最近えらく普通な友達が出来た。 「見事だ…」と相手を見ながらあっぱれな気持ちになるぐらいに、普通なんだよね。
しいて言うなら、ジャスパー・モリソン並にスーパーノーマル。 モダニズムデザインから神経症的な純粋への強迫観念を脱ぎ去った先にある「普通」って感じなんだよね! しかも下地に「日本民藝館」的な「健康の美」「正常の美」がある感じで、「柳さん! 走ってきて! この人の事収集して!!」って気分にさせてくれる。
さて、そんな普通な人は、普通なエピソードに溢れている。 例えば、幼なじみと一緒にバンドを組んでいるとか、しかもそのメンバーで一緒に住んでいるとか。 なおかつ大学の専攻まで一緒だとか…。 よっぽど気が合ってるんだね。 心温まる良い普通の話しだ。
二ヶ月ぐらい前、そのうちの1人が普通な人のお財布を掴みながら、「これを窓から投げてやる!」とふざけたそうだ。 「そんな事をしたらお前のお尻を力の限り下から殴ってお仕置きしてやる!!!!」と宣言をしたものの、幼なじみは窓から彼のお財布を投げ捨てたらしい。 「なんて事するんだこの馬鹿!」と怒った彼は、宣言した通りに幼なじみのお尻を力の限り殴ったそうだ。 そしたら、幼なじみはただ「いってーー!」って叫んでおしまいだったんだけど、殴った本人は手首の骨にヒビはいっちゃったんだよね。 どれだけ固いの、幼なじみのお尻。 強烈な激痛が手首に走ったんだけど、恥ずかしいから一ヶ月以上ほっておいたんだそうだ。 まさかヒビ入っているは思わなかったそうだ。
案の定手首がまわらなくなっちゃったから、最近病院に行って、お医者さんに「大人なんだから、すぐに病院に来る! あと、幼なじみのお尻なぐらない!」とものすごく怒られたそうだ。 来週手術。 あっはっは! 普通!
これまで極端に神経質な友達が多かったので、「誰かが誰かのお財布を投げる」とか「お尻を殴る」なんて事は一切無かった。 そんな事したら一生絶対、恒常的に、心の底から恨まれたし、相手に一生消える事の無いダメージを与える事が出来たと思う。
「ヒビ入った事幼なじみに言ったの?」と聞いたら「うん。 暴力のくだらなさが分かったかって笑われた。」と悔しがっていた。 「子供のころ、幼なじみに屋根から飛び降りろってやじをかけたら本当に飛び降りて、足首にヒビが入って、今度自分がする手術と全く同じのを相手がしたんだよね。 業かもしれない。」と別に相手のお尻の理不尽なまでの固さに怒る訳でもなく、普通に許し合っている所にも感心した。 普通。
そういう私からすると普通な感じを見る度に、胸の中では「柳さん! お願い、駆けつけてきて! 収集! 収集!」ってなっている。 まさか、自分のそんな事を感心されているとは御本人思ってもいないだろう。
あっはっは。 それにしてもお尻殴って、手首にヒビ入ったってのはないでしょう。 アホだ。 レントゲン写真を見ながら、車の中で息が出来なくなるまで泣き笑いをしてしまった。 端から見たら、車の中でレントゲンを見て、むせび泣いている女だ。 「どんな不幸が彼女におこった?!」って思われても仕方がない。 実際の事は、彼の幼なじみのお尻の強度に笑いのつぼを押されまくっていただけなのだけれども。 いやー、人によっては、お尻って案外固いから、殴っちゃ駄目よ。
2009-04-12
2009-04-11
バルトには決してがっかりさせられない
好きな人によってころころ変わるのが女という者だろう。 いや、男も変わるな。 この目で見た。 要するに、人は、服装も、考え方も、人生観も結構一緒にいる相手によって変える生き物なのね。
以前バルトのメランコリックなウィズダムたっぷりな文章に包まれていないとやってけない相手に思い焦がれていた。 そして最終的に相手は去ったが、バルトは残った。 てっきり、相手への思いとともにバルトへの熱も去るのだろうと思っていたけれどもそんな事は無かった。 バルトへの熱と尊敬は思いの他、深かった。
人の笑いを取るのが好きなので、友達に「前の恋愛の話しをして」と言われると、思わず浪曲師の様に「闘牛のような恋でありました」と話しはじめてしまう。 「どっちがどっち?」と聞かれるので、「話しを聞いてからそちら側で勝手に決めて下さい…」と答える。 まさかへらへらした日本人のデザイナーの女の子の口から「闘牛」って言葉が出るとは思わないみたいで、その時点で結構笑ってもらえる。
バルトのテキストの一つにWhat is sport?というのがある。 これは"恋愛のディスクール"において彼が恋愛について饒舌に語ったように、スポーツについてひたすら語っている短いテクストだ。 相変わらず、非常にメランコリックで、美しい、そして死へ真っ正面から立ち向かっている、バルト色炸裂な素敵テキストだ。

その中で彼はスポーツのアーキタイプに闘牛をあげている。
バルトは闘牛のプロセスを数段階に分けて話す。 まず、闘牛士はケープを使い、戦っている牛の事をしる。 遊び、焦らし、避け、自分のルールを示す。 次に闘牛士は槍だけを使い牛との死闘を始める。 その時点ではまだ牛の方が強い。 ただ闘牛士には恐怖心とそれに立ち向かう勇気がある。 牛には無い。 その時点で闘牛士は獣より優れている。 そして闘牛士には牛は知る事の無い知識がある。 闘牛士は牛を知っている。 牛は闘牛士を知らない。 闘牛士にはスタイルがある。 スタイルは難しい動作を徳深い作法に変換させる事を可能とし、乱れを規律し、リズムを構成する。 そして闘牛士は牛に勝つ。
「私は時たまとんでもない負けず嫌いで、どーでも良い事に競争を持ち込んだり、死闘を演じてしまったりするんだよね。 難しい相手を見たら、ほとんど肝試しの一環としてケープを使って焦らして、相手と遊んで相手を知り、出来る限りに誘惑し、そして相手に立ち向かい、一撃を加えたいと思っちゃうんだ。 以前好きだった人はまさにそんな感じで、ただただ挑戦したい衝動に狩られて、長期戦の闘牛をしたの。 しかも相手も私にそっくりに負けず嫌いだったの。 でも、結局私には深い知識も、強い勇気も意識も無ければスタイルも無かったから、闘牛士のつもりだったけど、実際牛だったのは私なんじゃないかと思えたりもするのよね!結構な衝撃を加えられ続けたし!」と言い切った所で、大笑いしてもらえる。
