2008-07-28

やっばい眠い

 今課題が溜まりにたまっているから、色々ガサガサとやってるんだけど、やっばい眠い。 そして妙に口が渇く。 椅子から落ちそうだぁ…。 眠い! 最近本当にお昼過ぎたらへんの時間に、頭おかしくなりそうに眠くて、何がなんだか自分でもよくわからん! 誰か私を起こして下さい…。

2008-07-25

かっこいいサイト 男達



media CLUBKINGの発起人、桑原茂一さんのブログは写真がすごい。 スケールの違う男だと思う。





そんな彼のブログで紹介されていたAnomalieというブログが面白かった。 ぽろぽろと面白い情報が載っているだけなんだけど、筋が通っていてかっこいい。 あと、このブログの7月24日の記事にのっているバンスキーの芸術に対するステイトメントがすごいかった。


"Modern art is a disaster area. Never in the field of human history has so much been used by so many to say so little."

人類史上最悪なできの表現らしい。 大笑いしたよ。 バンスキーは英雄的な男だ。 私が男だったらもっとバンスキーが好きだろう。 勇気があるってのは、良いよね。 

 そういえば私には勇気が足りない。 ただ、勇気をある一定のレベルに保とうとする為の挑戦はしている気がする。 この挑戦をしていなかったら、勇気が足りないというよりも、勇気が全くない人になっていると思う。  願わくば、この挑戦を越えて、ただ漠然と「この女、勇気あるな」って人になる事だ。 合い言葉は勇気!

その後の話し

 警察が来て、なんだかんだと片付いてきている感じ。 まだ同居人は全員拗ねに拗ねて不愉快な状況にいるけど、私は大丈夫。 むかつくなあって思っている程度で、拗ねてはいない。 

 心配して下さった方々、どうもありがとうございます。 あなた方の優しさが私を回す。 地球も回す。

 大学の先生に泥棒が入って、自転車盗られたと言ったらその日の内に使っていない自転車をくれたよ。 優しいなあと、本当に嬉しかった。 そのジェスチャーが嬉しい。 自転車、大切にします。

 ぽろっとした会話の間で、先生に私という人間そのものを誉められた。 こんなにぽろっとただ根本から誉められたのは、もしかしたら初めてかも知れない。 私は人として誉められたよ! ぎゅっと胸にしまいたい言葉をもらった。

 なんか、そんなこんなで、ちょっと温かくてびっくりするぐらいに自己評価があがった。 自己評価は高くいたいね。 温かいから。

2008-07-23

泥棒に入られた

我が家は泥棒に入られました。 ごっそり盗まれた。
私の持ち物は(多分)自転車だけ取られて、同居人達はみんなラップトップとデジカメを取られた。
私のデスクトップは多分でかすぎで取らなかったんだと思う。 泥棒は私の同居人のリュックも盗んでいったから、きっとその中に収まる物だけが欲しかったんだろう。 でももう家の持ち物は全部知れ渡った感じだから(家がひっくり返った感じになってたのよ!)また来るだろう。 って事で、デスクトップを明日からトムの家に持っていって、気持ちが落ち着くまではほとんどの時間をそこすつもり。 


警察に連絡したら「今忙しいから明日いく」と言われて、相変わらず頼りがいがあるとほれぼれ。 さすが!

 
私の部屋の窓から入られたから窓枠とかに犯人のジーンズの色やら足跡やらがべったりとついている。 おい!! 


くはぁ…。 なんなんだよ、これ。 酷い話しだよ。 

2008-07-20

Persepolis ペルセポリス





ことしも映画祭が始まった! 私の一本目はPersepolis(ペルセポリス)でした。 

これは70年代生まれのイラン人女性である監督のマルジャン・サトラビの半生を描いたアニメーション映画。 彼女が書いた漫画が原作で、すっばらしい名作。 日本ですでに見ていた友人達が誉めていたので期待して見に行ったんだけど、物語に吸い込まれて、鑑賞している間は私の魂は映画の中にただよったよ。 吸引力が普通の映画のレベルじゃないんだよね。 

「笑いの力は偉大である」「どこでも人の行動は似たようなもんだ」とかっていう、信じられたらそれ以上に素敵な事は無いような理想を現実に表現できている傑作だと思う。 今私はこれまで以上に笑いと普遍性を信じているぞ。 彼女、表現能力高すぎ。 そしてもう一つ、これは現実として絶対にいつでも知っていなくてはいけない「物事は絶望的な形で失敗する事が出来る。」っていうのもはっきりと描かれていた。 

