2008-08-13

Summerhill School

 風邪がピークを迎えたので、一日ベッドで寝ていた。 友達がおくってくれたスタジオジブリから発行されている「熱風」を読んだり、熱にうなされたりして時間を過ごしていた。 そして、子供と遊びについて考えていた。 そういえば、私は結構遊びを重要視している学校に行っていたよなと昔の学校の名前をgoogleしたら、BBCがドラマ化した映像見つけた。 ドラマになったってのは聞いていたけど、見たのは初めてで見ながら結構考えさせられた。

 その学校の名前はサマーヒルといって、今から87年前に始まったイギリスの寄宿舎で、一般的な学校と比べてちょっと変わっている。 例えば授業に出たくない子は授業に一回も出なくていいし、生徒は先生を下の名前で呼ぶし、学校内の全ての決まり事は週に数回定期的に行われるミーティングで、学校内全ての人の投票によって決まる。 実験的な学校と言われる事もあるけど、私からするとただの愛おしい、沢山の思い出の詰まった、学校という言葉ではくくれないぐらいの大きな場所だ。  




 
 サマーヒルでは五歳の子も、校長先生も、みんな一票づつ持っていて、みんなで話し合い学校の舵取りをしていく。 小さな学校だから、ミーティング内での自分の発言と投票がダイナミックにコミュニティーを変えて行く。 サマーヒル内でいつでも貫かれている原則は民主主義と社会的平等で、必修授業とかは全くない分、卒業するまでに生徒全員が共通して学ぶ事は、他者と公平に向き合おうとする態度と、ミーティングで知らないうちに自分の中に貯めていった数限りない他者の意見だ。  
 
 そして、サマーヒルで大切は遊ぶ事をとても大切な事としている。 子供時代に、彼/彼女自身の人生を生きる事が、その後の人生において大きな大きな要になるという考えで始まった学校で、心いくまで遊ぶ事によりそれが実現されると考えられているからだ。 まあ、子供の感覚からすると遊ぶ事に理由はいらないから、それこそ遊ぶのみだ。 じゃれて、喧嘩して、ご飯食べて、一人で散歩して、友達とハグして、また遊んで、遊んで、遊んで、遊んで、なんでだか分からないけど朝目が覚めるときに、ワクワクしていて、夜寝るときに、胸がいっぱいになっている、そういう日々が毎日続いていく。 勉強も遊びの一環だ。 多分、自発性という事なんだろう。 物事をいやいややらないってのが重視されている。

 このBBCのドラマは、実際に2000年にサマーヒルでおこった出来事を主題としている。 イギリス政府とサマーヒルは元々そんなに仲良しじゃないんだけど、ブレア政権の頃は特に仲が悪かった。 保守党の時は、子供にどのような教育を受けさせるかは親のチョイスだと容認されていたサマーヒルも、労働党的考え方の前では旗色が悪い。 全ての子供が最低限同じ量の教育を受けるべきだというアイディアの前では、生徒の自由裁量に任せた学習は非難される。 (あと、大人と子供、男の子と女の子が同じトイレを使うってのも政府は嫌いなんだよね。 言われてみて気がついたけど、サマーヒルのトイレは全部共有だけど、普通の学校はそうじゃないのね。 どうでもいいじゃん!と私は思ったけど、相手の立場になって考えてみると言いたい事は分かる。 レイプとかがおこらない為なんだろう。 でもこれって奇妙な予防方法じゃない?!) 

 結果的に、政府の示した改正案を受け入れなかったらサマーヒルは閉校と言われ、こちら側からしたらそれを受け入れたら学校の存在理由が無くなってしまうので、政府を相手に法廷で争う事になった。 珍しい教育裁判なのでかなり注目を集めた。 政府側の足並みが後半崩れてきて、結果サマーヒルを大筋現状通り維持できるという調停案を相手側が提出してきた。 

 法廷側がサマーヒルは子どもたちが中心となり、物事を解決して行く学校であるという面を尊重し、調停案を受け入れるか否かを決定する為、裁判所を子供達に預けてくれた。 そして私たちで投票をし、調停案を受け入れ、学校は今日でも運営を続けている。

 その一連の流れと基本的なサマーヒルの日常を描いたドラマで、見所は多分そこなんだけど、友達にはそれより何より、私達の森や校舎を見てもらいたい。 日本語字幕もないので、音声はBGMぐらいの感じで流し、是非、私の育った森を見てみて下さい。 茂ってるでしょ!!! あと、ブランコ! これは一日三回は乗った。 アジア人の子を見たら、幼少期の私なのかなあと思って下さい。 裁判だドラマだってのよりも、まずなによりも、森! キラキラでしょ。

