2010-03-31

オークランド 日々カルチャーショック 2

 オークランドに引っ越してきてから色々と驚いた事は多い。 環境+ライフステージの変化による相乗効果のカルチャーショックに日々驚いている。 「のばらいろのひび」っていうよりも、「がちょんのひび」。 一日一回は「がちょんっ!」ってなっていると思うわ。

 まずここ最近最もがちょんときたがちょん。

 職場の同い年の子たちが二人とも敬虔なキリスト教原理主義者なんだ。 まず超自然的な神様を信じている人と関わった事がこれまでそんなに無かったし、「そうかー、この人達からしたら地球は神様がエイヤって作った物で、ついでにこの人達からしてみたら私は地獄に落ちるんだよなあ。」としみじみさせられるよ。

 そんな彼らは基本的に生活態度は超保守的。 その割にはプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神の相性の良さによることなのか、経済的には新自由主義をサポートしていたりする。 自由なの? 保守なの? そして日常的にすっごい沢山ヴォランティアとかしていて、だったらはじめっからもうちょっと弱者に優しい政党に投票してみたらいかがなものかと私は思ったりもする…。

 そして性格がめちゃくちゃ良い。 そして温かい。 身内意識がすごく強いみたいでグループで固まり、グループ外の人達に対してシャイで、自己主張があまり無いかんじだけど、でも基本的に善人だ。 善人である事に対して野心的。 大志を抱いて善人街道を進んでいく感じだ。 性格がよく、清く、強く、勤労である事に命かけてるかんじ。 本当に勤労。 偉い! だから仕事仲間としては最高。

 

 

 

 

オークランド 日々カルチャーショック

 オークランドに越してきて驚いた事が沢山ある。 

1. まず、教会が多い!

 三歩歩けば教会がある。 そしてここに来てほとんど生まれて始めてキリスト教原理主義の人達に出会った。 それも結構な数に。 地方出身の友人たちに「ウェリントンが特殊なだけで、ニュージーランドにはキリスト教徒が結構いるんだ」とか、他にも色々実家が原理主義的だったりで苦労した子たちの話を聞いていた。

 「ちょっと大げさに言ってるんじゃない?」とかって思って聞いていたんだけど、実際結構いたから驚いた。

 進化論を信じない、地球温暖化現象を人間の所為だと思わない(そもそも温暖化現象そのものを信じてない)、婚前の性交渉をしない、どでかい結婚式をあげるなどなど、色々「世の中にはいろんな人がいるのだな…」ってのをオークランドに来てから学んだよ。 リチャード•ドーキンスとかがマジ切れで無神論の啓蒙をしている理由がある程度まで分かった。


2. 国民党支持者がいる。 

 国民党支持者に会ったのもほとんど初めてだった。 ウェリントンの私の周辺の人達は労働党やら緑の党やらの支持者しかいなかった。 労働党は長い事ニュージーランドの与党だったから、てっきり国民党支持者ってどっか遠くの幻想の先にいるもんだと思ってた。 そしたらオークランドに来てみたら普通にいっぱいいた。 国民党支持の人達はこっちからすると色々とドカンドカン地雷踏みまくりな事を言う。 リベラルを支持しない人達ってのは本当にいるもんなのだなと、カルチャーショックを受けた。

 Wikiからのコピペなんだけど、ニュージーランド国民党(中道右派保守主義政党)のキャラクターはこんな感じ↓
 面白いのが、多くのアジア人移民が「当然」って感じでこの政党をサポートする事。 アジア人一般の保守主義への愛は、自分の人種への偏見や不平等をも無しとする。 なので私が支持しないと言うと目ん玉をひんむいて驚かれる。 お返しにこっちも顎が外れる勢いで相手に対して驚く。 共産圏や仏教文化圏出身の人達ほど、案外権威主義、保守主義、拝金主義がお好き。 不思議なもんですね。 


3. エスニックごとに別のエリアに住む

 その地域に住んでいるエスニックごとにコミュニティーのキャラクターが際立っていて面白い。

 ウェリントンは郊外を含めても人口が40万人ぐらい。2001年の国勢調査によれば、ウェリントン市民の85.6%が、民族分類上自分はヨーロッパ系だと回答していて、マオリ系が4.1%、残りが南太平諸国の系統やアジア系、およびその他の民族である。 要するに、ウェリントンは白かった。

 オークランドは、市内の人口は41万7000人、都市的地域人口は124万7000人。 内訳としてヨーロッパ系が約68%、先住民族マオリ人が約 15 %、「ニュージーランド人」と認識する人が約 12.9 %、アジア系は 9.2 %、太平洋諸島系 6.9 %。 このリストに出てくるような、メジャーなエスニックグループの場合、どのグループでもそのグループ内で暮らしていけるだけの人数があるんだよね。

 よって住み分けがおこっている。 それで地域ごとにすごい特色がある。 面白い!

