2006-12-31
2006 年の瀬
今年私の身の上におこった三大印象的なことを思い出そうとしていたら、意外と長い一年だったなあと感心してしまいました。 面白い事とか、初めての事とか、驚かさせられる事とかばっかりの一年で、毎月毎月、全然違う感じだった。 いやー! 面白かった!
なんてね。 適当に書いてみたけど、全然そんなことはない。
大晦日最大のニュースが「フセインの死刑執行」だったように、ぐろくて、吐き気のする事ばっかりだったよ、今年は。 こんな糞みたいなニュースを、最後の最後にどうもありがとう、絶対意地でも正月だろうがなんだろうが、この事を人と喋りまくってやると来年への抱負が出来た…。 「でも、来年は良い年にしようね」とかって前向きに言う事もできるけど、でももう声に出す事すら不純だ。
そんな感じ。
2006-12-27
ハッピー ホリデイズ
私は過ごしました。 ばっちりと。
クリスチャンでも無いのに、なんでクリスマス祝うんだよと思うでしょう。 その通りです。
だからただ、正月の前の最後の普通の週末を祝っただけさ。 だって、次の週末はもう大晦日とかでしょ? なーんてね。 祝える理由があればなんでも祝うさ。
今年は、三個のパーティーをはしごしました。 良かった。 全部全然違う雰囲気のパーティーで本当に楽しかった。 全部よかったけど、特に三つ目のやつが本当に良かった。 まさに良い時間。 山ほどのポーランド料理に舌鼓でした。 ポーランド料理万歳!
まずは、ジョンさん
So this is Christmas
And what have you done
Another year over
And a new one just begun
Ans so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young
A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
And so this is Christmas
For weak and for strong
For rich and the poor ones
The road is so long
And so happy Christmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight
War is over over
If you want it
War is over
Now...
次にミサで貰ったやつ
もしも、あなたが悲しんでいるなら、喜びなさい
クリスマスは喜びだから
もしも、あなたに敵があるなら、和解しなさい
クリスマスは平和だから
もしも、あなたが傲慢であるなら、低くなりなさい
クリスマスはけんそんだから
もしも、あなたに負債があるなら、弁済しなさい
クリスマスは正義だから
もしも、あなたに罪があるなら、悔い改めなさい
クリスマスは恵みだから
もしも、あなたが暗闇に沈んでいるなら、灯をともしなさい
クリスマスは光だから
もしも、あなたが心得違いをしているなら、反省しなさい
クリスマスは真実だから
もしも、あなたが心に恨みを抱いているなら、捨てなさい
クリスマスは愛だから
もしも、あなたが絶望をしているなら、キリストに目を向けなさい
クリスマスは希望だから
もしも、あなたに友人がいるなら、探し出しなさい
クリスマスは再会であるから
もしもあなたに愛する人がいるなら、愛を告げなさい
クリスマスは肯定だから
もしも、あなたの身の回りに貧しい人がいるなら、助けなさい
クリスマスは贈り物だから
2006-12-23
百年の孤独
一つ目は、実家の修理。 家具やら床やらの修理を何日もかけてやっています。 非常に楽しい。 変化が目の前で見れるのでやりがいがあります。 家の半分ぐらいの床はなんとかなってきました。 居間の家具も直したし。 あと全部の床や木材の部分の手入れをし、引き出しやら靴箱やらをもっと機能的に入れ替えて、実家をリフレッシュさせようと思っています。 先は長いけど、頑張るぞ。
二つ目は、実家に溢れかえっていた、もう一生読みやしないだろう本を、図書館に寄付する事。 300冊は寄付してきました。 古本屋にうっても二束三文だし、自分も後で読みたくなった時に困るし、良い選択をしたのではないかと思う。 これからは、軽々しく本は買わない。
三つ目は、ここ数年間の目標だった「百年の孤独」をやっと読み始めました。 とても気になっていたのに、本の表紙があまり魅力的でなくて、手が出なかった…。 くだらない理由で自分がしたがっている事を行動に起こさない良い例ですね。
多分この装丁にも出版された時は、ある種の魅力があったんだろうと思う。 ただ、作った人には申し訳ないんだけど、嫌だった。 この手の絵が一番苦手だ。
で、このなんだかモダンな新装丁が出ていたので、やっと手を出しました。
Silvia Bachliのペインティングです。 表紙は、重要だと思う…。 その、手を出すきっかけとしてさ。
「百年の孤独」はまだ半分ぐらいしか読んでいないんだけど止まらない。
今の所とても面白い。 ああ、終わらないで!と思うと同時に、全貌が見たいと思う気持ちがせめぎ合い、たまらないです。
2006-12-22
出会いを求めて
李 禹煥(リーウーファン)のことや作品をあまり知らない方は多いと思います。 (逆に高校の授業で彼が書いた文章を読んだって聞いた時は教育格差の現状を強く実感させていただきました。) 李 禹煥は名前から分かるように、韓国出身の現代美術作家です。 でも、日本現代美術において、最も重要な作家のうちの一人です。
