオープニング! 私の家の周りが交通整理で車両立ち入り禁止になるので、昼過ぎには街中に住んでいる同僚と職場から家に戻ってきた。 そのままオフィシャルパーティー会場へ。 天気がすごく良くて、皆盛り上がっていて、圧倒的な非日常だった。 

街中に出場国の国旗が出ていた。 私はワールドカップのホスト国にいるのが今回初めてなので、結構圧倒された。 特に国旗って、日本でだと超政治的に難しいオブジェクトじゃん。 こうもじゃんすか上がりまくっているし、みんなが振りまくっている様子は新鮮だった。 街に出てきている人達の国旗着用率がものすっごく高くて圧巻だった。 お国自慢/品評会の場になっていた。