日本で大学生やインターンシップをしている時には教師や周りにいた大人たちに「就職は絶対に海外でしろ」と連呼された。 歴史家が多い環境にいたんだけど、彼らは日本はもう末法って感じに時代を眺めていた。 今の日本は"自己破産寸前の家が、正月恒例の海外旅行をやるって程度の舵取りしか出来てない"、よっていても私の世代は損するだけってのが彼らがくれた理由だった。 そんな馬鹿なと思いながらも、頭の中には結構残った。
日本でリクナビかなんかが主催の就職フェアに行った時、そこにいる何万っていう学生を見てこりゃ敵わんと思いクラクラした。 とんだドングリの背比べだ。 そこはかとなく暗い気持ちになり、そこにいた就職カウンセラーの人に色々と質問した。 「こういうシュウカツをして、大きな会社に入るっていう黄金ルートを通らないと私は不幸になったり地獄に落ちたりするんでしょうか?」と聞いたら、その就職カウンセラーの人は「こういうシュウカツはやってるふりなだけで、実際の就職活動じゃない。 良い仕事や良い人生ってのを考えた時に、もっと自由に職業を選ばなくては/色んな方法で仕事をさがさなくてはいけないって気がつくはず。 仕事はそうやって探すべき。」と言われた。 地獄に仏とはこの事なり。
大学の教授は社会人になった最初の数年間は「良い人間たちがいる会社で働く事が重要」と私に言った。 「愛情深い家族が持てている人達が多くて、色んなライフステージの人間がいる会社」ってのを、社会人人生の最初に見ておかないと、感覚が狂うってのが彼の主張だった。 また私が女であることも気にして、子供を持っている女の人が多い会社ってのが彼の選考基準だった。 「これから2年間ぐらいは、ビジネスの廻り方とこれからの人生と家庭について学びなさい。 デザインはその後についてくる。」と言われ、彼が決めてくれた先の会社に私は就職した。
ニュージーランドではまず国内で就職できる事が珍しいので、大抵世界中でシュウカツをする。 実際クラスメイトの間で、卒業と同時に国内で工業デザイナーになったのは私だけだ。 みんな当然のごとくいろんな国の散らばっていった。
いつか起業をして、自分が自分のボスになりたいと思っているんだけど、その時にベースがどこであれ(仕事の仕方によれば、これからは別にどこの国にいても働けると思う)、市場は中国とかインドとかになるんだろうと思っている。 どっかで別に日本の人に物を売りたいとかって気持ちにならない。 また今とてもエキサイティングなプロジェクトを友人と細々とやっているんだけど、それも特に日本の若い人へっていうよりも、日本を経由して、他の国の同じ世代の人とかに発信したい。 発信先の対象に日本も含まれるけど、one of themって以上に考えられない。
今回日本に帰っている間に、すごいクリエイティブな人達に会った。 一部の人達は酷く日本に憤慨していて、憂いていた。 15歳ぐらい年上の彼らは、きっとどっか私よりもずっと日本の成長や、日本にいる事でもっとよくなる自分の人生っていうのを小さいときに言われていたんだろう。 だから傷ついているし、こういう憤り方をするんだなって見ていて思った。 彼らはすごく悲観的で斜に構えた発言をしていた。 でもその内容が、こっちからすると普通の事柄だったりして、それにも驚いた。 彼から見たら、私の人生や人生観って地獄絵図そのものなのかもしれない。
私は何よりも、その傷ついている大人に対して、シンプルにかわいそうだと思ってしまう。 多分、私より楽観的な時代に育ったんだろう。 こっちは最初から結構警告されていたから別にそこまで傷つかない。 "政治家を見ていると「日本が嫌いなのか?」と奴らの行動に腹が立つ"とか、"中国市場はでかいけど、餃子に毒を盛るような奴らとは働けない"と言う彼を見てその繊細さに驚いた。 そういう神経に育てられていたら、そりゃ現状は辛いだろう。 提示されていた将来と、今の違いにもがく事になるのかもしれない。
シュウカツしていたり、転職を考えている友達に日本で沢山会った。
私は連れ合いとの家庭の為に仕事をしたい。 人生の為に働きたい。 仕事の為に働きたくない。 仕事の達成感や、そこからの恩恵は、家族や大切な友達との時間に使う報酬にしたい。 そこをしっかり意識しながら仕事をしたい。
でもこれも単純に私の周りの大人が私にそう言い続けてきたからだろうなと思う。 もし私の周りの大人が「仕事の為に仕事をする事の美徳」とか、「若いうちは死ぬほど働け」とかっていう話しをしていたら、それをころっと信じていただろうと思う。
尊敬するデザイナーの山中俊治さんのブログ、「デザインの骨格」にこういう事が書いてあった。
"最後の方で石井さんが、十歳下の古田さんに贈った言葉が印象的でした。
「あなたのような立場の人が、理想に酔った宗教者のように、一週間も寝ない事に象徴されるような自己犠牲を良しとする発言をするべきではない。宗教 家古田貴之とリアリスト古田との落差を埋めるために、ドーピングを重ねたような状態で無理に走り続けていくと、いつか必ずこわれます。実績を持つあなたが そうなったら、多くの人を巻き込んでしまう。あなたには古田貴之を信奉する若者がたくさんいる。そうした人たちを育てて欲しいし、百年後を変えるような仕 事をして欲しいから、どうか体を大切にしてください」"
これを読んでいたら色んな事を考えさせられた。 私はどう暮していきたいのだろうか。




