 私が住んでいるエリアは、100年位に前に開拓された住宅地で、町並みもその当時からあまり変わっていない。 旧い街や建物が好きなので結構満足している。 どでかいヴィクトリア朝のヴィラ建築に友人らと6人で住んでいます。 

 旧い建物があり、ヨーロッパ的だからだろうか、私の近所には有色人種の人達がほとんどいない。 すごい白い住宅地。 多分、7年近く住んだウェリントンも、それ以前に住んでいたイギリスも、基本的にヨーロッパっぽかったからだと思うんだけど、私はなじみやすい。
 
 大抵歩いて10分から20分位で次の住宅地になる。 中心に小さなお店が並ぶ商店街があり、周りに家々が連なる。 住んでいるエスニックグループによって、そのお店が変わるので、ここにどんなグループの人達が住んでいるのかが推理できる。 やっぱりみんな生活必需品が徒歩圏内で売っている場所に住みたいからエスニックグループごとにまとまる傾向にある。

 オークランドの中心部を背に向け、私の家から西側に歩いていくと、まずインド人街につきあたる。 なので勿論お店も八百屋さんとかスパイス屋さんばっかり。 ヨーロッパ系のお店は皆無になる。 そしてお酒関係も無い。 ボリウッド映画や、それ関連のDVD屋さん、寺院やらが連なる。 そして多分、インド系のイスラム教徒のコミュニティーもあるんだろう。 街にあるお肉屋さんは全部ハラールをしているし、レストランで肉を出すところ(インド人街は基本的に菜食だけど、肉関係も若干はある)もハラールされた食品を扱っている。 屋台で売っている物はサモサ。 (しかし、絶対に韓国系移民の経営している日本食屋や寿司屋はどこの街にでもある。 韓国のオモニ達強し!) 

 次の住宅地は中国人街だ。 外食産業花盛り。 ここは中国かってぐらいに中国。 元気! 何故かレストランで出てくる物が全てしょっぱい地帯。 中国人がいっぱいいるお店の料理は、私にはしょっぱすぎる。 そしてここら辺の人達は生野菜を食べない。 そして肉食いまくり。 アジア人は肉食大肯定派が多いんだと思う。 他のエスニックグループが、屠殺方法や、家畜の扱い方で宗教的、倫理的な問題提起やら議論やらをしている間、そういうこと一切おかまいなく、とりあえず「肉食ってたら豊」って感じに肉を食している。 多分アジア人にとっての食事って「美味しいか美味しくないか」とか、「自分の体にいいか、良くないか」なんだと思うんだよね。 結果アジア人が経営しているスーパーのお肉は安い。 多分、倫理的にずさんな肉工場から仕入れているから。 こういうのを見ていると、日本もやっぱりすごくアジアなんだよなと思う。 意識の持ち方に共通点が多い。 

 もっと進むとポリネシア系の島々の人達が多く住むエリアになる。 ココナッツやらタロイモやら、アロハシャツやらを売っていて、多くの人々が巨大。 そしてなんか街の雰囲気が穏やか。 加工食品がすごく多く売っている。 巨大なコーラのボトルとか、コーンビーフの缶とか。 南の島でだと、そういう輸入食品が重宝されてきていたからだろう。 まだ食生活が島に住んでいた頃のを引きずっている。

 一時間位散歩すると、こういう住宅地を見る事が出来る。

 オークランド、結構面白い。

 違う方向に歩くとまた違う景色が見えるんだろう。

2010-03-26

A single man

Tom FordのA single manを、Auckland World cinema showcase で見てきた。 World cinema showcaseはニュージーランドの4都市で行われるその年度の良い映画の見本市。(街のサイズに関係なくどの街でも同じ作品を上映する。 私はこれが結構偉いと思う。)





A single man,私はすごく好きだった! 色々傑出している要素があったんだけど(配役、美術、構成.などなど)私は単純に作品が特徴的に持っていた態度、そこから導かれるメッセージにとても触発されたよ。