って、ちょっとでかく持ち上げてみたけど、私は美術史への切り込み番長ではないので、本音を言うと、一つの生き物である美術史にいかに彼の作品が血と肉を捧げたってのよりもなによりも、”私にとってとても重要”であるということ以上に重要なことはなく、そう、これ以下でもこれ以上にもなく敬愛している作家なんです。 とてもpersonalな作家の一人です。
だから今回のこの記事は読む人にとって価値がある文章にしたいし、今知人友人たちと最も共有したいことなのですが、それ故に非常に難しくて、どう記録していいのか分からないです。とりあえず、私の友達は今私には自分に伝えたがっている事があって、それを一緒にアプリシエイトしたがっていて、でも能力が追いついていないんだと、大人の態度でこの文章を読んで下され。
そう、一人の人間が七十年間かけて、紡ぎ上げてきた言葉を、一回聞いただけの私が上手に伝え直す事が出来るはずもなく、また授業自体を記録するのが難しかったで す。 一つの言葉、言葉の組み合わせと配置のが簡素に質が高く、そして非常に簡単に物を説明していました。 私がそれを要約しようとしても、ものすごく難 しい事を実は話しているので、難しくてたまらないんです。 だから、ほとんど先生が言った文章そのものを丸写ししてきました。 それらの言葉は、私が日々思っている事の全てに新しい息を吹きかけました。
「長い時間がかかりました。」という言葉から講義は始まり、今日の仕事は紆余曲折をへた一種の到達点であると先生はおっしゃった。 (講義の題名が出会いを求めてなのと同じぐらいに古典的にかっこいい始め方だと思う) そして話しはクロニクルに進んでいった。 なんか上手に個人史と現代美術史と、そして彼の作品について、モノ派についてをその時間枠に沿わせて話していて凄かった。 どうしてそういう器用なことが出来るのかと単純に感心した。
見ただけで全部が伝わってくる作品ではないので、細々とした謎が彼の作品に関してあったんだけど、今回はその謎が解けた講義だった。 本当に、今までわからなかった理由がわかった。 だって、そんな方向に頭使った事なんて一回もないものという方向に進められているのだもの。 彼は一人でとんでもない世界に突き進んでいたのだと驚いた。 読めない外国語の図録を本棚に入れているような、しかしどうしてもその本の視覚部分にはひかれ続けてしまうというのが、私と李 禹煥の作品の関係そのものだったんですが、(多摩美にいる間は2年間もかけて、永遠と様々な講義を通じて李 禹煥の作品について聞いたんだけど、いやー、全く理解できなかった。)今回初めて、言葉が私に理解できるものだった。
一緒に講義を受けた友人は、「4年間、謎だ謎だと思っていた、難しすぎると思っていた事が、この2時間の講義で全て、シンプルに表現されてしまった。」と呆然としていた。 本当にそうだよ。 聞く事自体が経験になる、(要するに、講義を通して一つの表現を体験した)そんなラッキーな講義がたまにある。 多分、年に一回、二回ぐらい。 または一つの授業が連続でそうなっていく事もある。 そういうのって、素晴らしい。 あと、私の場合、オーラルで聞くと理解できる事って結構多い。 人によってこれって全然違うらしいですね。 文字の方が分かりやすいって友達もいる。
あー、全然まとまらないや…。
もうちょっとがんばってまとめてから書いてみます。
チャオ。
李 禹煥
1936年、韓国・慶尚南道生まれ。現代美術作家・評論家。多摩美術大学教授。1956年、ソウル大学校美術大学を中退、来日。67年、初個展。69年、評 論「事物から存在へ」が国際青年美術家展日本文化フォーラム賞受賞。60年代末から70年代初め、「もの」を使った造形作品を発表、71年の評論集『出会 いを求めて』など一連の評論活動により「もの派」と呼ばれる現代美術の動向を主導する作家の一人として国内外美術界に大きな影響を与える。絵画制作でも東 京、パリ、デュッセルドルフなどで個展を開き、数多くの国際展に出品。代表作「点より」「線より」シリーズ、著書に『時の震え』、『余白の芸術』など。画 集『LEE U FAN』など。
2006-12-21
ドーナツとか、歯医者とか
最近、ドーナツが好きでしょうがない。
食べないんだけど、好き。 存在が好き。
元々ドーナツが気になる方だったんだけど、特に最近気になる、気になる。
友達の家でコロッケを作っている時、ちょっと時間が空いていたのでドーナツをあげた。 美味しかったけど、友人の旦那には「これはどっちかって言うとフリッターだよね」と言われてしまった。 クゥゥゥゥゥ。 アメリカ人はさすがにドーナツへの線引きが厳しいわね。
歯医者のワンダーランド
歯科大学付属の病院に行ってきた。 まさに、歯医者の夢の楽園。 歯医者のテーマパーク。 右を見ても白衣、左を見ても白衣、そして彼らは全員、歯医者/研修医/歯科学生。 なんてこった。 でっかな診察室に、ずらーっと並んでいたあの歯医者での椅子とトレーたちは、そしてそこで口を開けてネッ転がっている患者さんたちは、壮観としか表現できませんでしたよ。 想像を絶した世界でした。 ちょっと楽しかった。 私の歯を見てくれた人は、オダギリジョーにマジで似ている、(多分)研修医で、しかも名前もジョーだった。(言霊ってあるのかもしれない。) さすがに外見も似ているだけあって、性格も近いものがあるのか、彼の役柄っぽい、とりとめとつかみ所のない感じも似ていた。 ただ、それって歯医者としてどうだろう。 伝えようよ、会話をコントロールしてくれよと、ちと思った。 私の症状ってなんなんですか?
