2012-03-15

「世の中で一番おいしいのはつまみ食いである」

相棒のブログのタイトル「世の中で一番おいしいのはつまみ食いである」を見て超ときめいた。 まさにその通りと、熱り立ってブログを読む。

で、読み始めてから3秒後「世の中で一番おいしいのはつまみ食いである」は
大昔に私が読んでいた本のタイトルだったと思い出して大笑い。
なんだか自分の一部をぽろんと意識してなかった場所から見つけたような気分!

この本は日本に帰っている間
よく本をくれる友人(大山)から貰った。
多分それを相棒の前で私が読んでいたのだろう。

日本に帰る度にいろんな人がオツな本をくれる。
うれしかねー。
本当にありがとねー。

いつもは一緒にいられない分、
時間芸術を共有するってのはいいアプローチだよね。

優れた愛の行為だと思います。

それにしてもさ、自分がどこでどの本を読んでいたか思い出すのって
案外と難しくない?

旅行中に読んだ本は
周りの景色とかも含めて結構はっきりと思い出せるんだけど
日常的に読んだ本はいつどこで読んだのか思い出せない。

本読んでいた時間って、大切な人生の一部なのに
いつどこで経験したのか忘れちゃうってちょっと残念だね。
いい感じに記録する方法とかってないのかなー。


秘宝

人類の秘宝アリエル・ピンクのライブに行ってきた。 

ひっさびさの「この人、天才!」と魂震えるコンサートであった。
生きててよかった!
始まって三分位で私の中で生命讃歌が鳴り響いた。

上出来とか、クールとか、そんな次元じゃなくて、まさに宝。
御宝。
玉。
ギョクッ!!

サイケとかヴィンテージなサウンドとか、奇抜さとか、中央線っぽさとかに1mmも興味がない私ですら信奉してしまう。 そんな魅惑のアリエル・ピンク。

元々私は、サイケな音楽の作り出す「自分がどんどん広がっていく感じ」が苦手だ。 広がらなくて多いに結構。 自分が拡張されて自然の中に溶けていく位ならば、私はもっと繰り返しの音とか、機械的な世界の中に自分を見失いたい。 




多分、だからこそ

いつも気持ち悪がって
嫌悪して、排除して、おぞましがっている分
好きになると、それはもう魅了されてしまう。

マイク・ケリーとかいい例。
ケツの穴から編みぐるみ出てくるとか、もう、おぞましくて思わず覗き見。

おぞましさの中でしか表現出来ない優しさや人の道って絶対にある。
そしてそのおぞましくってヌメッとした温かさこそ、往々にして人類愛なんだと思う。

あー、本当によかったアリエル・ピンク。
来日した際とかには是非皆様聞きに行ってー!
最高だからー!

2012-03-14

名前を忘れる

よく自分の名前を忘れる。 

文字で見たり、
誰かによばれたりして、
「ああ、そういやそんな名前だったね」と思い出す。

みんなもそんな感じ?
一番身近なアイデンティティの割には
自分の名前って、自分の中で存在感薄し。

私はこっちで暮らしている時は
日常的には大概アニーとよばれていて、
職場とかではアナとよばれている。
日本ではアンナ。

他にはたまにアニュシュカとかアーニャとか、
なんか適当につけられたあだ名に囲まれて暮らしている。

元々かなり適当な名前。
AとNがくみ合わさっただけ。
だからかよぶ方もよばれる方も適当になる。
よって、あんまり「これが私の名前です!」ってのがない。

本当に忘れる。
たまに自分がよばれている事にもそんなに気がつかない。

魂にぐっさりと突き刺さっている位に、
響きに響く真の名前があればいいんだけどねー。

2012-03-12

奇跡だった

東日本大震災から一年が過ぎた。

一年前の今日、2011年3月12日、
私はこちらで日本のテレビを見ていた。
原発が水素爆発した様子をただ呆然と眺めていた。 
その時は一年後をどう迎えるかなんて全く想像できなかった。
単純に次の日がどうなるのかすら分からなかった。