素晴らしい映画なので今すぐ見て下さい。 筋書きは公式サイトで見てみて。 

Love Love me

私は英国の森の妖精のような男性の助手をしている。
大学ですれ違う度に「違う世界から来た人のようだ」と思いながら眺めていた人に、「君と話したい!」とびしっと私を指差してきたのは一年前。 
(本当にエレベーターの前でびしっと指さされた)
それ以来私は妖精さんの下で研究助手として労働を重ねている。
(アレックス60%、淑40%を足して割った感じの人と言えば、私の仲間の間ではきっと分かってくれるはず。)


どっか憎めないんだよなあと思いながら一緒にいる。
で、考えてみたんだけど私は、こういったエネルギッシュでちょっと異次元に属している人が好きなのだ。
すかっとしていて気持ちがいい。 

なんか応援したくなるんだよね!



妖精先生と一緒にいる時に頭の中ではこの曲がぐるぐると流れる。

私も相手も自己主張が強いから、

これ!

こっち!

これ!!!


やんややんやとやるはめになる。 しかも妥協しながら自己主張という理不尽な技をお互いに使い合う。 お互い、人生と自分が愛おしいのだろう。 良い事だ。
 

情熱的な人は好きだ。

2008-07-13

格好いい人

 私の友達のトムは本当にかっこいい。 性格は言わんがなにかっこいいし、外見も好きだ。 目とか、口とか、三秒以上見つめたら「きゃーーー!」って叫びだしたくなるぐらいにかっこいいんだよね!

 昨日一緒にパーティーに行って、なんでこんなにかっこいいのかねとちょっと見つめてしまった。 

 服装はださいし、別に美形という訳でもないし、ただのそこらへんの真面目そうな人なんだけど、よくよく見てみるとムンムンに色気があって、華やか。  私と彼の恋人以外がトムをかっこいいと褒めちぎっている所はまだ見た事がないけれども、きっと、スーン オア レイター、みんながこの美しさに気づくはず。 気づくべき。
 
 そんな彼にはシンクロ率100%の恋人がいる。











この二人はもうすぐ結婚するんだよ! 

そんな所もかっこいい。 両方とも私と同い年で、男の子同士だから妊娠とかもしてないのに、「よし、愛し合っているから結婚しよう」って進む所がかなりかっこいい。 トムの彼氏はトムがダイッスキで、頭がかちわれちゃうぐらいにトム命で、そんなに愛されちゃってる所もかっこいい。 要するに何してもかっこいい。 

昨日みんなで、子供の名前の話しをしていた。 勿論、彼らが将来女の子を養子に迎えた場合、名前は「アンナ」と決まっている。 じゃなきゃおかしいだろう。 ミドルネームも「パンダタイガーでお願いします!」でという私の案は却下されてしまった…。  ミドルネームはヴァイオレットらしい。 アンナ ヴァイオレットちゃん。 可愛いかも。 何年先だよって話しだけど、夢があって楽しい話しだった。 

トムは私が一緒に遊んできた友達の間で誰よりも多くの名言をはき、ほとんど私の意思決定に関わり、絶対に最後は私を大笑いさせる。 トムがいなかったら今でも沢山の事にまだグジグジしていただろう。 かっこよすぎるよ、トム!!!

2008-07-05

母は強し

 一介の薬剤師に過ぎないはずの私の母はたまにクールだ。 

 先ほど彼女に電話で本を送ったと言われた。 「みかんぐみっていう人達の本なの。 なんだかとってもおもしろいのよね。」と軽く言われた。 って事で私はみかんぐみの本を親に送ってもらいます。 うちの母はなんだかそこはかとなくおもしろい女性なのだよな。 

 母の「バスキアってすごいわ」とか、「みかんぐみってかっこいいわ」っていうすれてない言葉がなかなかな支えになる。 母が適当に本屋とかをうろうろしている時に「っあ、なんかこれかっこいいんじゃない?」ってひらめいている姿を思うと胸がキュンとなる。 原体験。 