「私、闘牛士のつもりだったけど、もしかしたら牛だったかも宣言」は女の子の口から出てくる言葉として期待していなかったようで、「よくそんな事思いついたね」と感心してもらえる。 バルト、読んでるからね。
勿論、それだけじゃなかった。 喧嘩だけじゃなくて、温かさや愛おしさだって溢れていた。 ただ、二人の個性がクラッシュしたとき、闘牛的要素が何よりも全面に出てしまったのだ。 とんだ特徴! ほとんど、記念碑。 いやー、スペシャルだった。 友達にそういう話しをした後に「本当にスペシャルだったなあ!」って思いで胸がいっぱいになる。 「闘牛でスペシャルでした」ってのもとんちんかんなスペシャリティーだけど、本当にそうだったし、何故かその頃の私はその面をつよーーーーく愛してしまっていたし、味わいまくってしまっていたのね。
マジでもう二度としたくない奇妙な人生経験だけど、結果として「もしかしたら私は牛だったかも」という疑いとバルトが残った。 結構この感じには満足している。 寂しいけど、満足している。
決して私をがっかりさせない不思議な作家がいる。 バルトはその中心的な1人だ。 彼を知っていてよかった。 じゃなかったらもっと激しく暗中模索だったと思う。 冗談を言えるような感情の余地すらなかったと思う。 テクストってすごい。 優れた文章を残すって偉大だと彼の偉業を通して思います。 困ったらバルトに聞こう!
以前バルトのメランコリックなウィズダムたっぷりな文章に包まれていないとやってけない相手に思い焦がれていた。 そして最終的に相手は去ったが、バルトは残った。 てっきり、相手への思いとともにバルトへの熱も去るのだろうと思っていたけれどもそんな事は無かった。 バルトへの熱と尊敬は思いの他、深かった。
人の笑いを取るのが好きなので、友達に「前の恋愛の話しをして」と言われると、思わず浪曲師の様に「闘牛のような恋でありました」と話しはじめてしまう。 「どっちがどっち?」と聞かれるので、「話しを聞いてからそちら側で勝手に決めて下さい…」と答える。 まさかへらへらした日本人のデザイナーの女の子の口から「闘牛」って言葉が出るとは思わないみたいで、その時点で結構笑ってもらえる。
バルトのテキストの一つにWhat is sport?というのがある。 これは"恋愛のディスクール"において彼が恋愛について饒舌に語ったように、スポーツについてひたすら語っている短いテクストだ。 相変わらず、非常にメランコリックで、美しい、そして死へ真っ正面から立ち向かっている、バルト色炸裂な素敵テキストだ。

その中で彼はスポーツのアーキタイプに闘牛をあげている。
バルトは闘牛のプロセスを数段階に分けて話す。 まず、闘牛士はケープを使い、戦っている牛の事をしる。 遊び、焦らし、避け、自分のルールを示す。 次に闘牛士は槍だけを使い牛との死闘を始める。 その時点ではまだ牛の方が強い。 ただ闘牛士には恐怖心とそれに立ち向かう勇気がある。 牛には無い。 その時点で闘牛士は獣より優れている。 そして闘牛士には牛は知る事の無い知識がある。 闘牛士は牛を知っている。 牛は闘牛士を知らない。 闘牛士にはスタイルがある。 スタイルは難しい動作を徳深い作法に変換させる事を可能とし、乱れを規律し、リズムを構成する。 そして闘牛士は牛に勝つ。
「私は時たまとんでもない負けず嫌いで、どーでも良い事に競争を持ち込んだり、死闘を演じてしまったりするんだよね。 難しい相手を見たら、ほとんど肝試しの一環としてケープを使って焦らして、相手と遊んで相手を知り、出来る限りに誘惑し、そして相手に立ち向かい、一撃を加えたいと思っちゃうんだ。 以前好きだった人はまさにそんな感じで、ただただ挑戦したい衝動に狩られて、長期戦の闘牛をしたの。 しかも相手も私にそっくりに負けず嫌いだったの。 でも、結局私には深い知識も、強い勇気も意識も無ければスタイルも無かったから、闘牛士のつもりだったけど、実際牛だったのは私なんじゃないかと思えたりもするのよね!結構な衝撃を加えられ続けたし!」と言い切った所で、大笑いしてもらえる。
「私、闘牛士のつもりだったけど、もしかしたら牛だったかも宣言」は女の子の口から出てくる言葉として期待していなかったようで、「よくそんな事思いついたね」と感心してもらえる。 バルト、読んでるからね。
勿論、それだけじゃなかった。 喧嘩だけじゃなくて、温かさや愛おしさだって溢れていた。 ただ、二人の個性がクラッシュしたとき、闘牛的要素が何よりも全面に出てしまったのだ。 とんだ特徴! ほとんど、記念碑。 いやー、スペシャルだった。 友達にそういう話しをした後に「本当にスペシャルだったなあ!」って思いで胸がいっぱいになる。 「闘牛でスペシャルでした」ってのもとんちんかんなスペシャリティーだけど、本当にそうだったし、何故かその頃の私はその面をつよーーーーく愛してしまっていたし、味わいまくってしまっていたのね。
マジでもう二度としたくない奇妙な人生経験だけど、結果として「もしかしたら私は牛だったかも」という疑いとバルトが残った。 結構この感じには満足している。 寂しいけど、満足している。
決して私をがっかりさせない不思議な作家がいる。 バルトはその中心的な1人だ。 彼を知っていてよかった。 じゃなかったらもっと激しく暗中模索だったと思う。 冗談を言えるような感情の余地すらなかったと思う。 テクストってすごい。 優れた文章を残すって偉大だと彼の偉業を通して思います。 困ったらバルトに聞こう!