映画って批評っていう軸を持って鑑賞すれば、まあある程度の均一な体験として言語化できるのかもしれないけど、ただ鑑賞/体験した際は、鑑賞者側のコンディションやその日思っていた事に感想が大きく左右される。 映画鑑賞って本当に映画そのものと自分自身のインタラクションだよね。 同じ映画を二回目に見る際に、感想が大きく変わるのもその所為。

なのでこっから先に書いてある感想は完全に「今の私がA single manを見た時にどう思ったか」。 他の人が同じ映画を見ても同じ感想を持つとは思わないし、私はその差を楽しんでもらいたい。





 映画を見た後に恋人との会話で出てきた言葉は

Cherish
1 〈物を〉だいじ[たいせつ]にする;〈人動物を〉かわいがる, いつくしむ;…をやさしく世話する
2 〈希望計画などを〉忘れずにいる, 心にいだく

Uplifting
1 …を揚げる, (持ち)上げる;〈土地を〉隆起させる.
2 (社会的文化的道徳的に)…向上、を高める, 高揚させる
3 〈声を〉張り上げる

Embracing
1 …を抱く, 抱擁する
2⦅形式的⦆〈考え申し出を〉喜んで受け入れる, 快諾する
3⦅形式的⦆〈主義事態などを〉受け入れる;〈機会を〉捕える, 利用する;〈職業生活などを〉進んで選びとる, に喜んではいる
4⦅形式的⦆…を見てとる, 悟る

Fine
1 品質のすぐれた, 良質の, 上等な, すてきな, 結構な;完ぺきな, 申し分のない, 最高級の;finer feelings [qualities]|(愛とか忠誠心といった)高級な感情[資質]
2 混じり物のない, 純粋な;澄んだ;純度の高い;〈人が〉高潔な
3 技術のすぐれた, 巧みな
4 上品な, 洗練された, 優雅な;上品ぶった
5⦅通例限定⦆〈人顔が〉美しい, 整った;〈衣服が〉はでな, 華美な, しゃれた;〈人が〉いきな身なりの;〈言葉文章が〉華麗な, ひどく飾り立てられた

Virtue
1⦅形式的⦆U美徳, 徳, 善;徳行, 廉直, 高潔
2U(特に女性の)貞操, 操, 純潔(chastity)
3U•C美点, 長所, 価値
4U•C(ある結果を生み出す)力, 効力, (薬などの)ききめ, 効能

Sincerity
本心をいつわりなく示すこと, 誠実, 真実, 率直, 真剣, 真心

Compassion
(他人への)思いやり, 深い同情

Intimate
1 (…と)親密な, 親しい, 親交のある, 懇意な
2 私事[一身上]の, 個人的な;〈連想理解などが〉個人的な体験に基づく;〈日記などが〉内心を吐露した
3 (家店食事雰囲気などが)(こぢんまりして)くつろげる, 居ごこちのよい, ロマンチックな, ムードのある
4⦅限定⦆⦅形式的⦆詳細な;造詣の深い
5 性的な;⦅形式的⦆(…と)肉体関係にある, (…と)ねんごろな⦅with ...⦆
6 (関連の)深い, 密接な.
7 内奥の, 奥深い;内心の.
8 本質的な, 根本的な

など、など、とても肯定的なものだった。
観賞後に人生でこれが大切だよなと思わさせられる言葉が、会話にも、自分の心の中にも溢れたよ!


 勿論私自身の生活はこの映画の中で描かれていたようなグラマラスさとほど遠いものなんだけど、人間関係の姿が自分のそれと、そして私の周りにいてくれている人達ととても近い気がして、見た後に結構自分たちに対して肯定観を得た。

 異性の友達と二人っきりで食事をする事。 その後にじゃれる事。 親愛の情を込めた近い身体の距離感。 ちょっとしたテンション。 恋人との関係のフラッシュバック。(こういう時は往々に美しい記憶が甦る。 私はそこに本当に人間の良心を感じるよ。 そして悲しいフラッシュバックにも、どこか同じような良心を感じる。) 安心感と信頼が強い基礎となって築かれている人間関係の持つ優雅さとファインさ。 そして、若い生命の無邪気さと輝き。 若い生命を無邪気で輝いていると、素直に受け取る歳をとった側の成熟さ。 儚い言い争い。 友達にアテンションを注いでもらいたくてする、拗ねた行為と甘え。 それを正してくれる温かい友情。

 話し自体はヒヴィな内容なので上に書いたような事だけで成り立っている訳ではない。 しかし、どこかで、とても重要な側面(いや、側面というよりは内面 サブスタンスがある)が、上に書かれているような親密である喜びや、人と繋がる事の素晴らしさで満ちている。