うーん…、それにしても私たちの世代が社会人になったら、みんな今私たちが持ち合わせているようなぼけーっとした感じを社会に持ち運ぶんでしょうかね? 20代前後の人の結構いつでも眠そうみたいなアテチュードは、まほろばの大地を思わせてくれて結構好きです。 奈良のランドスケープのような力を感じるね。 それはそれで良いと思う。 私はドーナツを作ったり、人にあげたり、たまに自分で食べたりしながら、とろんとした人たちと社会を形成していくのかもしれない。 意外な近未来だわ。
2006-12-19
淑へ
「あの歌詞は凄いよ。 なんか、ある種の方向に向かって到達している面があるよね。」と言ったら、意外や意外、彼女は歌詞の内容を知らなかった。 なんてこった。
約束通り、のせておきます。
歓喜の歌(喜びの歌)
フリードリヒ・シラー(渡辺 護訳)
おお友よ、こんな音ではない!
もっとこころよい
もっと歓びに満ちたものを歌いだそうではないか
歓びよ、美しき、神のきらめき、
楽園よりの乙女よ
われら火のごとく酔いしれて
ともに汝の天の如き聖堂におもむかん
汝の魔力は世の習わしが強く引きはなしたものを
再び結びつけてくれる
汝のやさしい翼のひらくところ
すべての人々は兄弟(はらから)となる
一人の友の真の友となるという
難事を克服したる者
貞淑なる女性を妻としたる者は
歓びの声をともに挙げよ
そうだ、この世界の中で
たとえ一つでも人の心をかち得た者も
そしてこれらに失敗した人はすべて
涙とともにこの仲間から去ってゆけ
すべての物は
自然の乳房から歓びを飲む
すべての善なる者も、すべての悪なる者も
自然のいばらの小怪をたどる
その自然はひとしく我らにくちづけとぶどうの房と、
そして死によって試みられた一人の友を与える
虫けらにさえ快楽が与えられる
そして神のみ前には少年天使が立っている
天の広大な計画に従って
天のいくつかの太陽が飛びまわるように
走れ、兄弟たちよ、汝らの道を
凱旋の英雄のように歓びを持って
互に抱き合え、もろびとよ!
全世界の接吻を受けよ!
兄弟よ、星の上の世界には
愛する父がおわします
地にひざまずいたか、もろびとよ、
造物主の在すことに気づいたか、世界よ!
星の上の世界に、彼を求めよ!
星の上に彼は必ずやおわします。
私は、この「これらに失敗した人はすべて
涙とともにこの仲間から去ってゆけ」って所が結構好きです。
2006-12-16
久しぶりに八王子の山の上
教室に入ると、大学の派手系大人教授たちがわんさかいた。
その、70年代とかに裸で電車に乗ってた系の人とか、学長を誘拐した系の人とか、新宿が炎上した系の人とか、いつもボッチテェリのコスプレしてる系の人とか、渋いとしか言いようがない素敵な着物にポニーテールのじいさん系とか、そういう…、そういうのがいっぱい。 名前を言ったら、「えええ??なんで?」って多摩美の学生さんたちは思われるような方々ばかりです。 確かに、人格はおかしい。 でも、私を信じて!
「おれら、バンドがんばってた!」って感じの若い教授や助教授たちとは、ど派手大人系教授たちは生命活動と暴力が境界線無く混ざり合っているで濃さが違う。 そして、シアワセッスネって感じも違う。 いや、皮肉は言うまい。 そんな幸せそうな彼らに私はもう焼きもちは焼かないのだ。
今回一年ぶりに大学で授業を受けて私が気がついた事は、そんな嫌みな事じゃなくて、彼らの外見の洒脱さについてなのだ。 そう、先生たちがびっくりするぐらいにお洒落だった。 そして学生も。
大学にいる時、先生たちの服装が普通で、学生がださいと思っていた。 しかし多摩美山以外での生活が長くなり、ここの大学の学生はお洒落で、先生たちはかなりお洒落なんだとやっと理解したのです。 先生たちがお洒落すぎた!! こんな服装している男たちが、電車に乗ってきたら、隣には座れまい。 色っぽいし、華やかだし、とりあえず良い格好しているんだよね。 話し方とか立ち振る舞いとかも。 当たり前だと思っていたけど、多摩美の先生お洒落だ。 女性も勿論素敵なんだけど、男性が触ったら指が切れそうにシャープな服装とかをしていて良かった。
はあ、本当は全然違う事書こうと思っていたんだけど、思っていたよりも長くなってしまったのはとりあえずこれにて!