2009-04-10
あらら、ちょっと可愛いんじゃないの?
この間クラブに音楽を聞きに行ったら、ものすごく若々しいバンドが演奏していた。 エレキの若大将って感じだ。
ブースに知合い達とたまっていたら、そのバンドのうちの1人の子がふらふらっと入ってきて「頭をなでて」と言ってきたので、頭をなでた。 その瞬間私の胸らへんにボワンっと沸き上がる母性愛。 小さき者への愛が目覚めた。 「っこ、この手の愛情の持ち方はこれまでに無かったぞ…」と思い、おもわず相手に年齢を聞いた。 そうしたらなんと17歳。 高校3年生。 クラブキッズ様だ。 ってか孫じゃん! 夜遊び的には私の孫ぐらいの年齢じゃん。 そりゃ出るわ、母性、というか祖母性。 たまげた。 横にいた子と「17歳の時なんて私、牧場で友達と追っかけっこしたりしていた…」と感嘆。 早熟な子っているんだなあ。 「こんなに若いのに、これまたまあ、頑張って仕事で疲れた私達をエンターテインして音楽まで演奏して、偉い、偉い、なんか買ってあげようかね?」って心境になりました。
その場ではキッズと呼ぶには物事の分別を知り過ぎた、疲れた青年達の私達は服の話しをしていた。 「服着てるのって本当に社会の為だよね。 着なくていいなら本当に着ないよ。 許されるなら四六時中下着でうろうろしていたい。 家に帰ったら、服は即脱ぐ」という意見で私達は合意していた。 「そうだそうだ!やんややんや!」とやっていたら、17歳の彼が「そう? 僕服好き。 服を着ている感じが好き。 服を着ている自分も好き。」とおっしゃった。 そこで私も思い出したのだ。 確かに、服を着る事が重要で楽しかった時期はあった。 それこそ「夜遊びをする」って事が新鮮でただ楽しかったように。 着なきゃいけないから着るとか、校庭とか休み時間とかもうないから、人と遊ぶ為にノーチョイスでクラブに行くってのとは違うのだ。 キッズ! 彼らは何でもかんでもやっている事が楽しいのだ。
そういえば牧場で追っかけっこしていたとかって言ってみたけれども、私も結構彼ぐらいの年齢の頃夜遊びをしていた。 みんな自分の事は忘れるのね。 17歳の子をクラブで見つけて早熟ねなんて言えちゃうのは、既に自分に老人性ぼけが始まっているから。 実際は15歳ぐらいの頃から、年上の子達がどこでも連れて行ってくれた。 そしてその場でいつも知らない人達に「15歳?!若いっ!! ってか合法?」とぶったまげられていた。 19歳ぐらいまではその場でいつでも最年少だった。
今あの頃の周りの人達の気持ち分かるわと思った、25の夜。 そろそろ私も良い年した「いやー、25から27までの人達ってなんであんなに本気で遊ぶんだろう?」ってカテゴリーに入る、子供から青年への生まれ変わりを経験中のお年頃。 いる人の年齢層に幅があるクラブでも中心的年齢層、そしてそろそろ漆黒深く光るバーでも浮かない年齢。 そんな元気さの性質もちょっと変わってきたこのごろ、ただ元気な人が可愛くて仕方ない。 「君に全ての良い出来事と祝福が降り注ぎますように!」って思うね。 なるほどね、みんなこんな感じで祖父母のような愛を注いでいてくれていたのか。 思い出してみたらみんなものすごく優しかった。 前世のようなその頃の事を思い出しながら、ちょっと感慨深かったよ。
その頃の私を知っている友達は「あの頃のアンナは言葉が話せなかった。 猿だった。 キャーしか言わなかった。 口から出るのはぜーんぶ感情表現の擬音だけ。」と前言っていたっけ。 そうだよね。 喋れるようになったら、バーに行くようになるなよね。 あらら、時は流れるのね。
実は私は25歳ぐらいになるのがすごく楽しみだった。 なぜなら、それぐらいの年齢の子達が十代の私をいつも私を連れ出していてくれていたから。 どんなもんなのか経験してみたかったのだ。 してみたら分かった。 自分の子供時代の死を確認し、奇妙な生まれ変わりのプロセスを遂行中だったんですね。 そして10代は孫に見えると! 楽しいじゃないか。
次は30歳になるのが楽しみだ。 20代初めの子をバーに連れて行って、しこたま呑ませてみたい。
こっちの大学に入るまで私は、同年代の子達と集まって遊ぶってよりも、結構広い年齢層で遊んでいた。 大人には遊んでもらった方だと思う。 最近そうやって遊び方を教えてくれていた友達の子供が夜遊びを始めるような年齢になったりしてきて、「やばい。 あの子が変な遊び方を覚える前に、どっか基準値になる所に連れて行かなくては」って感覚を味わうようになってきた。
ある程度の年齢になると育欲ってのが出てくるってのは聞いた事があったけど、本当なのねと思う昨今。 こういう事に関して言えば、5年ぐらいの離れているとジェネレーションギャップがあるんだと思う。 そしてそのギャップってかなり面白い。 見せてやりたい、驚かせてやりたいという欲がむくむくと湧く。
やっぱ広い年齢層と遊ぶのって役割多くて楽しいと実感し直しました。 いいですね、本当に。 しみじみとします。
