2012-07-31

7.31

退職の日。
思いがありすぎて、かなり複雑な心中になる。

一般的な価値観で見ると、
何から何までが変で、
社内で許容されている事の
多くは許されるべきでない事だった。
そしてそれが全部オールオーケーになっちゃう感じがあった。
私自身、なんか最後らへんは
「いいじゃん、いいじゃん」って感じになってたし。

NZでは「やっちゃいけないこと。
やったら速攻で社会的制裁を食らう。」レベルの
ルール違反が、全く悪い事じゃない勢いで行われるので
こちら側からしてみると奇妙なアドレナリンが出た。

そういう意味ですごく楽しかった。

うん、なんだかんだですっごく楽しかった。

ヤクザなグルーブ感と奇妙な洗練と暴力と
アドレナリンが混ざった面白い環境だった。

7.30

あまりにも暑くて、
一日に数回「やばいかも、倒れるかも」と思った。

暑かった…!

2012-07-30

7.29

今日は女の人の一日だった。

昼間、とても素敵な女の人と鎌倉でランチ。
オーラがすごーーーくいい人で、
時間の感じとか、
空気感とか、
とっても澄んでいた!
とても丁寧で、きめの整っているオーラだった。

彼女と話しながら
「そうだ、私はこの一年間を、人生を慈しんで、
毎日毎日丁寧に生きようって決めていたんだ!」と
ここ一ヶ月でころっと忘れていた
当初の日本滞在の目的を思い出した。

夜、韓国から来日している親友と
日本にいる親友達とお食事会。

久々に会った親友は全く変わっていなかった。
でもちょっと日本語のチューンがずれていて、
それがなんとも面白かった。ひさびさだからね。
きっと今は韓国語使いながら
毎日頑張って暮らしているんだろうなって感じたよ。

そして女の人っぷりは上がっていた。
とても綺麗だった。

なんだかすごく女の人の力を感じた一日だった。

2012-07-29

7.28

隅田川の花火大会なので、
友人らと、夜、中川でカヤックをした。

夜の東京の川下りってのは、
本当に本当に素晴らしい。

特に自分でオールをこいで
下る系の、水面と自分が近いようなやつ。

水は真っ黒でぬめぬめし、
街の光が川に反射し、
風は気持ちよく、
何から何まで良いのだ。

しかも単純にカヤックって楽しい。
私はこういうバランスを取る
終始微調整系の遊びが大好きだ。
スノボとか、スキーとか、自転車とか。
舵取りとかって本当に楽しい。

川のど真ん中にカヤックで浮かびながら見る、
スカイツリーと花火と、橋から花火を見ている人達の姿は
完全に浮世絵の世界だった。

夕暮れ時から川下りしたんだけど、
目に映る全ての色彩が北斎カラーだった。

文句無しの圧巻。

東京の人、もっと川遊びした方がいいよ。

日本の景色は本当に美しい。

2012-07-27

7.27

カルチャーショックの大本は
大抵「欲望」と繋がる。

自分が持っている欲望と
相手が持っている欲望が違うとき
お互いに「?」となる。

私が日本に帰ってきて感じた違和感の多くは
単純に欲しいものが違うからそうなってるとしか思えない。

日本で「なんでこんなふうになってるの?
誰が求めてるの?」となる事は多い。

「そうかこの人はこれが欲しくて、こうなってるのか!」
って腑に落ちた時、結構ショックは解消される。

欲しいものって自分からしてみたら明らかだから、
他人も同じものが欲しいのだろうと思っちゃうからさ。
実際は社会とかによって全然違うよね。

私、日本社会が求めているものの半分位
「はぁ?」って感じよ。

2012-07-23

8.23

本当に出社したくなくて、
朝布団の中で寝ぼけながら
言い訳を考える。

「蜂に刺されたとか…」
「歯が折れたとか…」
「アレルギーの発作が出たとか…」
といろいろ想像するものの
休むより行った方がめんどくさくないと
最終的には会社に行く。

電車に乗る頃には別にそんなに嫌じゃない。

7.22

友人と粟津潔さんの回顧展に行った。
まさに天才の仕事。
すべてが美しく、完璧であった。
デザインの神様。

デザインの馬鹿力が炸裂してた。


膝からがくっと倒れて、
床をバンバン叩きながら泣きたい程に感動した。

そしてそこで聞いた講演で偶然、
長年名前が知りたかった
文化人類学者の名前についに巡り会った。 
14歳の時、始めて行くイギリスへの飛行機に
置いてあった雑誌で彼にのインタビュー記事を読んで
「人生ってここまで自由に生きていいのか!」と
強烈に感動した人。

西江雅之さん。

名前が知れて最高に嬉しい。

14歳の私にとって、西江雅之さんの
インタビューは最高に刺激的で、
それ以降、彼は名前がわからないけども
心の中でヒーローだった。

やったー! ついに巡り会った!

