2008-05-17

HDU

High Dependency Unitというニュージーランドのバンドのギグに行った。 
大音量で音楽を聞くのって気持ちがいい。 音楽を聞きに行く度にもっと頻繁に行かなくてはと思うんだけど、実際誘われない限りはあまりしない。 週に一回はライブ音楽を聞いてはいるけど、音楽を聞きに行くために場所に行くってのと、場所に行ったら音楽がなっていたってのには結構な差がある気がする。 地響きのような音楽をもっと聞こうと思う。 

憂国

 ちょっと強烈で、でもバランス感覚のある男の子と週に二回定期的に会っている。 一回は日曜日の昼過ぎのコーヒーの為で、もう一回は週の真ん中で彼の選んだ映画を見る為だ。 可愛らしい人で、私は会う度にちょっとうきうきする。

 彼の今回のセレクションは、三島由紀夫の「憂国」という30分のショートフィルムだった。 

能舞台上で二人の男女が人生の最後の瞬間を演じ、それを映画として記録している作品なんだけど、結構おもしろかった。 その男女は、切腹するっきゃねえってなった若い軍人と、その奥さんで、彼らは舞台上で審美的なめろめろセックスをし、そしてハードコアに視覚的な、内臓飛び出まくりの切腹を繰り広げる。 英語のタイトルは"ritual of love and death"。 まさにその通りで、loveに15分、deathに15分、合計30分な合理的な内容配分。 

 映画の根幹を支えているプリミティブな美に熱狂的に共響できたら魂に響くんだろうけど、現代人的な感覚で見ると白々しい気分になる。  そんな映画。 あくまでもアングラ。 

 友人が何故これを選んだのか分からないけど、確かに男女二人が大学の図書館のAV roomの隅っこでイアフォンをつけてみるっていう様式美にはあっていた。 ある種の親密感を私たちの間に作り出した事は確かだ。 多分、私たちの周りだけ温度と湿度が高かったと思う。

 プリミティブなセンスに訴えかけてくる分、やっぱり見終わった後は強烈な高揚感となんでも出来ちゃう感が沸き上がってきちゃうから、何となくこの映画が日本で気軽に入手できるようになったらよろしくないだろうなと思う。 現代と適応できていない人とか結構気持ちよく流されちゃいそう。 単純な感じが良いんだろうね。 youtubeでも全部見れるみたいだから、物好きな人は見てみて下さい。 


2008-05-16

ラウシェンバーグ

 尊敬している作家の断トツ一位であるラウシェンバーグが死んだ。 寂しい。

 彼は物事を本当に変化さすことができる優れた芸術家だったと思う。 素材の価値を、物の意味を、美術史を、芸術そのもののを、絶えず、本当に絶えずシンプルに変化させ続けてきた。 抽象表現主義からポップアートの間で、彫刻と絵画の間で、日常と芸術の間で、ラウシェンバーグは本当に輝く作品を作り上げた訳で、そういう特異な立ち位置がたまらなく好きだった。 かっこいいってそういう事だといつも思う。 

 私は彼の作品の持ち合わせたコンプレクシティーに、ものすごいエネルギーとクールな楽観的世界観を分け与えてもらい続けていた。 
すっげーーー、かっこいいと思う。 ラウシェンバーグ、かっこよすぎ。 授業でラウシェンバーグの作品のスライドが壁に投影された時に「うわ! かっこいい!!」と思わず大声で言い、それまで真面目そうに講義をしていた教授が「っか、っかっこいいよね!!!」とキラキラした目で私を見た瞬間とか、コミュニケーションってのの結構な原体験になっている。 ものすごいスピードで弓矢が胸に突き刺さるかっこよさ。 それぐらいのスピードがコミュニケーションを作る。 あのときの私たちの反応はかなり結晶だったよ。 

 ポロックも、ウォホールも、そりゃかっこいいけど、どっかださい。 でもラウシェンバーグはただずっとかっこいい。 それって単純に彼の作品の持っている楽観的な空気感のせいだと思う。 本当のかっこよさってそういう事だ。

 こんなにかっこいい人と時代を共有していた事に魂震えるって。 ラウシェンバーグの作品にこれからも沢山の祝福を。 そして、作品が与えてくれる絶え間ない希望に声をあわせて「かっこいいーーー!」って言い続けようと思う。 ラウシェンバーグ、かっこいい!

