2007-05-17

持続可能性

 持続可能性を英語で言うと、sustainabilityです。 間違えなくここ数年間の流行語大賞をぶっちぎりで受賞できる言葉です。 工業デザインでだと、ほぼ主役級の言葉と言っても間違えないと思います。

 学生として、今きちんと日々新しく出てくるこれらに関する情報を処理し、フォローしていくか否かが将来の自分の人生のクオリティーに影響を与えるんだろうなあと、猿のような私にも分かる訳です。 そう、ここまでは分かる。 でも、そこから先は分からんぞ。

 小難しいんだよねえ…。 小難しいんだ。 まず、問題から、しかも日々深まっていく問題と対立していく質の行動だからさあ。 チェスをしていると思っていたら実はテニスだったし、しかも相手はボールを一気に百個投げてくるような状況ですがな。 

 例えば、どれだけ環境と共存できる再利用生のある素材を使ったとしても、それを再利用する為の処理が出来る施設の無い地域の場合は、その素材じゃないのを使う方が良かったりする訳で、「この地域のこの時代にあった素材」を選ぶ方法とかから考えなくてはいけない。 (そう考えると、ニュージーランドの場合はアルミが結構いけてる。) この制約の中でどういった独創性に富んだ発想で物を作るかが今の時代の創造性であるって考え方もある。 面白いよね。 パズルのようだ。

 でも、向かい合うと切りがないから、現実逃避で、「そうだ! 私はこれから防衛大学校に入って、ストイックに暮らそう。 よし! 髪を切るぞ。」と先日思い、グーグルしていましたら、防大生の書いたこんな引用に出会いました。

 チャーチルは戦時中、ごくわずかなパイロットの肩に
英国民すべての安全がかかっていた状況を、
「かつてこれほどまでに多くの人々が、これほどまでに多くのことを、
これほどまでに少ない人々に頼っていたことは無い」
とも語っているわけですが、
私の日々の状況に照らせば
「かつてこれほどまでに多くの課題を、これほどまでに少ない知識と、
これほどまでに少ない頭脳に頼ってこなしたことは無い」
と言ったところでしょうか。
——イギリスのことばかり
書きながら、修論はカナダを
扱っている因幡の素兎


 
すっげー、分かるよその気持ち。 これほど少ない頭脳に頼った事はない! 
(後、現実逃避の一環として、日本人の男の子と今日は一緒にお昼を食べた。 とても面白い子で、一緒に遊んでとても楽しかった。 良いね! 現実逃避から広がる新たなる現実。)

あああ、持続可能性…。

ってことで、William McDonoughの著書とかを読んでいます。








単純に読み物としてとても面白い! この本の媒体は、人工のファイバーで出来たプラスティックで、それは何回でも質を落とす事無く再利用できる。 素材からして違うね、こりゃあ。 

McDonoughのはっきりとした考え方は、非常に魅力的。


今日はその他に、今作っている3Dプリンターの為のプレゼンがあった。 メインキャンパスにある工学部に行って、お伺いをたててきました。 工学部はとても面白かった! ロポットを作ってらっしゃってました。 他のディスプリンってどうしてこうも魅惑的に見えるんだろうね。 彼らも彼らがやっていることのプレゼンをしてくれたんだけど、いやはや。 素敵だった。 面白い。 もっと工学部の人たちと仕事がしたいと思いました。 

そしてイタリアから来ているバーチャルアーキテクト(なんじゃそりゃ)の権威のお方の授業を夜受けた。 シカゴ大学とフィレンツェの大学と、私の大学が共同でやっているメディア系のプロジェクトに関する授業で、特殊な眼鏡をかけて、リモコンを持って、ヴァーチャルなフィレンツェを散歩してきたよ。 

ビーンバッグにタイ人のアジアンダンディーな友達とぴったりくっつきあってねっころがり、巨大なスクリーンを眺めながら授業を受けた。 他の人たちはきちんと椅子に座って、レクチャラーはきちんとスーツを着て講義をしているのに、こんなにカジュアルに小鳥たちが親の運んでくれるえさを待っているような姿勢で授業を受けて良いのかなと思い、ちょっと周りを見回したら、私たちを教えている私の学校長の教授も普通に私たちの真横でねっ転がっていたのでほっとした。 って事で、教授と私と彼は家で映画でも見ているかのごとくだらっと授業を受けました。 これがニュージーランドなのだと言わんばかりに。 でも、あはは。 実際の所、三人ともニュージーランド人じゃないだな、これが。 疲れているんだよ。 インダストリアルデザイン学部はいつだって疲れているんだ!

で家にかえったら同居人がMichelangelo AntonioniのIl deserto rossoを見ていたから、思わず一緒にごろっとなって、しばらく見てしまった。 で、途中ではっと我に戻り、今日中にJean BaudrillardのThe Ecstasy of Communicationを読まねばならぬ、明日私はこれについてのディスカッションをせねばならぬと思い出し、焦って部屋に戻った。 そして、読んだ。 なんでこの人はこんなにナーバスなの? (同時代の世の中の人間はエアロビとかをしてミッキーマウスクラブだったんじゃないの?) ってか何で私は感想がそれぐらいしか浮かばないの? ディスカッション中に私が「どうしてこの人はこんなにナーバスなのかね?」って言ったら、バカだと思われるんだろうなあ。 あはは。

とりあえず、こんな感じの一日だったさ。 淑よ、これを読んで、「ああ、こんな事しているのか」と思ってくれ。 じゃーな! 

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