2006-12-23

百年の孤独

 やりたい事をどんどんやっていこうと決めて、ずーっとやりたかったのに挑戦すらしていなかった事を片付けていっています。


 一つ目は、実家の修理。 家具やら床やらの修理を何日もかけてやっています。 非常に楽しい。 変化が目の前で見れるのでやりがいがあります。 家の半分ぐらいの床はなんとかなってきました。 居間の家具も直したし。 あと全部の床や木材の部分の手入れをし、引き出しやら靴箱やらをもっと機能的に入れ替えて、実家をリフレッシュさせようと思っています。 先は長いけど、頑張るぞ。


 二つ目は、実家に溢れかえっていた、もう一生読みやしないだろう本を、図書館に寄付する事。 300冊は寄付してきました。 古本屋にうっても二束三文だし、自分も後で読みたくなった時に困るし、良い選択をしたのではないかと思う。 これからは、軽々しく本は買わない。


 三つ目は、ここ数年間の目標だった「百年の孤独」をやっと読み始めました。 とても気になっていたのに、本の表紙があまり魅力的でなくて、手が出なかった…。 くだらない理由で自分がしたがっている事を行動に起こさない良い例ですね。



 



多分この装丁にも出版された時は、ある種の魅力があったんだろうと思う。 ただ、作った人には申し訳ないんだけど、嫌だった。 この手の絵が一番苦手だ。






で、このなんだかモダンな新装丁が出ていたので、やっと手を出しました。 
Silvia Bachliのペインティングです。 表紙は、重要だと思う…。 その、手を出すきっかけとしてさ。 


「百年の孤独」はまだ半分ぐらいしか読んでいないんだけど止まらない。 
今の所とても面白い。 ああ、終わらないで!と思うと同時に、全貌が見たいと思う気持ちがせめぎ合い、たまらないです。 

2006-12-22

出会いを求めて

話しの腰が折れてしまいましたが、私が多摩美に行ってきて、そしてこれは日記に書こうと思った理由は李 禹煥の最終講義を受けてきたからです。 定年なので多摩美で教授として教えるのは最後の授業で、題名は「出会いを求めて」。 彼が71年に書いた本の題名からきている。


李 禹煥(リーウーファン)のことや作品をあまり知らない方は多いと思います。 (逆に高校の授業で彼が書いた文章を読んだって聞いた時は教育格差の現状を強く実感させていただきました。) 李 禹煥は名前から分かるように、韓国出身の現代美術作家です。 でも、日本現代美術において、最も重要な作家のうちの一人です。 


って、ちょっとでかく持ち上げてみたけど、私は美術史への切り込み番長ではないので、本音を言うと、一つの生き物である美術史にいかに彼の作品が血と肉を捧げたってのよりもなによりも、”私にとってとても重要”であるということ以上に重要なことはなく、そう、これ以下でもこれ以上にもなく敬愛している作家なんです。 とてもpersonalな作家の一人です。 


だから今回のこの記事は読む人にとって価値がある文章にしたいし、今知人友人たちと最も共有したいことなのですが、それ故に非常に難しくて、どう記録していいのか分からないです。とりあえず、私の友達は今私には自分に伝えたがっている事があって、それを一緒にアプリシエイトしたがっていて、でも能力が追いついていないんだと、大人の態度でこの文章を読んで下され。 


そう、一人の人間が七十年間かけて、紡ぎ上げてきた言葉を、一回聞いただけの私が上手に伝え直す事が出来るはずもなく、また授業自体を記録するのが難しかったで す。 一つの言葉、言葉の組み合わせと配置のが簡素に質が高く、そして非常に簡単に物を説明していました。 私がそれを要約しようとしても、ものすごく難 しい事を実は話しているので、難しくてたまらないんです。 だから、ほとんど先生が言った文章そのものを丸写ししてきました。 それらの言葉は、私が日々思っている事の全てに新しい息を吹きかけました。 


「長い時間がかかりました。」という言葉から講義は始まり、今日の仕事は紆余曲折をへた一種の到達点であると先生はおっしゃった。 (講義の題名が出会いを求めてなのと同じぐらいに古典的にかっこいい始め方だと思う) そして話しはクロニクルに進んでいった。 なんか上手に個人史と現代美術史と、そして彼の作品について、モノ派についてをその時間枠に沿わせて話していて凄かった。 どうしてそういう器用なことが出来るのかと単純に感心した。 


見ただけで全部が伝わってくる作品ではないので、細々とした謎が彼の作品に関してあったんだけど、今回はその謎が解けた講義だった。 本当に、今までわからなかった理由がわかった。 だって、そんな方向に頭使った事なんて一回もないものという方向に進められているのだもの。 彼は一人でとんでもない世界に突き進んでいたのだと驚いた。 読めない外国語の図録を本棚に入れているような、しかしどうしてもその本の視覚部分にはひかれ続けてしまうというのが、私と李 禹煥の作品の関係そのものだったんですが、(多摩美にいる間は2年間もかけて、永遠と様々な講義を通じて李 禹煥の作品について聞いたんだけど、いやー、全く理解できなかった。)今回初めて、言葉が私に理解できるものだった。


一緒に講義を受けた友人は、「4年間、謎だ謎だと思っていた、難しすぎると思っていた事が、この2時間の講義で全て、シンプルに表現されてしまった。」と呆然としていた。 本当にそうだよ。 聞く事自体が経験になる、(要するに、講義を通して一つの表現を体験した)そんなラッキーな講義がたまにある。 多分、年に一回、二回ぐらい。 または一つの授業が連続でそうなっていく事もある。 そういうのって、素晴らしい。 あと、私の場合、オーラルで聞くと理解できる事って結構多い。 人によってこれって全然違うらしいですね。 文字の方が分かりやすいって友達もいる。 