 勿論ドラマだから現実のサマーヒルとは結構違う。 例えば、私たちはあんなにヒッピーなバスには、さすがにのってなかった。 そしてこんなに物で溢れかえってはいない。 こんなに教室が教室らしくないし、子供もこんなに"子供"っぽくない。 でも色々とサマーヒルらしい面も沢山うつしていて、見ていて嬉しかった。 

 特にEpisode 2 Part 1の中でのライアンの暴力に対してのミーティングの描写は良かった。 サマーヒル的だった。 

 ライアンは元々行っていた学校では問題児として扱われて退学になり、多分親がサマーヒルでならなんとかなるんじゃないかと送り込んできた新入生だ。 新入生は大抵何をどれぐらいやったら怒られるのかとか試したいから悪事を行う。 ライアンは他の子のお金をこっそり盗み、それが見つかりミーティングで全額返さなきゃいけないという裁きを受ける。 で、ライアン逆切れ。 友達ってのは悪事を隠してくれる人だと思っていたライアンは、ピーターという少年ががミーティングでライアンに対して公平な態度をとったのに腹が立ち、ミーティングの後にピーターの顔面にパンチをする。 そしてまたミーティングにあげられる。 

 この逆切れのプロセスはかなり典型的だ。 で、ライアンは周りに迷惑ばっかりかけるし、どうしたもんだとみんなで話し合いをする。 「一週間ぐらい、お前家帰って頭冷やしてこい」とかって案を出す子もいる。 

 ただ結果的にピーターが「きっとライアンにはライアンで大変な事があるんだよ。 ここで家に追い返しちゃったりしたら、反省のしようもないから、今学校で一緒に生活して行く事が大切じゃない? だから強い警告を出すぐらいが良い。」という提案をする。 この、殴られた子が殴った子の事を一番深く考える、あとコミュニティーがどれだけ寛容になれるか努力するってのがサマーヒルらしくて良かった。 許された人間は忘れないのだ。 ピーターもきっと山ほどいたずらをしただろうし、迷惑をかけた人に許してもらってきたから、ライアンを許せたんだ。 そういえば私も許したし、許されたよなあと、あと最初は公平な態度の意味が分からなくて、逆切れしたよなあとしみじみしたよ…。 それにピーターが「もう怒ってない」と言ったときに、この子はミーティングの前にちゃんと遊んだんだなと思った。 自分が相手を許せる状態に、きちんと自分を持って行く事が出来る子は強い。 ピーターみたいな、ミーティングを復讐の為に使わない子、誰からの暴力にも自分の存在理由が揺るがない子がサマーヒルには多い。 要するに単純で生身な子が多い。 私はあんまりそういう考え方がサマーヒルに行くまで無かったからすごく新鮮だった。 そして大人になった今でも、問題を出来るだけ複雑にしないように、またくらったダメージで自分の目が曇らないように、よく遊び、ある程度しっかりしていようと心がけている。 私がすくすくしていたら、自分がこれから出会う暴力的な事や、切ない事を、深い所から包容することができると思うからだ。

 でも、優等生的な子どもたちの集団だと思われたらそれは勘違いなので書いておくけど、誰でもある程度の時期に、上に書いた事の逆をなぜかわざわざやる。 悪事を共謀し、ミーティングでは自分のギャンググループ内の人間を理不尽に庇い、お互いだけに好意を持ち、反社会的な行動をとりまくったりする時もある。 大抵の子たちが一回はやるし、それをやらずしてっていう風潮もあるんだよね。 ただ、殆どの場合途中で飽きるし、そもそもそんなに自分の人生を難しくする必要も無いと気づくので途中で解消されて行く。 ギャングには自分が被害にあってないときは結構華やかで面白いなと思うし、自分が被害にあっているときは血管が切れるぐらいにイライラするものだ。 それに小規模のいたずらは、小規模の善意よりも多く行われている気がする。 なんかみんな好きなんだよな、いたずら。

 とりあえず、懐かしかった。 世の中にはこんな感じの学校もあります。

1 comment:

Unknown said...

アンナ、この文章を、自分が管理してる(はず)のサマーヒルのコミュのトップに貼り付けなよ。
きっと、まだまだサマーヒルを知らないけど興味はあるという人はたくさんいるはずだよ。この文章はとても素敵だよ。私も読んでて嬉しくなった。

ドラマに関しては私もトピックを立てたよ(サマーヒルのコミュで)。でも詳しい解説とか何もないけど…。