2006-12-15
やっとこさ
良かったら見て下さい。
のばらいろの日々、韓国通信
私が韓国の美大生のふりをして「イエー、アンニョハセヨー」って美大に潜入してきた時の写真とかお薦めです。
まだまだあるので、これからガンガンアップしていきます。
2006-12-14
鬼退治
チャンスがあったから指圧に行ってきた。
凄かった。 壮絶。 多分、鎌倉中に私の悲鳴が響き渡ったと思う。
小町の一角にある素晴らしい日本家屋(決して豪邸ではないのだけれども、素晴らしい細部がある)の日の当たる和室で、障子からの光をさんさんと浴びながら和布団にぬくぬくに包まれ、おばあちゃんに指圧してもらう。 (関係ないけどその家のガラス戸から見える庭は、マジで絶景。 小さなスペースに美が詰まっている。) こんなに若くて元気いっぱいであるべきの私がおばあちゃんに指圧してもらうなんて恥ずかしくて申し訳なくてちょっとしょぼんとしてしまったんだけど、やってもらったら、いやー凄かった。 申し訳ないけど行って良かった。 目ん玉が飛び出た。 「まるでわたくしがあなたをいじめているみたいね、うふふふふ」なんて言われて、私は一秒笑い、五秒は叫んだ。 ちなみにこのおばあさんの日本語は小津映画から出てきたのかいと思わず訊ねたくなるほどに美しい。 家も本当にそんな感じ。 細部の全てに神が宿っているかのような家なのだ。
凝っている所を押される度に「っそ、そこ、そこに鬼がいるんです。 鬼やら妖怪やらがなんか蝕んでいるんです」と頭の中で叫びまくってしまった。 本当に、見えたよ、妖怪たちがさ。 えいやえいやと彼らを追い出す事に専念した。 まさに暗夜行路。 たまに風雲雷雲さん達もぴかぴかっとまぶたの裏に光って、ああ、オンパレード。 痛さが場所によって全然違って、まさに筋肉妖怪絵巻状態で、結果日本文化の美に触れた。 こういうことだったんですねと驚きおののきました。
客観的に見ると、障子からのやわらかい光の横にひかれたふかふかのお布団にのんきに寝転がっている私と、私を指圧するかわいらしいおばあちゃんの麗らかな鎌倉の午後のひとときで、まさか私の体が鬼が島状態になっているとは思うまい。 しかし凄かった。
そして終わった瞬間に、私は生まれ変わっていた。 きちんと手入れをしてもらった庭のようになった。 すっごい。 これは芸術だと、心から思いました。 これほどに相手の体の事を理解できてしまう、そして自分の体を使って表現できてしまうってどういう感じなんだろう。 そして、なんであんなに素晴らしい家なんだろう。 質素なのに、超越して美しいからなあ。 家を見に行くってだけでも行く価値がある所だ。 それにしても驚いた。 脈絡もなくFull of lifeと思った。
本
旅行に欠かせない物の一つは本ですね。 これはみなさん、同意してくれる事でしょう。
私は毎回旅行の前には真剣にどんな本を持っていくかを検討するほうです。 リサーチとして数冊読み、特にこれだと思った本から、同じテーマの物を選んだり、同じ作家の著作を集めて持っていったりします。
今回は、日本からカズオ・イシグロの著作を数冊持っていって、二日で一冊のペースで読み続けました。 海外で読む日本語ほど胸に迫り、境界線がはっきりとし、物語の形が見える瞬間ってないんです。 海外の、特に町中での日本語体験は、本当に極上。 特にそれがいい本ならいい本なほどにね。 そして、自分の言葉の存在のなさやらが相まって、自分と物語が近く近くなっていくその感覚も良い。
でも何よりも、旅先で読む本はある種のドキュメンテーションとして機能する。 感情を記録したいと思った場合は、結構便利だと思う。 物語を読む時に自分がその本に肉付けする気持ちやら想像力やらが、後々その旅行で失いたくないと強く願う感心事とかをぱきっと思い出させてくれたりするんだ。 本を読んでいる時は、自分は本に語りかけるし、本は勿論こちらに表現を続けるし、十分に親密な話し合いが行われているんだと思うと、ドキュメンテーションとして機能するってのがシンプルに分かると思う。 細かい襞のような記憶とかは自分が書くメモや取った写真よりも、本の行間に上手く記録させる。 そういう所に記録される記憶は結構大雑把に忘れたくない事をおさめておいてくれる。
『わたしたちが孤児だったころ』は、日本で読んでいたらこんなに自分の数日間を全て貢献した本にはならなかっただろう。 旅行中だから、体は韓国にいるし、友達と一緒に良い時間を過ごしているけど、自分がまるで『わたしたちが孤児だったころ』から旅行してきている旅行者のような気持ちになっていた。 どこから来たの?って言われたら「日本」じゃなくて「本の中から!」って状況になっていくんだ。 そうなったらしめたもので、全ての行間にソウルの空気をおさめる事ができるってもんです。
ちょっと便利ですよ。 まねしたい人はしてみて下さい。 旅行のテーマと自分の興味をよく考えて、選び抜いた本を持っていくと旅行の質がものすごく向上します。 本が自分のセンシビリティーをより高めてくれるし、日本で読む時よりももっと強烈な読書体験が出来るし、本も自分もお互いに凄く良く働きかける事が出来て、とても良いです。
そして、旅行のテーマにもよりますが、カズオ・イシグロは旅のお供としてとても良いと思う。 今回は本当に彼の本のおかげで過去に類を見ない素晴らしい旅行になった。 次の旅行はどの本を持っていこうかな。
2006-12-11
ジム
夜、友達に旅行の笑い話をしていた。 ホリデーって最高。 ホリデーの中にまたホリデーが入れ子の様になっているこの日々は、本当に最高の日々。
友達はみんな卒論で大変みたいだけど、頑張ってくれ。 終わったら、遊ぼうね。 遊びの話しばっかりするのって、食べ物の話しばっかりするように悪徳だと思うけど、これぐらいしかいえないわ。 卒論が書き終わったら私にいっぱい話しをして。 沢山聞きたい。
2006-12-10
音楽
「ウチでちょっとリラックスした後に、パーティーに行って音楽を聞こうよ」って言われるって、最高なコトのうちの一つだと思わない? しかも、「夜泊まっていって次の日家で遊んだりジム行ってストレッチしたりしよう」なんて、もっと最高だよ。
友達とちょっとたらっとした後に、横浜のちっさなバーで音楽を聞いた。 今回日本に帰って来てからこういう人が二十人も入ったらいっぱいって所で音楽を二回聞いたんだけど、両方とても良かった。 魔力がある。 (小劇場も良い、小さなバーやクラブのパフォーマンスも良い、なのに何故、小さな画廊の個展はたいていただしょぼいだけなのか。 なんで?)