ブースに知合い達とたまっていたら、そのバンドのうちの1人の子がふらふらっと入ってきて「頭をなでて」と言ってきたので、頭をなでた。 その瞬間私の胸らへんにボワンっと沸き上がる母性愛。 小さき者への愛が目覚めた。 「っこ、この手の愛情の持ち方はこれまでに無かったぞ…」と思い、おもわず相手に年齢を聞いた。 そうしたらなんと17歳。 高校3年生。 クラブキッズ様だ。 ってか孫じゃん! 夜遊び的には私の孫ぐらいの年齢じゃん。 そりゃ出るわ、母性、というか祖母性。 たまげた。 横にいた子と「17歳の時なんて私、牧場で友達と追っかけっこしたりしていた…」と感嘆。 早熟な子っているんだなあ。 「こんなに若いのに、これまたまあ、頑張って仕事で疲れた私達をエンターテインして音楽まで演奏して、偉い、偉い、なんか買ってあげようかね?」って心境になりました。
その場ではキッズと呼ぶには物事の分別を知り過ぎた、疲れた青年達の私達は服の話しをしていた。 「服着てるのって本当に社会の為だよね。 着なくていいなら本当に着ないよ。 許されるなら四六時中下着でうろうろしていたい。 家に帰ったら、服は即脱ぐ」という意見で私達は合意していた。 「そうだそうだ!やんややんや!」とやっていたら、17歳の彼が「そう? 僕服好き。 服を着ている感じが好き。 服を着ている自分も好き。」とおっしゃった。 そこで私も思い出したのだ。 確かに、服を着る事が重要で楽しかった時期はあった。 それこそ「夜遊びをする」って事が新鮮でただ楽しかったように。 着なきゃいけないから着るとか、校庭とか休み時間とかもうないから、人と遊ぶ為にノーチョイスでクラブに行くってのとは違うのだ。 キッズ! 彼らは何でもかんでもやっている事が楽しいのだ。
そういえば牧場で追っかけっこしていたとかって言ってみたけれども、私も結構彼ぐらいの年齢の頃夜遊びをしていた。 みんな自分の事は忘れるのね。 17歳の子をクラブで見つけて早熟ねなんて言えちゃうのは、既に自分に老人性ぼけが始まっているから。 実際は15歳ぐらいの頃から、年上の子達がどこでも連れて行ってくれた。 そしてその場でいつも知らない人達に「15歳?!若いっ!! ってか合法?」とぶったまげられていた。 19歳ぐらいまではその場でいつでも最年少だった。
今あの頃の周りの人達の気持ち分かるわと思った、25の夜。 そろそろ私も良い年した「いやー、25から27までの人達ってなんであんなに本気で遊ぶんだろう?」ってカテゴリーに入る、子供から青年への生まれ変わりを経験中のお年頃。 いる人の年齢層に幅があるクラブでも中心的年齢層、そしてそろそろ漆黒深く光るバーでも浮かない年齢。 そんな元気さの性質もちょっと変わってきたこのごろ、ただ元気な人が可愛くて仕方ない。 「君に全ての良い出来事と祝福が降り注ぎますように!」って思うね。 なるほどね、みんなこんな感じで祖父母のような愛を注いでいてくれていたのか。 思い出してみたらみんなものすごく優しかった。 前世のようなその頃の事を思い出しながら、ちょっと感慨深かったよ。
その頃の私を知っている友達は「あの頃のアンナは言葉が話せなかった。 猿だった。 キャーしか言わなかった。 口から出るのはぜーんぶ感情表現の擬音だけ。」と前言っていたっけ。 そうだよね。 喋れるようになったら、バーに行くようになるなよね。 あらら、時は流れるのね。
実は私は25歳ぐらいになるのがすごく楽しみだった。 なぜなら、それぐらいの年齢の子達が十代の私をいつも私を連れ出していてくれていたから。 どんなもんなのか経験してみたかったのだ。 してみたら分かった。 自分の子供時代の死を確認し、奇妙な生まれ変わりのプロセスを遂行中だったんですね。 そして10代は孫に見えると! 楽しいじゃないか。
次は30歳になるのが楽しみだ。 20代初めの子をバーに連れて行って、しこたま呑ませてみたい。
こっちの大学に入るまで私は、同年代の子達と集まって遊ぶってよりも、結構広い年齢層で遊んでいた。 大人には遊んでもらった方だと思う。 最近そうやって遊び方を教えてくれていた友達の子供が夜遊びを始めるような年齢になったりしてきて、「やばい。 あの子が変な遊び方を覚える前に、どっか基準値になる所に連れて行かなくては」って感覚を味わうようになってきた。
ある程度の年齢になると育欲ってのが出てくるってのは聞いた事があったけど、本当なのねと思う昨今。 こういう事に関して言えば、5年ぐらいの離れているとジェネレーションギャップがあるんだと思う。 そしてそのギャップってかなり面白い。 見せてやりたい、驚かせてやりたいという欲がむくむくと湧く。
やっぱ広い年齢層と遊ぶのって役割多くて楽しいと実感し直しました。 いいですね、本当に。 しみじみとします。
2009-04-08
幸福いっぱい
ちょっとダウンな日は、彼女のことを考える。
検索もする。
だって絶対に幸せにしてくれるから!
検索もする。
だって絶対に幸せにしてくれるから!
だから大好き!

今度は彼女、携帯電話を作ったそうだ。
素晴らしい。 マジで、全部欲しい。
auの新ブランドiidaの為に、彼女は三種類のファンタスティックな物体を作られた。
コンセプトは三つ。
"ドッツオブセッション、水玉で幸福いっぱい"
"私の犬のリンリン"
"宇宙へ行くときのハンドバッグ"。
圧巻。
圧巻とはまさにこのことだろう。
誰も思いつかなかった。 でも確実に正解に近い。
本当に、天才って見飽きない。 天才ってすごい。
クサマ万歳!!!