 



 

2008-05-09

不安になる

 日本のニュース番組やpodcastをネットでふれると反中国の発言があまりに煽動的で驚く。 

 どうしちゃったの?! 何が欲しくて何がしたいのかと考えさせられる。 

 「そんなの、お前に関係ないじゃん」って次元の事まで言いはじめちゃうぐらいにプライドと理性を捨てた中国たたきは一体なんの為なんだろう。 結局なんの話しなんだよそれって思うぐらいに整理されていない細切れの情報たっぷりか、奇妙に話しが端的で情報が足りていないかのどちらかに偏っている場合が多い気がする。 あんまり責任とか持って発言している人がいない気がする。 そこまで相手を批評する事でなんかこっちに具体的な利益があるの? もうちょっとクールダウンしないと、本当の利益とか国益を失うんじゃないだろうかと別に政治に詳しい訳じゃない私は思う。 パンダだなんだって話しを聞いていると、ほとんどconspiracy theoryみたいなもんじゃないかと思うんだけど、それとも本当になんかあるのか。 あー、9.11以降のアメリカ人も自分の国の報道を見ながらこんな気分だったんだろうな。 どっちにしろ、情報の受け取り側を群衆にしたいんだろうなって雰囲気は伝わってくる。

 ニュージーランドでも中国政府に対する感情は複雑だけど、もうちょっと大人な対応だ。 もし今の日本の典型的なニュースのような報道の仕方をしたら、自分の国の行く末を心配をするだろう。 もし中国が脅威ならば、そして今以上の経済成長と国際的影響力を得ると思っているならば、それこそ相手からの尊敬と良い意味での興味を相手から得てやり合うってのが全うな態度に思える。 でも傍目から見て、日本のヒステリックな報道の仕方は相手側への啓蒙や尊敬の心をくすぶるような事はしていないように見えるし、そんなに賢くも見えない。 そんなんじゃ、得れるものも得れなくなるんじゃないかと思う。 そして相手に与えたい影響も与えられないのではないか。 そんなどっちにとってもディスアドバンテージな事はやらなくていいじゃんか。

 なんか時代錯誤な「相手が想像以上にしたたかそうで怖いから、利益よりもがむしゃらな自己主張!」っていう空気に、怖い事がおこっちまうんじゃないかと不安になる。 もうちょっとクールになろうよ。 絶対したたかな態度をとった方が身の為だって。 そして、相手の為だとも思う。 やけっぱっちにやって上手くいった政治なんてそんなに無いんじゃないかな。 なんか嫌な世相だよな。 世相が悪いね。

WORLD'S END SUPERNOVA



くるりのWORLD'S END SUPERNOVAは名曲だと思う。 「この曲の感じ」としか言い表せない感情とか気分とかムードがある。 歌詞とか、普通によくできてない? あとヴィデオもすごく好き。 




あと、このライブ版の4分40秒あたりが本当に良い。

この曲が発売された当時、車の中でかけまくっていて、運転をしていた親に「もうこのこの曲は流さないでくれ」と言われた。 なぜ、このすばらしさがわからないともどかしく思ったものだ。 お経みたいで良い曲じゃないか! そして、こういう気分って大切でしょう?



前もあげたけど、この映像の後半部分がとても良い。 ミニマルだし、スーパーバジェットだけど、一応体裁を保っているそのバランス感覚。 すばらしい。 お金をかければよいという話ではない。 もしかしたら私は波に弱いだけなのかもしれないんだけど、(私のウェブサイトも海関係ばっかりだし)うーん、ねえ、本当に、まあ、海って良いよね。

2008-05-07

母音

 昔からの親友と今の親友がいる。 二人ともとても大切な友達。 

 昔からの親友は大学が違うからそこまで頻繁には会えない。 家は隣同士なんだけど、ちょっと遠距離な感じなのね。 

 さっきまでそのちょっぴり遠距離な親友が久しぶりに家に来ていて、美味しいお茶を一緒に飲んだ。 彼の大好きなRufusu WainwrightのNatashaをかけて、ソファーでごろごろとして、「この音楽をかけると急に部屋がオレンジ色になるよね」とかって言いあって、楽しかった。 枯れていた心に潤いが。 有り難い。 潤いを与えてくれる友人は、本当に心身注ぐに値する。 

 彼はすっごく温かくてスウィートハートでラブリー。 私が知っている人達の中で一番美しい発音を持っている。 彼の母音って本当に温かいんだよ! 彼の声が作り出す空気の震えは本当に国宝級。 大きな風が山の木々の輪郭をゆっくりと揺さぶっている時のような、夜明けの直前の温かさみたいな、妙に色っぽくて温かくて、透明な発音をするの。 スパニッシュギターヴォイス野郎なのね。