音楽とそこまで人生を共におくっていない私は、心のある一部が干ばつ地帯みたいなもんなんだろうと思う。 リズムが始まった瞬間に「これだ! 雨がふってきた!」と干ばつ地帯の農民たちが、踊ったり歌ったりしている様子がまぶたの裏に見えるよ。 こういう必要なのは明らかなのに、自堕落だから行動していない事って多過ぎる。 きちんと自分の面倒をみるという意味で音楽を聞く必要があるんだと強く認識しました。 (韓国から帰る時に友人に真剣に「ちゃんと自分自身の面倒をみるんだよ」と言われて以来、本も読んでいるし、音楽も前よりかは聴いているし、ノートも持ち歩いていっぱい色々書いている。)
帰り道、ミュージシャンの人たちが話している話の内容が全く分からなくて、感動した。 おお、ここにも未知の世界が。 デザイナーと比べるのもあほらしい話なんだけど、癖でいつもしちゃうんだ。 もし彼らの会話がデザイナーの会話だとしたらって思って聞くと、面白いし為になる。
生の力が強い友人と一緒に時間を過ごしているんだけど、いやースゴい。 一回り年下のパートナーが出来ていた。 十代のゴージャスな娘がいて、二十代の私と遊んでいて、三十代のセクシーなパートナーがいる、四十代の女、音楽家。 ああー、良いなあ、こういう生々しさとかって一番良い。 こういう生々しさって工業デザインにはあんまりなくて、音楽にはあって、でもって、結構建築にもある気がする。 工業デザインって基本的に生の力を排除するからね。 そしてこの家は本当に有数の生活を愛するタイプの人間たちが住んでいる家で、壁は殆ど本棚になっていて(四階建ての家で壁中本棚ってスケールの素晴らしさ。)遊ぶには持ってこい。 私が本を読んだり、macで遊んだりしている間に、生の力がみなぎった友人はベースを弾いていて本当に良い時間。 しかも窓の外には川が見えるんだ。 川だよ、川。 川は良いよ。
2006-12-09
子供は
友人が子供を産んでから、結構リアルに感じるようになってきた繁殖活動。
仲の良い知人同士で集まり家で食事を今日してきたんだけど、二人子供がおりました。
私たちが遊び始めた頃には勿論いなかった子供たちです。 不思議だ。
いや、いっそ不思議じゃない。
これが不思議じゃない事で、多分これじゃない事が不思議なことなんだ。
今は不思議の世界で行きていこうと思うけど、いつかこの不思議じゃないことに参加してみたいとも思う。
それにしてもこの写真の少年の変化には会う度に驚かさせられます。 私をけむしのように嫌っていたシーズンもあったし、今回なんかは結構遊んでもらいましたし。 つい最近まで赤ちゃんだったのに、今は赤ちゃんに優しく接する事が出来る男の子になっていた。 やっぱり最近まで赤ちゃんだったからか何をすると赤ちゃんが面白がるかを知っていて、上手に赤ちゃんをエンターテインしていた。 やっと五歳。 五年前この子が産まれた時私は高校生で、今の私からするとぞっとするぐらいの大昔の話し。 彼も同じ時間を過ごしてきた訳だけど、まだ自分一人で絵本すら読めない。 何が言いたいかと言うと、このとんでもない長さの時間を使って、どれだけゆっくり贅沢に人間が成長するかってことです。 「五年でもこれか! あと五年後でもまだ十歳で、やっと物心がつく程度じゃないか!」と本当に気が遠くなってしまった。 それをこの子の父親に言ったら、「ものすごい成長を彼はしたじゃないか」的なことを言われた。 もはやサイズの感覚が違う。 そりゃ、子供の視点から考えれば、驚異的な発展と成長を日々しているのは分かるさ。 でも、やっぱり、育児ってのは凄い仕事だぞ。 人生の中で、これが占めるウェイトの重さとか非常にでかい理由が分かったわ。
後、当然のことなんだけど気がついてなかった事。 この子に絵本を読みながら、私は本を読むのが好きで産まれた瞬間からずっと続けてきたアクティビティーみたいな気がしてるけど、実際がしがし本が読めるようになってきたのってここ十年ぐらいだよなと客観的になった。 ひよっこじゃん。
2006-12-08
服、命
私と友人はあまりファッショナブルな人間じゃないので、お酒を呑んで勉強がてらに服を見て、サービスでやってもらえるマッサージをしてもったりして時間を過ごした。 マッサージをしてくれたセラピストが「こんなに手の筋肉が張っている人は滅多にいません。 少なくとも今日マッサージした人の中ではピカイチです。」と驚きつつ私に自分を大切にするようサジェストしてきて、ちょっと不安になった。 確かに、筋肉は張っているのは自分でも分かるんだけど、どうして良いのか分からないのよね。