素晴らしい。 マジで、全部欲しい。
auの新ブランドiidaの為に、彼女は三種類のファンタスティックな物体を作られた。
コンセプトは三つ。
"ドッツオブセッション、水玉で幸福いっぱい"
"私の犬のリンリン"
"宇宙へ行くときのハンドバッグ"。
圧巻。
圧巻とはまさにこのことだろう。
誰も思いつかなかった。 でも確実に正解に近い。
本当に、天才って見飽きない。 天才ってすごい。
クサマ万歳!!!
メッセージもかっ飛ばしている。
iidaケイタイ電話とクサマの前衛芸術とが一体に交わってきた。
生きてゆく我々の感性が宇宙への神秘にとどろいてゆく。
この瞬間に超発展してゆく我々の五体すべてをiidaのケイタイがかもし出す。
大いなる人類の志を世界に引き込まれてiidaケイタイ電話は我々のすべての哲学を山のように広げていく。
この不思議な喜びの瞬間。
わたし大好き。
私はiidaのケイタイ電話を心から愛している。
草間彌生
誰だってそう思うよ! わたしも大好き!
あなたの携帯、ほとんど愛!
もーー、朝からかましてもらったわ。 あなた大好き!!!
あなたの携帯、ほとんど愛!
もーー、朝からかましてもらったわ。 あなた大好き!!!
2009-04-06
ねじ巻き鳥クロニクル
久しぶりに村上春樹のねじ巻き鳥クロニクルを読んでいる。
日本語版だとどう書かれているか分からないのだけど、英語版だと"Spending plenty of time on something can be the most sophisticated from of revenge."と主人公は叔父から言われる。 主人公はこの言葉を聞いて「一体何に復讐を?」とびっくりしてしまう。 しかし、彼は今おこっている事、悲しみの根本的な、そしてシンプルな原因に気がついた時に心から怒りが沸き上がり、全身に怒りがまわる。 そして叔父さんの言っていた言葉を、初めて聞いた時とは結構違う形で理解する。
「怒ったら負けだ」と思ってしまう事がある。 でも怒れなかったら負けって事柄もある。 それが自分にとってエッセンシャルな悲しみを引き起こした事ならば原因に堂々と怒っていいのだと思う。 というか怒らなくてはいけない事柄って絶対にある。 怒らないで屈折してってただ悲しんでっていうプロセスは、よろしくない。 怒れる人になる。
日本語版だとどう書かれているか分からないのだけど、英語版だと"Spending plenty of time on something can be the most sophisticated from of revenge."と主人公は叔父から言われる。 主人公はこの言葉を聞いて「一体何に復讐を?」とびっくりしてしまう。 しかし、彼は今おこっている事、悲しみの根本的な、そしてシンプルな原因に気がついた時に心から怒りが沸き上がり、全身に怒りがまわる。 そして叔父さんの言っていた言葉を、初めて聞いた時とは結構違う形で理解する。
「怒ったら負けだ」と思ってしまう事がある。 でも怒れなかったら負けって事柄もある。 それが自分にとってエッセンシャルな悲しみを引き起こした事ならば原因に堂々と怒っていいのだと思う。 というか怒らなくてはいけない事柄って絶対にある。 怒らないで屈折してってただ悲しんでっていうプロセスは、よろしくない。 怒れる人になる。
2009-04-05
ジョン様のマフラー
一般の人には有名でなくても、その産業内ではグルのレベルの人っていっぱいいる。 デザイン業界で確実にそのうちの1人なのがジョン マエダだ。 MITの教授職をしていた時、メディアラボの立ち上げをしたコンピューターサイエンティスト/デザイナーで、最近Rhode Island School of Designの学長になった方。 彼の書いた本のタイトルが思い出したくてwikipediaで彼を探したら、その肖像写真に目が釘付け。
っわ、私、彼と同じマフラー持ってる! 大興奮。 気分は完全にグルーピー。 ああ、このマフラー、大切にしよう…☆☆☆

それにしてもジョン様の、この苦いお顔の時の写真がwikiに乗っているのは果たして彼にとって幸せなことなのだろうか。 ちょっと気になる。
っわ、私、彼と同じマフラー持ってる! 大興奮。 気分は完全にグルーピー。 ああ、このマフラー、大切にしよう…☆☆☆

それにしてもジョン様の、この苦いお顔の時の写真がwikiに乗っているのは果たして彼にとって幸せなことなのだろうか。 ちょっと気になる。
2009-04-04
2009-04-03
そろそろさようなら
大学から卒業式に向けてのガイドブックが来た。 こっちの大学は単位を取得してから半年後に卒業なんだ。 植民地時代の名残で、昔はイギリスに論文を送って審査してってプロセスがあったのでこんなに時間がかかるらしい。 あっはっは。 なんかなさけねー。
まあさておき、三回大学と専攻を変え、六年間も大学生をしてしまった私には感慨深かった。 終わりってくるんだね! 卒業式がとても楽しみ。
六年前を思い出すとまるで昨日のことのようで、でも実は結構前で、なーんかしみじみとしてしまう。
日本の大学の入学式は周りがみんなスーツで度肝を抜いた。 私は何も考えずにアロハシャツにジーンズに金色のスニーカーで行ってしまい、周りに度肝を抜かれたらしい。 まだ言われる。 いやっ、君たちが驚いたぐらいに私も君たちに驚いた、こっちの言い分も聞いてくれ(って言ってもたいしてないけど)って思うさ。 なんでスーツなのよ。 どこでそんなこと思いついたのさ。 しかも私だけ半そでで、完全に馬鹿丸出し。 みんなに寒くないの?と聞かれて、こっちは暑くないの?と思っていた。
しかも「起立」とか「礼」って今日まで会ったこともない大人に命令されて、みんなそのとおりに動くのにも驚いたし、相手がそう動くと思っているだろうと思う命令する大人にも驚いた。 また、オリエンテーションという名前の旅行の重要さをあまり理解していなく、同じ夜に友達の家でやるパーティーの方に行くことにして参加しなかったら先生に怒られた。 「泊まりたいところぐらい決めさせてくれ。」と当時は驚いた。 今はそんな事に驚いていた自分に驚くよ!