2012年3月11日。
多くの日本に住んでいらっしゃる方々が
静かに祈りの一日を過ごせた事は
私がしたどんな楽観的な想像よりも奇跡だった。

ものすっごい努力が影であったのだろう。
命を、沢山の人がかけたのだろう。

日本の人達は自分に厳しいから
現状に対して好意的な事はあまり言わない。
意見を聞かれたら批判的な事を言う。
志が高くて素晴らしい事だとは思う。
こちらの新聞にも日本の方々が言った、
自分たちに対する厳しい言葉が沢山載っていた。
この厳しさが、日本の底力で、日本が大倒れしない理由なのだろう。

でも端から見ているとそんな人達みんなの一人一人の手を握って、
「そんな事ない、あなたは本当に頑張っている。誰もが知ってる。あなたの足跡全てが尊い。」と言って回りたくなる。 

この一年、
地震と津波で国土が暴力的に破壊されて、
大切な社会の人達が沢山亡くなったのに、
アホな原発事故がおこり
ただ悲しみに身を寄せて泣く事も出来ない
辛い状況に日本の人達は置かれていた。

しかもその中で復興の狼煙を上げて。

鎮魂さえ許されない、そんな破壊の中に身を置かなくてはいけない人達の事を想うと、胸が潰される。 日本の中にいた人達が一年かけて通過した忍耐は想像もできない。

家族、全ての友達、
そんな私の大切な人達を守ってくれた社会の人達、
みんなに、頑張ってくれて生き抜いてくれてありがとうと言いたい。
いやー、本当に皆頑張った!

個人的に知っている人達皆
こんなに頑張っているところ
見た事なかった。

何よりも東北の人達、
本当に、本当に、本当に、
頑張ってくれてありがとう。

あなた達が残している足跡が
本当に尊い物だと皆が知ってる!

復興元年。
ひたすら復興しよう。

2012-03-02

気になる

誰かに対して、すごく積極的に、キラキラとした気持ちを持つ事。

大きな声、もしシャイな気分になっていたら小さな声で「あの人が気になる!」と自分に言う事。

はぁ、恋しい。 

恋が恋しい!

夫と活気のあるバーの前を通る度に「こういうの見ると、独り身になりたくなるよね」と言いあう。 本当に!

2012-02-27

世界ってひろい

カナダ人アーティストのjon rafmanさんのプロジェクト、The Nine Eyes of Google Street Viewがすごい。

いやはや、世界ってひろい。 そしてぐちゃぐちゃなんだ! すごく面白いから、サイトを見てみて
















2012-02-26

遠くにあって霞んでいるけど、でも切実で生々しい存在

ボーイフレンドと深夜のデートに行った。 夫は御実家に帰省中。
こんな夜はほっつき歩くに越した事はない。

お酒を呑んで、つまみを食べて、幸せな気分で
ドイツから来たRimini Protokollの"CALL CUTTA IN A BOX"
というパフォーマンスを見に行った。 


CALL CUTTA IN A BOXはすごくチャーミングで温かくて、光に満ちた作品だった。 非常にインタラクティブ。 "50分間、インドのコルカタにあるコールセンターで働くインド人と、一対一で話す"ってのがこのパフォーマンスの基本的な軸。 

Rimini Protokollはみっちりコールセンター側の人材と、私が入る環境に仕込みをしている。

まず夜中に弁護士の事務所に行く。
(この時点では私は全く何も分かっていない) 