夜友人の家に泊まり、ちびまる子ちゃんを読んで失神しそうになるぐらいに笑った。 酔っぱらってたの。 そして、気がついたら眠っていて、気がついたら次の日になっていて、当然のように友人は仕事に行っていて、既に時間は午後の三時だった。 脳! 最近、平気で15時間は眠ってしまう。 起きたら枕元に合鍵と、ちびまる子ちゃんとドラえもんがおいてあったので、また読んで一人で大笑い。 その家はクールなデザイナーの家で、よだれがとまらないぐらいに素敵な本が山ほどあって、2週間は確実にその家で勉強を出来るような所なんだけど、脳がそれらを受け付けられず、とりあえずちびまる子ちゃんとドラえもん。 あと、あたしンち少々。 人の家の床にねっころがり、ファンタスティックな本達の背表紙を眺めながら、漫画読んでちょっとごろごろしているのはとても幸せでした。 友達の家はいつも私を幸せにしてくれる。 ありがとう!
2006-12-07
江ノ島が見えてきた
二人で、シラス料理でお腹をいっぱいにして、しっとりと夜の江ノ島を歩き、おみくじを引き(私はこわい人なので、自分の結果も相手の結果も当てました。勘は良くしておきたいですね。)、良い時間を過ごした。
江ノ島を歩きながら歌を歌っていたので、調子に乗って、内地に戻ってからカラオケ。 しめは、修二と彰。 友人が、最後にこれを一緒に歌いたいと言ってきたので、光栄の至りと喜び、Si.
良い時間だとお互いに何回も言いながら、お酒を呑んで、またご飯を食べて、いっぱい話して、本当に良い時間だった。
韓国から帰ってきてから、ご飯が全部美味しいと思える。 なんでなんだろう。 韓国で、舌のスウィッチが入ったみたいで、味覚にずっと敏感になってきた。 yey!
2006-12-06
優しいのね
待ち合わせの約束の仕方から優柔不断で心配性過ぎて、電話で話している時は呪われたような気分にさせられた男だったんだけど、でも会って分かったんですが、ただとても優しいだけでした。 本当に心配だったみたいで、それ以上でもそれ以下でもなかったようだ。 相手が心配しすぎたように、私は勘ぐりすぎていたようです。 まっすぐと「現地の言葉の分からない外国人の友達が自分の国に来ている時に心配しない人間がいるか? 君は僕が君の国に行ったとして全く心配しない?」と言われてしまった…。 心配、たしかにするかもしれない。 しないかもしれない。 いや、しなかったかもしれない。 これからはした方が良いかもしれない。 だから「うん。(これからは)する。」としか答えようがなかった。
自分が邪気の固まりだからか人が優しいんだとか、いい人だとか、そんな人がいるってことをころっと忘れちゃうんだ。 自分と同じレベルだと思っちゃうのね。 でも、本当に、私今更気がついたんですけど、私の周りは(自分と比べて)良い人間ばっかりです。 特に今年、みんな優しくて、人間として深くて、私にはない強さを持っていて、そして何よりもとても温かい! 凄いぞ2006。 みんながみんな深く優しかった。 私が未だに思春期や反抗期の影を引きずって、一人でやさくれたっている間に、多くの人たちは大人になっていました。
久しぶりに遊ぶんだから、一年で一番良かった日にしないとねとお互いに言いつつ、別に特別なことはしなかった。 無茶苦茶悩んだ後に、やっと入ったお店でだらだらと謎の強いお酒を呑んで、旅行中にあった面白い話しとかをしていた。 何回か泣くまで笑ったりとかした。
人生のある時期において、共有した面が多かったからか、今でも価値観とか考え方が凄く似ていてびっくりした。 パラレルワールドかよとまた驚いた。 十代の前半ぐらいの時から親しかった友達とかと話すと自分の元ネタみたいなのを再発見するよね。 何よりも、冗談を全くの説明なしに、一つ目からがちんとひっかかってくれて、大笑いしてくれる所が素晴らしい。 私の冗談は滅多に人に通じなくて、説明的になってしまう事が多いので、するっと笑いが通じるだけで十分に良い気分になる。 本当に「私の世界、不思議発見! 今夜の冒険は韓国古美術」と頭の中で一人でひとし君人形で、パーフェクト賞。 自分自身の謎が彼を見ていたら結構解けた。
それにしても優しかった。 みんな優しい人間に成長していっていたんだなあ。 相手が特別だから愛せるとかそういう次元じゃなくて、結構誰にでも愛情を注ぐ人っているじゃん、そういう人が友人に数人いるんだけど、彼らから学んだ事は多い。 本当に多い。 私はいつでも楽しくて当たり前だと思っているから、そういう要素は普通の普通で、日常そのものなんだけど、愛情とかは特別。 でも、私の友達みたいな人からすると私が「楽しくて普通」なように、「愛していて普通」なんだろう。 いろんな生き方があるよなあとしみじみした。 私も優しくなりたいなあ。 だって、優しくされたり愛情を注がれるってやっぱり凄く良いよ。 人にそうしたくなる。
2006-12-05
Leeum
凄い、立派。 コンパクトに立派で、感心した。
写真は取らなかったから、よろしかったら、こちらを見て下さい。