当時知り合った人ほぼ全員に「初対面の時はxxxxな理由でアンナに驚いた。」と言われる。 私は普通にしていたら人を驚かせてしまうタイプの人間なのだと思う…。 「うわっ、猿が山から下りてきた」って感じになってしまうのではないだろうか。 (保健所! 保健所に電話!) ちょっとモンキーすぎたなと、昔を思い出して思います。
もっともっと文明化したいですね。
大学の卒業と同時に野生時代も卒業し、ナイスで適正で妥当な文明人になれたらと思っています。 それを今後の自分に期待だ。
それにしても卒業式がとてもとても楽しみ。 きゃっ。
まあさておき、三回大学と専攻を変え、六年間も大学生をしてしまった私には感慨深かった。 終わりってくるんだね! 卒業式がとても楽しみ。
六年前を思い出すとまるで昨日のことのようで、でも実は結構前で、なーんかしみじみとしてしまう。
日本の大学の入学式は周りがみんなスーツで度肝を抜いた。 私は何も考えずにアロハシャツにジーンズに金色のスニーカーで行ってしまい、周りに度肝を抜かれたらしい。 まだ言われる。 いやっ、君たちが驚いたぐらいに私も君たちに驚いた、こっちの言い分も聞いてくれ(って言ってもたいしてないけど)って思うさ。 なんでスーツなのよ。 どこでそんなこと思いついたのさ。 しかも私だけ半そでで、完全に馬鹿丸出し。 みんなに寒くないの?と聞かれて、こっちは暑くないの?と思っていた。
しかも「起立」とか「礼」って今日まで会ったこともない大人に命令されて、みんなそのとおりに動くのにも驚いたし、相手がそう動くと思っているだろうと思う命令する大人にも驚いた。 また、オリエンテーションという名前の旅行の重要さをあまり理解していなく、同じ夜に友達の家でやるパーティーの方に行くことにして参加しなかったら先生に怒られた。 「泊まりたいところぐらい決めさせてくれ。」と当時は驚いた。 今はそんな事に驚いていた自分に驚くよ!
当時知り合った人ほぼ全員に「初対面の時はxxxxな理由でアンナに驚いた。」と言われる。 私は普通にしていたら人を驚かせてしまうタイプの人間なのだと思う…。 「うわっ、猿が山から下りてきた」って感じになってしまうのではないだろうか。 (保健所! 保健所に電話!) ちょっとモンキーすぎたなと、昔を思い出して思います。
もっともっと文明化したいですね。
大学の卒業と同時に野生時代も卒業し、ナイスで適正で妥当な文明人になれたらと思っています。 それを今後の自分に期待だ。
それにしても卒業式がとてもとても楽しみ。 きゃっ。
2009-04-01
良い一日
昨日髪を切った。 どんなスタイルにしたいですか?と聞かれたから、好きにしてと答える。 「あなたがやりたいと思っているスタイルの中で私に似合いそうなのをやって。」と言ったら相手の目が輝いた。 「本当に?」「うん。 本当に好きにしていいよ。 伸びるし。 驚かせて。」と言った。 いつも人に注文ばっかりされていているからなのかなあ、この態度は美容師さんにいつも喜ばれる。 「もうちょっと注文した方がやりやすい?」と聞いたら「いや、出来ると思う」と言われて、こっちも楽しくなった。 いいね。 相手は興奮してシャンパンを開けてくれた。 「僕は切っている間は呑めないけど、君はガンガン呑んで」と言われて、遠慮なく結構呑んだ。
結構ディテールのある髪型になって、途中で十分ぐらい立たさせられた。 下から何かをやられていると植木職人に整えられている松のような気分になる。 しかもこっちは1人でシャンパンのボトルを開けているので、軽く垂直に立っているのが辛い。 しかしここでふらっときたら私の髪の毛はとんでもない事になってしまう。 どんなプレイ! 座れた時はほっとした。 結構可愛い髪型になった。
私がその日最後のお客さんだった事もあって、終わった後に彼が音楽の音量をあげてくれて、2人でしこたま呑んだ。 「すっごい楽しかった! こんなにやりたい放題だったの久しぶり。 絶対また来てね。」と言われた。 やっぱりお互い楽しかったと思うのは気持ちがいい。 そういう状況の方が良い仕事をしてくれるしね。 深夜帰宅。 ただ結構酔っぱらっていたので、今日目をさました時に「しらふの時に見たらありえないぐらいのカッティングエッジな髪型だったらどうしよう」とは思った。 大丈夫、しらふで見ても結構可愛い。
機嫌良く出社。 激しく集中して働く。 今日一日で絶対過去一ヶ月分ぐらい働いた。 要するにこれまでは全く働いてなかった。 午後教授が来た。
出張中の上司抜きでプロジェクトのレビュー。 色々と進む。 だたこれで上司が入ってきたらまた進まなくなるんだよな。 やっぱり現場の人とデザイナーってのは違う働き方をする。 片方は過剰な提案をし、片方はそれを徹底的に押さえる。 会社側は無意識であってもバランスを取ろうとするし、保守に走るんだろうな。
私は自分の案を押し切る勇気がなく、結構会社に「駄目。現実性無さすぎ」と言われると、すぐ自分の案を引っ込めてしまう。 帰りの車の中、教授と2人っきりの時に教授にかなりがつんと言われる。 「うわーーーーーーん、もおおおおいい、このままここでおろして!」って高速道路の途中で思う。
会社の人がいる時に彼が言う言葉と、2人っきりの時に言われる言葉は最終的なメッセージは同じでもコミュニケーションの方法が違って、きっつい、きつい。 言葉づかいはソフトでナイスだけど、実際言ってる事の内容が厳しい。 怖いぐらいに厳しい。 彼が怖いんじゃなくて、内容が怖い。 こんな挑戦私に出来るのだろうかとびびりきる。 でも出来ると思われたから雇われているんだろうし、やるっきゃないだろう。 挑戦だ。