 映画の前面にそういったcompassionが押し出される訳ではないけれども、様々な次元の人間関係と繋がりが強い、強い、他者への肯定観とともに描かれているように見えた。 明言されないぐらいに、明らかな前提として。

「暴力性やラディカルさから、普遍性のある感覚へたど り着ける」っていう方法が使われていない、全く逆のベクトルから見る側を包摂してくるような映画。

 最近セックスってなんだろうとよく考えていて、そしてその事についてもっと大人が話すべきだと思っている。 そしてまさに上に書いてあるような事が私にとってセックスっていう活動において重要で、そして願わくば多くの人にとってもそうであってほしいと思っている。
 
 あと単純に、めちゃくちゃサクセスフルなファッションデザイナーで、グッチやイブサンローランをファッショナブルに去り、ファッショナブルに映画を作り、一本目から名作作っちゃうトム フォードに、もう、私降参。

 ファッショナブル過ぎる!!

 おすすめな映画なので、見てみてね。

2010-03-24

走ったり、持ち上げたり。

 今までピラティスをやっていたんだけど、引っ越してから通いにくくなってしまったのでジム通いに切り替えた。

 ピラティス教室は高級住宅街の中にあり、中流階級っぽい奥様方と、ゲイの男の人達、及び若干高飛車そうな若年層による少人数のクラスで、非常にととのっていた。 指導も本当に丁寧だった。

 今のジムはムキムキのマッチョメンたちが本気で筋トレをして、あり得ん量の汗をかき、終った後にプロテインがぶ飲みって感じの場所だ。 私はそこに連れ合いの男友達で最も筋肉ムキムキのマッチョ野郎と一緒に通っている。 「アンナ、あともう一回持ち上げるんだ!」「無理です!」「無理じゃない!」ってのを繰り返している。 所変わればですよね。 体の扱い方から、あなたが誰かってのを推理できるね。

 anyway,エクササイズをしている間マッチョ野郎と同じ位に私の心の支えになっているのがipodだ。

 ipodが発売されてからもうすぐ10年経つ。 私はオタクな父とともに勿論発売日に並んで買った。(初代imacも発売日に並んで買った。)

2010-03-23

ミシェル



 メニューバーについているView SubtitleからJpanaeseを選ぶと、日本語字幕がつくよ。

 世の中の男性はミシェルオバマが好きなんだと最近知った。 頭が良くて強い人だし、権力ど真ん中だし、バービーみたいじゃないし、典型的なもてる人じゃないと勝手に思っていたから意外だった。 しかしながら我が家に住んでいる男の子四人はみんなミシェルが表紙になっている雑誌を見ると手を伸ばすし、「美しい」と言って賞賛している。 ミシェル、確実にもてている。

 スピーチとかを見ていると、確かに高貴な感じがして美しい。 神話に出てくる女神のような感じだ。(オバマにしろ、ミシェルにしろ’原型’って感じを醸し出すのが上手だよね。 ミシェルの仕草は「賢い女性の振る舞い方」の原型って感じ。) wikiに彼女に割り当てられたシークレットサービスのコードネームは「ルネサンス」であると書いてあったんだけど、それも分かる。(でもシークレットサービスのコードネームがwikiに書かれてあるってどうシークレットなの?)

 最近TEDで人々のプレゼンやスピーチをよく見ている。 今までデザイン関係の投稿しか見ていなかったから、まだまだ見終わるには時間がかかる。 その中にあったミシェルがロンドンでしたスピーチがとても良かった。 正解ど真ん中って感じのスピーチ。

 自分が子供のときに聞いたらどうだったかなと考える。 感動は…、ある程度しただろうけど、でもやっぱり勉強するより遊んだだろうな。 教育の根幹は遊びって方針の学校に行っていたし。 「真面目に遊ぼうっ」って決心を強くしたかもね。 ただ、好意的に「こういう意見の人もいる」と思っただろうし、そしてこの考え方がメインストリームな事に違和感を持たなかっただろうとも思う。 ただオルタナティブサイドに居続けはしただろうけど。 そして悩んでいる事があったらこういう感じの女性に相談しに行きたいと思ったと思う。

2010-03-22

結婚式

 つい最近結婚した会社の同僚の、結婚及び結婚式への情熱がすごい。 25歳の彼は、敬虔なクリスチャンで同じ教会に通っていた幼なじみのバービーのように美しい21歳の女の子と7〜8年つきあった末に結婚された。 勿論、それまでちゃんと純潔も守った徳の高い人達だ。

