2011-06-10

郷愁

 引っ越しをよくしていたので、私の持っている情緒のなかで一番強いものは、郷愁なのだと思う。 気がつくと、いつも思い出の中のどこかの場所に心を馳せている。 自分が今まで住んできた色んな建物の窓から見えた景色のことを思い出す。 風の流れ方、空気の感じ、夜の訪れ方、光の質感を思い返す。

そして同時に私が持っている一番強い現実的な感覚は、私とは場所との組み合わせで出来ているのだという実感でもある。 頻繁に引っ越し、色んな学校に行き、複数の国で住み、いろんな人に出会いながら、私は私自身の内側におこる変化も、そしてはたからどう見られてどう対応されるかも、「かなりその場次第だ」という事を学んだ。 私が私をどう思うか、私がまわりにどう思われるかは、環境によってころっと変わる。 環境が変わる事により、嫌な目にあう事もあるし、急に自分の持つ力が制限させられる事もある。 自分が所有していると思っていた物が、実は環境に属していた物だったと気づかさせられる事は多々ある。 大抵引っ越した後に気づき、もうきっと同じような質感は二度と手に入らないのだと切なくなる。 でもこの強い実感は、自分の中にある一番温かく、大切で、豊かなもので、とても愛おしい。

もし誰かに「一日だけ誰かに自分の持っている情緒と実感を貸せるとしたらどれを貸す?」と聞かれたら、これらを差し出すと思う。 

でも多分、それは簡単には出来ないから、カズオイシグロをすすめたり(この人も郷愁の人だ)、ゴードンマッタクラークの作品集を人に貸したりする。 私が郷愁や、それに伴う実感から受ける影響は、マッタクラークの作品のように、いびつで、強引で、そして風通しがよく、寂しくもあるけれども温かく美しい。