とりあえず上司が出張から帰ってくるまでに、かなりまとめあげていて、相手を納得させられるデザインを提案できないとこのプロジェクトは転けると気がついた。 教授の今日のガツンは、ウェイキングアップコールだった。 まじでやばい。 明日、フルスロットルで半端無くやらないといけん。 くはぁぁぁ…。 でもやるっきゃない。
とりあえず、そんなホラーな状況が車の中でおこっていたとはつゆ知らずな、就職活動中の元クラスメイトと合流して皆でディナー。 教授、彼にもきついきつい。 厳しい!!! 相変わらず言葉遣いはソフトでナイスだけど、もー、内容は泣いて走り出したいぐらいに「コミットしろ、さもなくば去れ」な内容で、アンビリーバブルに怖かったわ。 ただ、すごく良い言葉を私達に言ってくれているんだという事は分かる。 尊敬に値する。
教授はそのまま彼の出張先に向かうため空港へ。 私達2人は馬鹿みたいに教授に手を振り、バーへ向かった。 呑みながら、お互いのモラルサポートをする。 私がこれまで人からもらってきて、価値があったと思っている言葉は言えるだけ言った。 そして相手を励ませるだけ励ました。 もう今回は不安のうつし合いはしないと決めていた私は徹底的にクールにいこうと提案し続けた。 そうしたら彼の態度も柔らかくなって、「とりあえずクールにいよう」って感じになれた。 そして今度は私の髪型を徹底的に誉めてくれた。 元クラスメイト達の何が素晴らしいって、新しい服や髪型やらを徹底的に褒めちぎってくれる事だ。 滅多にそこまでやってくれる人達はいない。 「もーーー、今のアンナの爪の形も最高」とまで言えるヘテロの男の子たちは私はクラスメイトしか知らないよ。 みんな優しい。 良い人間たちだ。
そんなこんなで今一部の元クラスメイトたちは完全にお互いのモラルサポーターになっている。 役目が変わった。
職場では「昨日よりもっと生産。もっとコミット、もっとギヴィング。」を心がけている私は、プライベートの状況だと「昨日よりもっとバカ、もっと幼稚、もっとそのまんま」になってしまう。 仕事、デザイン、将来の話しをしていた時の私と、他の事を話しはじめた時のギャップが激しすぎたらしく、相手に大笑いされた。 振り幅の少ない人になれるものならなりたかったが、残念ながらそうはいかなかった。 要点押さえて文明化されれば後は野生のまま放置していても許されると思っちゃってるからなぁ。 「よく、そんなバランスを保てるな」と誉められた。 保つも何も、こんな自分を堂々と見せられる人が今近くにいてくれてよかったと心から思ってますよ。 彼がオークランドに引っ越してくるまでは、やっぱりストレス溜まったし、どうして良いか分からなくなったりして、誰もいないのを確かめてから、職場で1人でトランポリンしまくったり、逆立ちしたりしてたよ。 それで、「っうん。 まだいける。」ってなってた。
とりあえず今の私のプロジェクトがまだ軌道に全く乗っていない事、やる事は山ほどあること、そしてやれば出来ると教授は思っている事、私の今の髪型はナイスな事、そういうのをひっくるめて、すごく良い一日だったと思う。
後職場で眠くて眠くて仕方がなくなった時に、これまでは途方も無い自己嫌悪と無力感に苛まれて、全く仕事をしないでただ起きている事に集中していた。 毎日私は昼過ぎの二時ぐらいに眠さのピークが来て、ほとんど何もしないで一時間ぐらい過ごしていた。 目を開けて座っているだけで精一杯。 でも今日自分で自分の悪口を言い始める前に、二十分ぐらい職場のソファーで昼寝をした。 やっぱり起きる時まだ慣れてないから辛かったけど、その後の集中の持続は華々しかった。 そして毎日軽く朝一時間、昼過ぎに一時間、合計二時間も自分自身を心底恥ずかしく情けなく惨めに思っていたのだけど、それをしなくて良いだけで、こんなに前向きなやる気が続くのかと驚いている。 昼寝、万歳。
結構ディテールのある髪型になって、途中で十分ぐらい立たさせられた。 下から何かをやられていると植木職人に整えられている松のような気分になる。 しかもこっちは1人でシャンパンのボトルを開けているので、軽く垂直に立っているのが辛い。 しかしここでふらっときたら私の髪の毛はとんでもない事になってしまう。 どんなプレイ! 座れた時はほっとした。 結構可愛い髪型になった。
私がその日最後のお客さんだった事もあって、終わった後に彼が音楽の音量をあげてくれて、2人でしこたま呑んだ。 「すっごい楽しかった! こんなにやりたい放題だったの久しぶり。 絶対また来てね。」と言われた。 やっぱりお互い楽しかったと思うのは気持ちがいい。 そういう状況の方が良い仕事をしてくれるしね。 深夜帰宅。 ただ結構酔っぱらっていたので、今日目をさました時に「しらふの時に見たらありえないぐらいのカッティングエッジな髪型だったらどうしよう」とは思った。 大丈夫、しらふで見ても結構可愛い。
機嫌良く出社。 激しく集中して働く。 今日一日で絶対過去一ヶ月分ぐらい働いた。 要するにこれまでは全く働いてなかった。 午後教授が来た。
出張中の上司抜きでプロジェクトのレビュー。 色々と進む。 だたこれで上司が入ってきたらまた進まなくなるんだよな。 やっぱり現場の人とデザイナーってのは違う働き方をする。 片方は過剰な提案をし、片方はそれを徹底的に押さえる。 会社側は無意識であってもバランスを取ろうとするし、保守に走るんだろうな。
私は自分の案を押し切る勇気がなく、結構会社に「駄目。現実性無さすぎ」と言われると、すぐ自分の案を引っ込めてしまう。 帰りの車の中、教授と2人っきりの時に教授にかなりがつんと言われる。 「うわーーーーーーん、もおおおおいい、このままここでおろして!」って高速道路の途中で思う。