 最後に「最近会えないから寂しいよ、もっと一緒にいようよ」とか言いあって、バイバイをした。 ちゃんと週末に一回は会うようにしなきゃって約束をした。 で、ぎゅっとハグをしたんだけど、その瞬間にどれぐらいお互いが一緒にいなかったかが分かった。 私の抱きつき方が彼用のフワッと抱きしめるロマンティックなハグでなくて、いつも大学で一緒にいる子用のギューーーーってするやつ距離感ゼロのになっていたのだ。 お互いにちょっとびっくり。 

 かなりくだらない話しなんだけどちょっとした発見だったんだよ。 2週間ぐらい会わないで、そしてその間に違う人と集中した時間とかを過ごしていると色々小さなマナーが変わるんだって分かっておもしろかった。 もっとこの子と沢山の時間を過ごしたいなと思ったと同時に、無意識のうちに私のハグの対象になっている今の親友の存在感もおもしろかった。 その人がその場にいない時に、始めて自分の周辺にその人が引いた輪郭みたいなのが見えたりする。 大切にしなきゃ。 本当に彼らを大切にしなきゃと玄関で一人しみじみとした。 

 それにしても彼から教わった人の温め方ってのは、なかなかなギフトだと思う。 彼が温かいように私も周りの人に対して温かい人でいたいと思う。
 

2008-05-06

熱帯主義

 強烈な友人の代表であり、永遠である我がアレックスと久しぶりに話した。 相変わらず、素晴らしい。 バイタリティーが普通じゃない。 そして意外な程に人格者。 立派だ。 そんな我が友人はブラジルのファッションデザイナー、 ALEXANDRE HERCHCOVITCH の甘い匂いがする靴を買ったそうだ。 キャンディーの匂いがするシリーズなんだって。 透明でめちゃくちゃ可愛いの!!! ビデオチャットを使って靴を見せてくれた。 日本にある甘い匂いがする靴を、ニュージーランドにいながらライブ動画で見えるなんて21世紀だね。 時は満ちた。 人々の足からは甘い匂いがし、距離を超えて喜び伝わるのだ。




 その甘い匂いの靴を作ったデザイナーのウェブサイトもめちゃくちゃ可愛いから見てみて。

 

 地元の国立博物館に日本の東京曲率近代美術館の図録が何冊かあるからぱらぱらと読んでいた。 2004年のブラジル:ボディーノスタルジア展の図録がとても素晴らしかった。 トロピカリア運動とか人食いとか、身体とかについての論文がのっていて、それが涙ちょちょぎれに素晴らしかった。 




だからか最近ずっとブラジル音楽を聞いていた。 





トロピカリア運動の始まりの人であるCaetano Velosoがかっこよすぎる。 こんなに色鮮やかな人がこの世にいるんだなあとしみじみ。 そして昨晩、ピナ バウシュの踊りが見たいから、アルモドバルのTalk to herを久々に見た。 そうしたらVelosoが出ている事に始めて気がついた。 豪華な映画。


 
 良い映画を見て、音楽を聞いて、ちょこっと制作をしてそんな感じの一週間だ。 そしてたまに友人の声を聞く。 煮え切らないものや、心の底辺に流れる寂しさが悲しさも、全然悪くない。 私は今までだったら「ギャフン!」と慌てていたような状況で、静に音楽を聞いたり、映画を見たりできるようになった事が大人になってしまった気がして悲しいんだけど、どっかでひっそりと喜ぶべき事だとも思っているんだ。
 

2008-05-03

可愛い人達

 ウリチパン群なるお方々の音楽がすごく可愛い。 itunes music storeからためらい無くアルバム“ジャイアントクラブ”をお買い上げ。 すごく綺麗な音楽。 すごい人達がいるんだな。



 前のアルバムを聞きすぎて、次のが出るまでちょっと距離を持とうと思っているバンドでasobi seksuってのがある。 これもキュート。 クラスの男の子が「ただただ、ラブリー」と言ってCDをくれた。 ただ、ちょっとこの人達からは「ナードの復讐」系の匂いもする。 どっかナード…。



 可愛い音楽は、聞いているとちょっと胸がすかっとしていいです。

 あと、可愛い人達も良いですね。 人類の宝物だと思います。 私のクラスの二大可愛い人達が机の上で相談をしていた。 椅子を使わないのはなんで? っか、可愛いと写真を撮る。 彼らを見ていると元気が出るよ。








シンクロしてるし、可愛い!! 

2008-05-01

狐の嫁入り

雲の移動と共に雨がこっちに向かってくるのが見えた。 
私の庭を通りすがった時に、あまりにも綺麗だったから写真を撮ったんだけど、雨の姿写らず。 雨の写真ってどうやって撮るの?










海辺でご飯