2008-07-04

Towards Complex-- For the Courageous, the Curious, and the Cowards

 弱々しいとか、くよくよしているとか、そういう「弱いなお前!」っていう態度の男を英語でpansyという。 元々は同性愛者とかって意味だったみたいなんだけど、私の周りではあまりそういうニュアンスは無くて、ただぐだぐだしている人の事をそうよんでいる。 

 例えば知合いの一人は典型的なパンジー。 女の子に振られてくよくよしながら「人生が面白くない。 人生ってださい。」とぼやいていた。 そんな姿を見た彼の母親に「あんたってパンジーね」と言われたと、またくよくよしていた。 頭の中で彼をディスクライブする言葉を長い間探していて、しかも本当にパンジーって言葉ががっちりはまってしまったから、嵐のような面白さにかられ「本当にパンジーだよね、君って本当にパンジーだぁ!」と涙を流しながら私は笑ってしまった。 相手はまた落ち込んでいた。 人生がださいんじゃない。 君の態度がださいのだ。

 でも考えてみると私もかなりパンジー。 男の子じゃないから自分をパンジーとよんでいいのか分からないけど、隙を見つけた瞬間に「人生ってださい。 勇気なんて出ない。 お先真っ暗。」と考えはじめる。

 そんな私は今日、久しぶりに振られに振られ続けた人を大学で見かけた。 もう、速攻でパンジー! 壁にガコンと頭から直球で倒れ込みたい気分になった。 即、「人生が面白くない。 人生ってださい。」モードに入った。 同居人と待ち合わせしているカフェに向かいながら、「何にこんなに力を吸い取られているの?」と考えていた。 どうして、たかがこんな事でこんなに今でもがっくり来るのかが不思議だ。 

 カフェについてロングブラックを注文し、同居人に「ねえ、君は一年に何回ぐらい自分がパンジーでいる事を許す? そもそも、君ってエデンの園に咲いているパンジーかいってぐらいに純パンジーだけど、世の中ってのとはどうやって渡り合っていらっしゃるのでしょうか?」とぶしつけな質問をした。

 質問の返事を直球では決してしない同居人は「フォーミュラーワン、アンナは見る事が出来る?」と聞いてきた。 「見れない。 怖いもん。 速いものは怖い。」と応えた所でちょっと嬉しそうな顔をして「僕は見える」と言われた。 ちょっとの間「なんでF1?」と思いながらコーヒーを飲んでいた。 そしてちょっとしてから「ああ、私は彼よりもパンジーかい!」と気がついた。 とりあえず二人で笑った。 ちょっと考えてみたけど、あまり私がパンジーじゃない状態でもいられる事を証明できる物証を発見できなかった。 本当に、そんな事じゃないんだろう。

 家に帰って、ソンタグをまた読んだ。 昔の記事(過去はもはや重荷ではない)で丸々引用した、若い読者へのアドバイスを繰り返し繰り返し読んでいる。 毎日意味が新しくなるし、心にゆっくりと根を張っていくのを感じる。 本を読もう。 ぐだぐだしたり、勇気が出ないと思ったり、心の色彩が変になったりとかってのは繰り返すけど、でも、なんだか大丈夫だから。 本をよもーっと。

 

All about my mother

 久しぶりに映画All about my motherを見た。 これは究極の「人と許し合う」事についての映画で、私は傑作だと思う。 Forgivenessについてこれほど真剣に、丁寧に作った映画ってないと思う。 人を許す事は、そして許されるって事は生きていく上でファンダメンタルで、そして途方もない行為だ。 自分を、他人を許すって時には何よりも難しい事になる。 そして案外、その事事体について表現している映画って少ないんじゃないかなあ。 名作だ。 アルモバドルの底力を感じた。

 家にはソファーベッドがある。 庭に繋がっている居間のフレンチウウィンドーは天上もガラス張りで、夜は星が見えてなかなかに素敵だ。 そこにベッドを広げて、同居人と二人で寝そべりながら映画を見るのが好きだ。 橋本の家でいつも瑞穂とベッドの上で生活していて、果物を食べたり、映画を見たり、昼寝をしたりしていた私の時間が、今は今の同居人とお互いの布団を持ち込み、星を見ながら寝っころがって、映画を見ている時間に繋がっている。 夜って良い。

2008-07-03

図書館2

 今度はちょっとめんどくさいなと思っている人と一緒に図書館に行った。 

 クラスメイトなんだけど、なんだかすっごい彼の常識を中心に物事を考えるのよね。 まあ、それ以外の方法で物を考える人も少ないと思うけど、ちょっとお互いのがかけ離れているから一緒にいて疲れる。 「お前から見た私はそうかもしれないけど、私から見た私は全然違う。」ってのが多い。

 例えば彼からすると「君は僕に惚れ込んでいるはずなのに、明らかなのに、どうしてそれに気がつかないんだ? 君は自分を分かっていない!」ってなっている。 すごいdelusion。 どれだけ上から目線! 目を覚ますんだ! 