時間になるまで建物の外で待つ。 

事務所に入れてもらった後、1人1人オフィスに入る。 

そこで何かが起るのを待つ。 

突然電話が鳴る。 

すごく濃い訛のインド人の男の人がコールセンターから話しかけてくる。 

彼は私のいる環境をかなりコントロール出来る。

お湯を涌かしてくれたりもする。

いろいろと話す。

最初は沢山質問をされる。

夜中に知らない密室に1人でいるからか、
電話から聞こえてくる相手の声をすごく親密に感じる。

普段なら言わないような事もケロッと言えてしまう。 

ビデオカメラをオンにして、コルカタとオークランドにいるお互いを見ながら、
ボリウッド音楽を聞いて踊る。

なんかものっすごく美しかった。

「何年も前から友達だったみたいだね!」と言われる。
本当にそうだと笑う。

スカイプのビデオ越しに見るコールセンターの風景の中には、濃密なコルカタがあった。

インターネット電話が使われるようになってから、
英語圏のコールセンターはかなりの割合でインドに外注されるようになった。 

なので何かの用があってカスタマーサービスとかに電話をすると、
インド人がインドで電話をピックアップする。

そこには常に小さなワクワク感が潜む。 

「この人達ってどんなオフィスにいるんだろう」とか
「どんな生活してるんだろう」とか
「ちょっとお友達になってみたい」とかっていう、
日常で持つ小さな欲求や好奇心に対して
どんぴしゃりアンサーをくれているパフォーマンスだった。

仕込みが見事に出来ていたから
50分間はあっという間に過ぎていった。

最後、スカイプが切れる頃には結構泣きそうになった。

育った環境がそうさせたのかもしれないけれど
私は遠くにあってちょっとピンぼけだけど、
でも切実で生々しい存在に触れるのが好きだ。

ウェリントンにいる友達も、イギリスにいる友達も、日本にいる友達も、
憧れている作家も、大好きな作品も、愛おしい場所も
大抵は私がいる場所から遠くにあって、
霞んでいる。

それはとても寂しいんだけど、
でもなんだかんだでこの寂しさが結構好きだ。
この寂しさを知っている事が好きだ。

多分このパフォーマンスを作った人も、同じような感覚を持っているんだろう。
ささやかで、遠くて、霞んでいて、でも生々しい相手の存在に
なんでだか毎日自分自身が励まさせれて、人生を愛おしく思えるこの感じを。

2012-02-25

ストール万歳

家にやっとストールが四個来た。

家にはこれまでダイニングテーブルに椅子が二つしかなかったんだ。

これでやっと人がよべる! よかった!

この国では「ストール買いたい」と思っても簡単には買えない。

物の種類がすごーく少ないのだ。

私の場合は値段に納得出来た物を手に入れるのに一年かかった!

日本人の視点からするとこの国の一般的なお店には
1.たいしたもんじゃないのに異様に高いもの
2.三回使ったら絶対に壊れる安いもの
の二種類の物しかない。

それ以外に「値段も質もそこそこ」って物を手に入れる為にはかなりの調査が求められる。

中古で買ったり譲ってもらったりってのが一番メジャーな行動。

これは強固な人間関係ネットワークがある人が勝つ。
私は簡単に負ける、のであまり挑戦しない。

なので私は個人で海外から物を輸入しているお店を探す。
(こういうのは移民がやってる場合が多い)
骨折れますがな。

はぁ世界のはじっこに住むってのは、
ストール探すのにも一年がかりで一苦労って事なのねと実感。

しかしその分すごーく嬉しいぞ!
人いっぱい家によぶぞー!!

きっしょくわるいな

人間関係で、気色悪いなって思う事があった。

ううう…!

考えるだけで寒イボが立つっ!

まあ思い返せば私も同様の気色悪さを他人に向けてした事があるんだけどね。
考えようによっては私のやったことの方がプリミティブでより一層気色悪いし。
自分がやる時はやりたい放題にやって、
他人がそういう行動を自分に取ると気色悪がるってのも正直じゃないよな。 

現状は「うげーっ!」って心の中で思いながらも、
関係がある事に関しては関わって、
関係がないことでは他人行儀でいるしかない感じの状態。
気色は悪いんだけど、投げ出すのは今のところもったいない。

一通りぐるぐる気色悪がったり
自分のこれまでの行動を反省したり
「これまで以上に古い友達を大切にしよう」と決心したりしたら
なんか結構「まぁ、しょうがないね!」って気分になってきた。

そういうふうに流れるようになってたんだろう。
ページめくりました! 現状受け入れた!

瑠璃と話す

幼なじみの瑠璃と話す。 お互い心の近くにいる友達なんだけど、決して頻繁には連絡をとらない。 今回もすっごい久しぶりに話した。

一言二言言葉をかわしただけで、すごく元気になった。 尻尾振りまくり。

すっごーい元気になった。

ほとんど魔法。