 非常に美しくお洒落なフランス料理屋で一年位前に婚約パーティーをして(そのパーティー自体が、多分私のする結婚式より豪華で情熱的だった)一年かけてドレスやら料理やら全てを選びに選んだ完璧なる、巨額の富を投じた結婚式をなすった。 クリスチャンの子たちにとっては、結婚って本当に、本当に大切な事なんだろう。 そして、それを象徴する結婚式って、もう、一生に一度の大ハッスルデーなのね、きっと。 行った人達曰く、完璧だったらしいよ。 

 そんな彼は、我が社のコンシューマー向けのブログに、自分の結婚式への旅路の記録を最近載せている。 結婚式の前は興奮したラブレターとかを載せていたんだけど、最近はもう達観+こなれた感じに自分の近過去を振り返っているよ。

 いやー、本当に、ぞくぞくとした興奮を持ちながら、他の同僚の女の子たちとあっけにとらつつ読んでいるんだけど、彼は我関せずに超ロマンティックな記事を会社のブログで投稿し続けている。 偉い! 本当に、こういう超越した人が結婚できるんだと思うよ。 せせこましい雑念に流されてないもの。 偉い。

 そしてそういうマーケット方法を選んだ、我が社のマーケッター達。 勇気あるね!!

スニータ・クリシュナン:性的奴隷制との闘い




 メニューバーについているView SubtitleからJpanaeseを選ぶと、日本語字幕がつくよ。

 最近、日本でホットトピックになっていた「東京都青少年の健全な育成に関する条例」内での、若者に関する性描写についての話を聞くたびに、強い違和感を感じる。

 私個人は、本屋で普通にエログロ漫画が売っているのは良くないと思う。 女性や同性愛者、子供たちに’世の中の人達は君たちの事をこういう欲望の対象としてみていて、レイプしたがっているんだよ’ってのを見せるような社会は嫌だ。 結構堂々と女性や同性愛者、子供達の尊厳を傷つけていると思う。 (ってかなんで日本のエロ本って、セックスのディフォルトがレイプなの?) 普通にそういう本が子供の漫画本の横にあったりして、えぐいなと思う。 もし自分たちが次の世代に好かれたり、尊敬されたかったら、もっと自分たちを律する必要があると思う。

 だから、東京都が何かをしようとしている事自体は好意的に見ている。 でもって、彼らの出している提案が始めっからぶっ壊れているのも分かる。 控えめに言っても、インプルーブメントが必要だ。 だから反対意見を言っている人達の気持ちも分かる。 でも、気持ちは分かるけど、多くの意見は好きじゃなかった。

 まず大人達が、セックスとは何か、健全さとはなにか、不健全さとはなにか、性に関する人間の尊厳とはなにか、どこから他者の尊厳を陵辱するのか、誰にどういう影響が出るのかっていうののディスカッションをしていなくて、なんだか暗黙の了解(もしくは甘え)の上で話を進めているような気がするからだ。

 そこのコンセンサスがないのに、話を無謀にも発展させようとしている気がして嫌だ。 すっごい上から目線で話している人が多いし。 自分の属する社会の地位においては、誰の無謀なファンタジーの餌食になるはずが無いっていう勝手な無邪気さを話している人から感じて腹が立つ。 そういうナイーブさが見ていて気色悪い。 ものすごく狭い視野で影響や、意味、当事者、被害者、加害者ってのを定義している気がしてならない。 そして変な意味で利害関係を持ち込みすぎている気がする(eg.漫画文化がクールジャパンで、実際我々はこういうので儲かっているんだから的な意見)。 お前は、出版社の経営者かと突っ込みたくなる。 現状の利害関係とかってある程度、超越して考えなきゃ政治にならなくない? マネージメントじゃなくて、ガバナンスの話なんだから。 漫画家とか出版社とか、妄想の中でしか性の欲求不満が解消できない人の事とか、そういう今利益を得ている人達の立場から考えても仕方ない気がするのよね。

 そして、言論の自由は勿論大切だ。 上の女性のような経験をした人達を勇気づけ、支援し、受け入れる、そのプロセス全てに言論の自由が求められる。 そして性描写を自由に描けるが故に、私達は現実の惨さを他者に伝える事が出来る。