それにしても友人は話しが上手で
引き込まれて一日中大笑いした。
あー、幸せ。 すっごーく笑った。

良い友達は宝。

2012-07-22

7.21 その2

親友の出ているお芝居を見に行ってきた。
そのお芝居を見たのは二回目なんだけど、
大げさでなく…、本当に、本当に良かった。

そのお芝居は東京ノートっていう。
青年団の往年の名作。
"2004年、つまり発表当時では近未来であった東京のある美術館が舞台。ヨーロッパでは戦争が起こっており、戦火を逃れるためにフェルメールの貴重な絵画が疎開しにきているという設定になっている。この美術館ロビーに並ぶ長椅子に休憩しにくる学生や学芸員、絵の寄贈者や兄弟家族といったさまざまな人物模様が、ときに同時進行する淡々とした会話によって描かれていく。 via wikipedia"
今フェルメールの絵画が
上野の東京都美術館に来ているから、
それにあわせてその美術館のロビーで開催された。

以前見た時は淡々としていて、
あっさりとした印象のお芝居だったんだけど、
今回は本当に重厚で魂に迫ってくるような感覚があった。

脚本や演出方法にそんなに変化がなくても、
見る側の心持ちでこうも見方や感じ方が変わるのか。

その強烈な変化に
私は生きているのだという奇妙な実感がつきまとった。

はぁ…、まだ余韻の中にいる。


一緒に見に行った子たちは、
多分話したいこととかいっぱいあるのに
私が喋っちゃうとすぐ聞き役になってくれる。
だからいつも会う前に
今回は私が聞き役になろう」と思う。

けど、タイミングが悪かった。
私はその直前まで
英語圏の全寮制の学校で育った友達と一緒にいたのだ。
「英語圏の全寮制の学校育ち」ってのは
世界で一番おしゃべりで自己主張の激しい人種だ。

なので、私のおしゃべりスイッチは最大限にオンになっていたのだ。
それこそ見境なく。
案の定一番最初の「元気?」「元気です」って返答以外では
一言も彼らが話せない状況に陥っていた。

何時間も一緒にいたのに、
私は彼らが「元気」な事以外知らない。
そして彼らは最近私の身の上におこったこと全てを知っている。

悪い事をした。
彼らのボランティア精神に感謝。
これに懲りないでほしいな…。

次に会ったら私が聞き役になるから、
好きなだけ話してくれ。
彼らにも言いたい事や、
話したい事がいっぱいあるのは知っているんだ。

なんならコーヒー代も私が出すよ…。

7.21 その1

イギリスの学校で一番好きだった
お兄ちゃんとお昼ご飯を食べる。

お互いがたまたま日本にいる時に会うから、
そんなに頻繁には会わないんだけど、
その分、会える時はびっちり会う。
会えるうちにいっぱい会う。

NZにいる時は夫やらトロンやらと
毎日安定して沢山の量の会話が出来る相手がいるからいいけど、
日本でだと本当に仕事以外していないから
話し足りていない。

だからそのお兄ちゃんに会った瞬間に
決壊が崩壊したかのごとく
愚痴やら文句やら、言いたかった冗談やら
気になってる話しやらが、ぐわーっと出てきた。
ものすっごい量を大声で喋った。

お兄ちゃんもおしゃべりだから、
二人でお互いの声の上書き状態で話す。

お店の中で明らかにうるさい二人だったと思う。

喋りながら、自分がどれだけ意気消沈していたか、
疲れていたか、やけっぱっちな気持ちになっているかが分かった。

価値観が似ている環境で育った友達ってのは
心の家みたいなもんだ。

会った瞬間に「ただいまー!」ってなる。
ギューっとハグしながら
「ただいまー! ちょっと私の話し聞いてよ!!」ってさ。

それで家を出ていた間に出会った
違う価値観や衝撃について
「どう思う? これってついていかないといけないかな?」
って相談しあう。

そして興奮さめやまず、
かなり早い段階から
「次はいつ会うか」って話しをする。

お互いが両方日本にいるのは珍しいから
会えるうちにいっぱい会っておく!
それが愛!

7.20

金曜日の夜7時位にオフィスにいる時に訪れる、
途方もない疲労感ってなんなんだろうか。