 そもそもそんな発言しちゃったら魅力的だと思われる訳がないだろう。 君は沢山の間違えをおかしているぞとこっちはハラハラしながら見るはめになる。 

 そう、そんな坊ちゃんには本は必要ない。 楽しい世界は脳の中に広がっているからね。 私にはいる。 そんな状況楽しくないからね。 

2008-07-02

図書館

 夫としか言いようがない友人がいる。 私たちは恋人じゃないし、何がどう夫なのか上手く説明できないんだけど、夫としか言いようがない友人だ。 お互いを長く知りすぎているからだろうか。

 日曜日に会いブランチを食べて、その後にぶらぶら散歩したり、コーヒーを飲んだり、図書館に行ったりする。

 今日は大雨が降っていたので、二人で図書館の窓辺を陣取ってずっと雑誌や本を読んでいた。 私の街の図書館は港にあり、大きな窓から海が全面に見えるように設計していある。 大雨が海にぶつかりあう所を見ながら日曜日の午後を一緒に過ごす人がいて良かった。 相手の事をこの人と時間が過ごせて良かったと基本的に思っているから、何となく彼は私の中での夫なのかもしれない。 なんだか、夫度が高い。 

 そこで前も読んだことがあるのに何も感じなかった本が、素晴らしい事に気がついた。





 この本“area”には10人のキュレーターが選んだ100人のグラフィックデザイナーの作品がのっている。 2005年に出版されて、結構好評だった本だ。 出た当時は、オン タイムすぎて「へー」って程度だったんだけど、数年経った今見てみるとすごく面白い人たちを選んでいたんだなってことが分かる。 そして紙面自体がとてもきれい。 楽しい本なので一読をお進めします。

2008-07-01

おもしろいサイト

 おもしろいなあと思っているサイトを数件紹介。

 
CINRA.NET

 これはすごいぞと思っているのがCINRA.NET。 作り込みもすごいし、情報量もすごい。 よくこんなに見つけてくるなってのがいっぱいあって、東京にすんでいないからほとんど関係ないけど、ほれぼれと見てしまう。 

 あと、サイト内のリンクから行けるCINRA MAGAZINEもへーって感じにナイス。 「この人!」って人達がこまごまと紹介されてる。 大学の時の友達やらの仕事先や彼らが関係しているイベントやらが普通に乗っていて、私たちって年取ったんだなとしみじみするよ。 みんな頑張ってるな!



TAB

 結構老舗だけど、最近やっとやりたい事の全貌が見えてきて、よく出来ているなあと感心させられるのがTAB.  数人のインタビュアーとレビューアーの質が良くて、読み物としておもしろい。

TABlog
が秀作だと思う。 これからどれぐらい発展するのかとかが楽しみ。





Designboom

designboomはコンペの情報が充実しているから多分、世界の典型的なデザイン学生はとりあえず見るサイト。 私もとりあえず見て、結局一時間ぐらいブログを読んでしまったりする。





ほかにも何個か、定期的にフリックしているサイトがあるのでいつか紹介します。 

ハツシバ ビオラ カバコフの展覧会




 この展覧会は、ハツシバがあったから私は良い時間を過ごせたけど、展覧会自体はかなり謎なへんちくりん展だった。 題名からして救いようが無いの。  Moving Towards a Balanced Earth: Kick the Carbon Habit!だよ。 どんな悪い冗談だよ。 びっくりマークはよそうよ。

 ニュージーランドの国立博物館と、the Natural World Museum、UNの環境プログラム、ニュージーランド政府環境庁が共催でやってる展覧会なんだけど、あか抜ける気ゼロ。 