会社の人がいる時に彼が言う言葉と、2人っきりの時に言われる言葉は最終的なメッセージは同じでもコミュニケーションの方法が違って、きっつい、きつい。 言葉づかいはソフトでナイスだけど、実際言ってる事の内容が厳しい。 怖いぐらいに厳しい。 彼が怖いんじゃなくて、内容が怖い。 こんな挑戦私に出来るのだろうかとびびりきる。 でも出来ると思われたから雇われているんだろうし、やるっきゃないだろう。 挑戦だ。
とりあえず上司が出張から帰ってくるまでに、かなりまとめあげていて、相手を納得させられるデザインを提案できないとこのプロジェクトは転けると気がついた。 教授の今日のガツンは、ウェイキングアップコールだった。 まじでやばい。 明日、フルスロットルで半端無くやらないといけん。 くはぁぁぁ…。 でもやるっきゃない。
とりあえず、そんなホラーな状況が車の中でおこっていたとはつゆ知らずな、就職活動中の元クラスメイトと合流して皆でディナー。 教授、彼にもきついきつい。 厳しい!!! 相変わらず言葉遣いはソフトでナイスだけど、もー、内容は泣いて走り出したいぐらいに「コミットしろ、さもなくば去れ」な内容で、アンビリーバブルに怖かったわ。 ただ、すごく良い言葉を私達に言ってくれているんだという事は分かる。 尊敬に値する。
教授はそのまま彼の出張先に向かうため空港へ。 私達2人は馬鹿みたいに教授に手を振り、バーへ向かった。 呑みながら、お互いのモラルサポートをする。 私がこれまで人からもらってきて、価値があったと思っている言葉は言えるだけ言った。 そして相手を励ませるだけ励ました。 もう今回は不安のうつし合いはしないと決めていた私は徹底的にクールにいこうと提案し続けた。 そうしたら彼の態度も柔らかくなって、「とりあえずクールにいよう」って感じになれた。 そして今度は私の髪型を徹底的に誉めてくれた。 元クラスメイト達の何が素晴らしいって、新しい服や髪型やらを徹底的に褒めちぎってくれる事だ。 滅多にそこまでやってくれる人達はいない。 「もーーー、今のアンナの爪の形も最高」とまで言えるヘテロの男の子たちは私はクラスメイトしか知らないよ。 みんな優しい。 良い人間たちだ。
そんなこんなで今一部の元クラスメイトたちは完全にお互いのモラルサポーターになっている。 役目が変わった。
職場では「昨日よりもっと生産。もっとコミット、もっとギヴィング。」を心がけている私は、プライベートの状況だと「昨日よりもっとバカ、もっと幼稚、もっとそのまんま」になってしまう。 仕事、デザイン、将来の話しをしていた時の私と、他の事を話しはじめた時のギャップが激しすぎたらしく、相手に大笑いされた。 振り幅の少ない人になれるものならなりたかったが、残念ながらそうはいかなかった。 要点押さえて文明化されれば後は野生のまま放置していても許されると思っちゃってるからなぁ。 「よく、そんなバランスを保てるな」と誉められた。 保つも何も、こんな自分を堂々と見せられる人が今近くにいてくれてよかったと心から思ってますよ。 彼がオークランドに引っ越してくるまでは、やっぱりストレス溜まったし、どうして良いか分からなくなったりして、誰もいないのを確かめてから、職場で1人でトランポリンしまくったり、逆立ちしたりしてたよ。 それで、「っうん。 まだいける。」ってなってた。
とりあえず今の私のプロジェクトがまだ軌道に全く乗っていない事、やる事は山ほどあること、そしてやれば出来ると教授は思っている事、私の今の髪型はナイスな事、そういうのをひっくるめて、すごく良い一日だったと思う。
後職場で眠くて眠くて仕方がなくなった時に、これまでは途方も無い自己嫌悪と無力感に苛まれて、全く仕事をしないでただ起きている事に集中していた。 毎日私は昼過ぎの二時ぐらいに眠さのピークが来て、ほとんど何もしないで一時間ぐらい過ごしていた。 目を開けて座っているだけで精一杯。 でも今日自分で自分の悪口を言い始める前に、二十分ぐらい職場のソファーで昼寝をした。 やっぱり起きる時まだ慣れてないから辛かったけど、その後の集中の持続は華々しかった。 そして毎日軽く朝一時間、昼過ぎに一時間、合計二時間も自分自身を心底恥ずかしく情けなく惨めに思っていたのだけど、それをしなくて良いだけで、こんなに前向きなやる気が続くのかと驚いている。 昼寝、万歳。
白と黒
我が社の製品は表紙が黒と白のが飛ぶように売れて、色物があまり売れない。 うーん、何故…。 何故なのだ。
持ち物に関して言えば、私自身があまり色彩豊かな物は持たない。
服は全体の9割位が黒で、その日によってスカーフやジャケットで一色投入する感じだ。 元々模様とか柄が苦手なので、無地で質感や形が面白い物を選ぶ。 (前のインターン先は「何が何でも全身完全に黒。そして形素材は変わったもの」っていう不文律があり、場の空気を壊さない為に完全にメン イン ブラックでかなり楽だった。)
そして部屋の中は出来るだけ全部白。 家具だけ
持ち物に関して言えば、私自身があまり色彩豊かな物は持たない。
服は全体の9割位が黒で、その日によってスカーフやジャケットで一色投入する感じだ。 元々模様とか柄が苦手なので、無地で質感や形が面白い物を選ぶ。 (前のインターン先は「何が何でも全身完全に黒。そして形素材は変わったもの」っていう不文律があり、場の空気を壊さない為に完全にメン イン ブラックでかなり楽だった。)
そして部屋の中は出来るだけ全部白。 家具だけ
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