たぶん自分の国の美術館だったとしたら、何か言うことはあって、「あれがいけない、これがいけない」とぶーぶーいったと思うんだけど、観光客として言わせてもらうと、十分に楽しめたのでよかったです。 (それにしても、韓国は日本よりずっと階級社会なんじゃないかと思わさせられる事が多かった。 この美術館の古き良き金持ちの財力の使い方とか美意識とか、日本よりも凄い気がする。 しかし、逆も勿論ある。)
建築がさあー、 レム・コールハースとジャン・ヌーベルとマリオ・ボッタなんだよ。 すごいよ、これですごくなかったらそれもすごいよ。 特にコールハースと、ヌーベルの影響を受けていない今の若い人なんているのかなとすら思うので(彼らの建築のコンセプトが展覧会のコンセプトに流れていっていることだって沢山見ている。 すごいよ…。)本当に建築に感心した。 全部の建築にそれぞれの長所があり、面白かった。 ジャン・ヌーベルの作った空間で、後ろを振り向いた時に、そこに徹底的に作り込まれた完璧なる風景が広がっていて、思わず鼻の頭が痛くなった。 けど、三つもこんなに凄い強烈な個性の作家の建築をくっつけあわせるってどうよと冷静に思うと、ただの悪趣味な変な空間に思えてくるから不思議。 まあ、ありなのかなあ。 分からない。 木を見て森を見ずなのか、それとも私がこの三つが合体する事によって生じる何かを、ミスリーディングしているのか。 私は少々下品だと思った。
マリオ・ボッタの建築は中が素晴らしくて、今となっては中と外との関係の古くさい比率が逆に新しく感じられて新鮮だった。 ルイス・カーンからの影響とか、逆にボッタが洗練させたこととか色々が明らかで、その誠実なデザインに感心した。
韓国に行った日本人はみな同じ事を思うと思うけど、まず「影響し合う関係」の明確さに驚いた。 日本と韓国がいかに影響し合ってきているか、物がどれだけ伝達し合ったか、受け取った物を発展するってどういうことか、そういうベイシック中のベイシックにただ驚かさせられる。 あまりにもパラレルワールドなので、差が明確に見えて、考えやすいから。 結構この旅行のテーマは"影響"だった。 だから建築見ていても影響について考えてしまった。
Leeumはとにかくお薦め。 完全予約制だから予約していってきて。
2006-12-04
寺への道のり
力こぶだ!
ええ、金田一少年の回りに必ず事件が起こるように、アナウンサーが野球選手と結婚するように、美大生は軍手と共に作品の搬出搬入です。 何も考えていなくとも、何も知らずとも、気が付いたら970Kgの石を運んでおりました。
今回は、アシスタントのアシスタントという仕事でしたが、某武●美関係の方の作品の搬出です。 麗しいことに、日韓の美大生の夢の共同作業で、鬼のように重い石を運びましたよ。
夜はもちろん、焼酎を飲みつつ、肉をつまみつつ、座敷で芸術談義です。 橋本駅前に自分がいるのではという錯覚にとらわれつつも、店員さんがくれば「イエー、ハムサハムニダー」。
韓国の美大生の男の子は、キュートでした。 きびきびしているし、ちらっと見える背中も美しいし、ちょっときゅんとした。
でも言葉が通じないでしょ…。 しゅんとした。 あぁあ。 言葉が通じたら絶対に「今度うちに遊びにいらして」って言ったのになー。 ねーねー、徐道濩についてどう思うって聞くのになー。 でも、軍手して、ジャージ着ていて、頭ぼっさぼさの人にそんなこと言われてもねえ。 っえ? ええ、もちろん、家でも、軍手にジャージに頭ぼさぼさで、ずっと焼酎片手に芸術談義です。 嘘かと思う人は、今度うちにおいでよ。 面白いかもよ。
これをみたら、とりあえず働くよね。
こうやって、物が動く様子なんかを眺めているときに、どうしようもなく感動してしまう。 今まででこれっぽっちもどうしようもなく張り裂けそうな気持ちにならなかった展覧会の搬入及び搬出なんてなかった。 本当に、一つもなかった。 それだけで私がどれだけ幸運な学生なのかがわかる気がする。 作られているときや、運ばれているとき以外でも、要するに鎮座しているときにもその力を発揮する物があったら、それは宝物だろう。 それにしてもこの作品はすばらしかった。 一人で、鼻の頭が痛くなってじんわりと涙が出た。
今回様々なことをこの旅行で知ることが出来たし、体験することが出来たけど、その中でも特に物との関係について考えることが出来て良かった。 私は物と私の関係を知りたくて仕方ないんだと思う。
2006-12-03
よわーいなやみ
書いたら何か気分がよくなったりするのかと思ってキーボードをたたいている次第です。
はあ…。
なんか下らなすぎて、下らなすぎて、だからこれが最終的には大きないい感じの笑い話になることを心から祈っているんだけど、とりあえず、人と会うってのには待ち合わせのごたごたがあって、もっと考えれば話すことなんてあるかとか、良い時間が持てるかとか、色々ごのごのとあって、そうるするとかなり根本的な問題として「この人と一体会う必要なんてあるわけ?」ってなりますよね。