 私は彼女の為に、そして彼女の話を自分が聞けるような状況にいる事で、言論の自由があってよかったとは思う。

 けど、なんか”現状の質の漫画を書き続ける為に”っていう戦術で来られてもねえ。 「そんな漫画いらねえよ」って思うよ。

2010-03-19

聖パトリックの祝日

 3月17日は聖パトリックの祝日だったよ。 聖パトリックの祝日は、アイルランド系移民の一大ハッスルデーで、今騒がんでいつ騒ぐって勢いでギネスを呑み、街をパレードし、伝統的な踊りを踊り、バグパイプを聞き、そして緑色のものを沢山着る日。 世界中のアイリッシュが、そしてその周辺の人達が大騒ぎをする。

 この日は、本当に底なしに呑む。 少なくともニュージーランドでは、本当に底なしに呑みまくる一日です。 緑色を身につけていたらその日は誰でもアイリッシュ。 一族の名誉と栄光のため、呑めるだけ呑めって感じだ。 連れ合いの会社はその日は半ドンで、会社持ちで飲み会になったんだそうです。 酔っぱらいすぎて靴を無くして帰ってきました。






ダブリンの様子。 楽しそう! そして世界で一番大きな聖パトリックのパレードがあるのはマンハッタンなんだって。 是非行ってみたい!!





アイルランドの人たちは非常に直線的に踊る。

そういえば私はバグパイプのマーチングバンドが好きだ。 タカタカとなる太鼓の音も。 こういうお祭りにはバグパイプのマーチングバンドがつきもので、私の胸は高鳴る!! 羊の断末魔のようなその音と、酔っぱらった夫のいびきのようなリズムのおかげで、悪評がとても高いバブパイプ…。 しかしたとえ何と言われようと、私は本当に、情熱的に、熱心に大好きです。 何かが結構鼓舞される。 バグパイプよ、永遠なれ!





ちなみに一番好きな曲は、「勇敢なるスコットランド」です。 たまらん!! しかもけっこう下手なのが好き。


華僑と龍だ!ヤァ!ヤァ!ヤァ!























ヤー!!


 ウェリントンの海辺の公園で、華僑の子たちが龍の踊りの練習をしていた。 この公園は高校生たちが週末にクラブ活動の練習なんかをしているから、近所の人達がよく朝食の後に散歩しにくる。 私もよく暇つぶしをここでした。

 華僑の人達は、やる事が派手で存在感がある。 上手いよなあって感心させられる。 オークランドでも街ぐるみの春節のお祭りを大々的に企画しているし、華僑の子たちがショッピングモールとかで獅子舞をドンガラガッシャンとものすごい派手に披露していた。 やっぱりそういうのはすごく喜ばれる。 モールにいた子供たちみんな夢中になっていた。 なんか、ツボを心得ているみたいなんだよね。 存在感を残す事や見られる事が上手。

 元々私は、横浜中華街の隣町の鎌倉出身なので、中華街や華僑がやけに好き。 ファン。 なのでこの間、日本の中華街の歴史についての本を読んだ。 華僑の人達が地元の人達に認識してもらうためにお祭りや獅子舞、龍舞を重要視しているってって場所を読んだとき、かなり色々腑に落ちた。 そしていろんな国にある中華街や華僑のグループ同士でその方法を教えあっているんだって。 やっぱり見られる事を、理解してもらう事を強く意識してなかったら、ここまで発進力の強い移民のグループにはならない。 そして移民として地域に受け入れてもらえるか、存在感が残せるかって、いかにきちんと見てもらって理解してもらうかによるわよね。 彼ら、賢い。 自分たちも楽しみつつ、新しい場所に派手にとけ込むってのがお上手。

 上の写真からも分かるように、散歩していた人達が集まってきて魅せられていた。

 自分とかと同い年位の華僑の子たちがこういう事をいっぱいやっているのを見ると、結構感心させられる。 別にだからって、日本文化を発信しようとかとは思わないけど。 特に発信しないし、存在感も強くないってのが、日本文化の本質だとすら思うから。 こういうのが上手すぎる華僑とか、インド系列のコミュニティーと自分を比べる事すらが無謀な気がするし。

 この間インド人のおじいちゃんに、「日本文化はノーブル(高貴)。 日本文化は、下手に売り出すと安っぽくなるからお高くとまっていなさい。 そしてインド文化はミスティカル(神秘的)。 人々を神秘の世界におつれしてなんぼ。」とかなり的確なブランディングの指示を出されたときに思ったわ。 彼ら、自分がやってる事の意味を分かってやってる。 その見上げた移民魂から学び、私は日本人として「団結しない、存在感や影響力を持とうとしない、伝統を持ち込まない、そしてお高くとまる。」をテーマにいこうかなと思っています。