 小学校の社会科見学で行った大型工場なんかでもらったパンフレットや、そもそも社会科の教科書そのものの胡散臭い善良さと同じ質で困った。 ニュートラルな、乳臭いけど乳首なさそうなイラストと、間抜けな文章を読みながら子供ながらに「きっと中立で何かに対してやさしい企業/団体/学校ってのを演出したいんだろうけど、おぞましさしか表現できていないぞ」と思っていた。 この手の怪しさってユニバーサルなのかもしれないと今回この展覧会そのものの作りを見て思った。 見る人を萎えさせる力を持った世界観だ。 

 あまりにも気遣いだけ成熟していて、中身が成熟していない感じが不思議でたまらずこの展覧会のキュレーターを調べた。 アートセラピーでマスターを取って、ダライラマファウンデーションから彼に関する本を書いていて、この展覧会の他にはEnvisioning Change: Melting Ice / A Hot Topicをキュレーションしている。 私とはインテンションも属しているソサエティーもかすりもしないのだろう。 きっと、良い人だ! こうも意向が違う人が作った展覧会が私の好みじゃないと言うのも埒があかん。 そもそもが異なる。 ネーミングセンスが涙が出そうなぐらいに悪い気がするけど、それだって異なる文化には異なる批評性があり、彼女側の世界では許される/もしくはナイスな題名なのかもしれないと私は思うよ。 頑張れ。

 何とも言えん!!

作品のキャプションも、なんだか作家みんなが環境問題だけにフォーカスして作品を作ったように演出されていて、「そうなの?」って萎えた。 新たなる文脈が生まれたとも言えるし、多くを殺したとも言える大胆な展覧会でした。 

ビオラとカバコフ

 ハツシバの作品があった展覧会にはビオラとカバコフの作品もあった。 ビルビオラのは、1979年の小さな作品で、技術的には今の完成度が無いんだけど、どっか決定的に深い美しさの震度がある良い作品だった。 ビオラの作品だと分かる前に「ビルビオラのみたいに美しいなあ」と思った所が笑える。






 カバコフのは、この人がやろうとしていることは多分これからもこれまでも私には分からん。 そしてこれも頭の中で「カバコフの作品と同じ意味で分からない」と思いながら作家名をチェックしたところが笑いのつぼ。 個性って、隠せないんだね。 そういう意味でこの人達の表現伝達力って立派。




 ビルビオラのインタヴューが素晴らしかった。 この人ってどうしてこうも直球なんだろう。

ハツシバ ハシル!

 プラっと入った展覧会で、素晴らしい作品があった。 

 男がひたすら走っている映像が三つのスクリーンに映し出されていた。 「うわっ久しぶりに好きな作品に出会ったぞ。 これがとっても好きだ!」とワクワクして長い間見入った。 久しぶりに、多くの事を共有している友人に会ったような気分になった。 私は世界と繋がり直した気分になって、一瞬で幸せになった。

 作家は誰なんだろうとキャプションを見たら、そこには、彼の名前が。 こういう瞬間は「やっぱりな! 運命だ!」ってのと、「私ってただ単に2003-05の東京に刷り込まれているのか?」ってのの二つの感情が入り交じる。 そう、その作家はジュン グエン-ハツシバだったのだ。 陸に上がったのかハツシバ! 

 映像の中で本気で走っている男性は私が大好きな作家だった。 心射たれた。 

 刷り込みがおこり、好きなタイプの表現が固定されてしまったのかどうかはおいておいて、こういう世界と繋がり直せた気分になる出会いは良い。 頭の中に言葉が沢山湧いた。 視覚において過度に表現的であるとか、創造的であるとかってよりもプロセスそのものに密やかなユーモアと美しさがあって、そのプロセスを生々しくただそのままに表現してあるものが私は好きなのだと再確認をした。 好きだ、ハツシバ。 例え、小粒すぎると友人に言われようが、私は彼が走る事を応援します。



この↓ハツシバの所属しているLehmann Maupinギャラリーのサイトが秀作。 Lehmann Maupinには、なんとMR.とSuh Do-Hoも所属している。 意外だ…。  オタク、体力勝負、気品。 でも、みんなフラジャイル。 フラジャイルのコレクション、幅広く。 手堅いですね。 

 


Videoもちょっと見えるから、楽しんでみて下さい。






おまけ:気品の国の人、Suh Do-Hoのギャラリー内のサイトで気品にやられて。