会いたいとは思っていてもだよ?今回は私の方が会いたくて、「じゃあ、会おう!」ってなった途端に相手が、待ち合わせの場所が難しすぎてきっとあんたは迷子になるとか、用事があるから次の日は一緒にいられないからあんたは暇で暇で大変なことになってしまうかもしれないとか、なんかもう本当に細かく色々と心配し始めて、これはもう私が君には会わないって言い出すための伏線なんじゃないかと私は思い始めて、もうなんかいてもたってもられないというか、あーじゃあ、全部なかったことにしよう、こんなの言い出した私が悪かった!!!って気分になってきちゃって、もう最悪。
「こんなに難しいことならやりたくないし、そんなに会いたくないならもういいよ」とこっちが言えば、いや、そんなことはない、会いたいけどすっごい心配性なんだ的なことを言われる。でもその常軌を越えた心配の量に、私に会うってのは、「でもこんな問題、その後に起こる良い時間のことを思えばちょろいちょろい」とならないようなレベルのことで、私は今世界で一番の何も見えていない愚か者なんじゃないかと、思えるのが事実。
なんかすっごいめんどくさくなってきたーーーーーーー!!!
私は愚か者なのか?
すっごい、自分が惨めに思えてきました。
どうしてこうも意味がわからないのーーーーーーー????
2006-12-01
昨日よりわくわくしてきた!
韓国通信第二回目のお時間です。
そう、だから、たった五分だけそばにいて、読んで。
ソウルは、ダンキンドーナッツの首都です。
本当にダンキンドーナッツばっかり。 駅の一階と二階と地下にダンキンがあったりします。
驚愕。 しかも、ナイスにどはで。
韓国人はキムチとダンキンがお好き。
ソウル滞在二日目に、国立現代美術館に行って参りました。
都心から少し離れた場所にあり、かなり広く、回りは広大な森に囲まれていて結構素敵。
そして入り口を入ると、3階分ぐらいぶち抜きで
どかーんと巨大なナムジュンパイクのTV塔があり、
思わず拝まずにはいられない。
結構これをみれただけで、満足。
本当に凄かった。 次元が違うと思わさせられました。
さて、この塔を通り過ぎると、
こんな感じ。
今回の企画展は"artist of the year2006 Chung Hyun"とNiki de Saint Phalleの回顧展。
Chung Hyunは結構ストレートフォーワードな感じの彫刻家で、人体を模した彫刻を作っている。 関係ないけど彼の作品がおいてあったメインの展覧会場はなぜかビニールばりで、照明の反射で壁に水の模様のような物が浮かび上がり奇麗。 でも一体、何故ビニールなのか。 ちっと病院を思い出しちまったぜ。 この展覧会は物の配置がとてもよくて面白かった。 間隔の取り方とかがやさしいのよね。 シャープというよりはほっこりとした感じに空間構成が出来ていて、興味深かったです。 そしてこれはいまのところ言った全部の展覧会に言えることなんだけど、キャプションの文章がものすごく「そのまんま」。 いい意味で、まっすぐ。 日本の展覧会のキャプションは謎が謎を呼ぶといった文章が多いように思われるけれども、こっちは結構にそのまんまよ。 「この人は人体を模した彫刻を作ります。ダイナミックです。」的な文章が多く、カルチャーショック。 英語の文章を読んだだけなので、韓国語でも実際そこまでそのまんまなのかはわからないけど、とりあえず、ものすごく印象的だったので記しておきます。 Niki de Saint Phalleのことはよく知らなかったんだけど、とりあえず凄かった。 感心した。 こんな人がいたのかと思わさせられました。 きわめている。 韓国のキャプションばりに正直なお方だ。 彼女についてのドキュメンタリーが流れていたのでみていたんだけど、自分の絵がプリントしてあるTシャツを着ていた。 数々のそれが出来る作家が頭に浮かび、これは一つの人種分けに使えると本気で思った。 とりあえず、彼女は傑作。 作品も凄い。 食わず嫌いせずにみるべき。
そして、常設展が全部面白かった。
金浩得(Kim Ho-deuk)の作品がとてもよかった。 個人的におおおとなったのが彼の作品。
凄く良い。 グーグルして。
あと、圧倒的だったのは徐世鈺 (Suh Se-ok)。 水墨画の流れを彼の作品に取り入れて制作している人なんだけど、素材の長所を生かす力も、画力も、結構何もかもが非常に芸術のレベル。 凄い。 カイバラユウザンみたいな感じだ。 まさにアジアンダンディー。 彼は徐道濩(Suh Do-ho)のパパなんだって。
もちろん他にも色々と素敵な作家は山ほどいたわけなんですが、とりあえず今回はこんな感じで。