あー、全然まとまらないや…。

もうちょっとがんばってまとめてから書いてみます。
チャオ。



 

李 禹煥
1936年、韓国・慶尚南道生まれ。現代美術作家・評論家。多摩美術大学教授。1956年、ソウル大学校美術大学を中退、来日。67年、初個展。69年、評 論「事物から存在へ」が国際青年美術家展日本文化フォーラム賞受賞。60年代末から70年代初め、「もの」を使った造形作品を発表、71年の評論集『出会 いを求めて』など一連の評論活動により「もの派」と呼ばれる現代美術の動向を主導する作家の一人として国内外美術界に大きな影響を与える。絵画制作でも東 京、パリ、デュッセルドルフなどで個展を開き、数多くの国際展に出品。代表作「点より」「線より」シリーズ、著書に『時の震え』、『余白の芸術』など。画 集『LEE U FAN』など。

2006-12-21

ドーナツとか、歯医者とか

ドーナツ


 最近、ドーナツが好きでしょうがない。 
食べないんだけど、好き。 存在が好き。
元々ドーナツが気になる方だったんだけど、特に最近気になる、気になる。
友達の家でコロッケを作っている時、ちょっと時間が空いていたのでドーナツをあげた。 美味しかったけど、友人の旦那には「これはどっちかって言うとフリッターだよね」と言われてしまった。 クゥゥゥゥゥ。 アメリカ人はさすがにドーナツへの線引きが厳しいわね。


歯医者のワンダーランド

歯科大学付属の病院に行ってきた。 まさに、歯医者の夢の楽園。 歯医者のテーマパーク。 右を見ても白衣、左を見ても白衣、そして彼らは全員、歯医者/研修医/歯科学生。 なんてこった。 でっかな診察室に、ずらーっと並んでいたあの歯医者での椅子とトレーたちは、そしてそこで口を開けてネッ転がっている患者さんたちは、壮観としか表現できませんでしたよ。 想像を絶した世界でした。 ちょっと楽しかった。 私の歯を見てくれた人は、オダギリジョーにマジで似ている、(多分)研修医で、しかも名前もジョーだった。(言霊ってあるのかもしれない。) さすがに外見も似ているだけあって、性格も近いものがあるのか、彼の役柄っぽい、とりとめとつかみ所のない感じも似ていた。 ただ、それって歯医者としてどうだろう。 伝えようよ、会話をコントロールしてくれよと、ちと思った。 私の症状ってなんなんですか? 

うーん…、それにしても私たちの世代が社会人になったら、みんな今私たちが持ち合わせているようなぼけーっとした感じを社会に持ち運ぶんでしょうかね? 20代前後の人の結構いつでも眠そうみたいなアテチュードは、まほろばの大地を思わせてくれて結構好きです。 奈良のランドスケープのような力を感じるね。 それはそれで良いと思う。 私はドーナツを作ったり、人にあげたり、たまに自分で食べたりしながら、とろんとした人たちと社会を形成していくのかもしれない。 意外な近未来だわ。

2006-12-19

淑へ

年末だし、友達と第九の話しをしていた。

「あの歌詞は凄いよ。 なんか、ある種の方向に向かって到達している面があるよね。」と言ったら、意外や意外、彼女は歌詞の内容を知らなかった。 なんてこった。 
約束通り、のせておきます。





歓喜の歌(喜びの歌)
フリードリヒ・シラー(渡辺 護訳)


おお友よ、こんな音ではない!
もっとこころよい
もっと歓びに満ちたものを歌いだそうではないか

歓びよ、美しき、神のきらめき、
楽園よりの乙女よ
われら火のごとく酔いしれて
ともに汝の天の如き聖堂におもむかん

汝の魔力は世の習わしが強く引きはなしたものを
再び結びつけてくれる
汝のやさしい翼のひらくところ
すべての人々は兄弟(はらから)となる

一人の友の真の友となるという
難事を克服したる者
貞淑なる女性を妻としたる者は
歓びの声をともに挙げよ

そうだ、この世界の中で
たとえ一つでも人の心をかち得た者も
そしてこれらに失敗した人はすべて
涙とともにこの仲間から去ってゆけ

すべての物は
自然の乳房から歓びを飲む
すべての善なる者も、すべての悪なる者も
自然のいばらの小怪をたどる

その自然はひとしく我らにくちづけとぶどうの房と、
そして死によって試みられた一人の友を与える
虫けらにさえ快楽が与えられる
そして神のみ前には少年天使が立っている

天の広大な計画に従って
天のいくつかの太陽が飛びまわるように
走れ、兄弟たちよ、汝らの道を
凱旋の英雄のように歓びを持って

互に抱き合え、もろびとよ!
全世界の接吻を受けよ!
兄弟よ、星の上の世界には
愛する父がおわします

地にひざまずいたか、もろびとよ、
造物主の在すことに気づいたか、世界よ!
星の上の世界に、彼を求めよ!
星の上に彼は必ずやおわします。








私は、この
「これらに失敗した人はすべて
涙とともにこの仲間から去ってゆけ」って所が結構好きです。

2006-12-16

久しぶりに八王子の山の上

久しぶりに多摩美に行ってきた。

教室に入ると、大学の派手系大人教授たちがわんさかいた。 


その、70年代とかに裸で電車に乗ってた系の人とか、学長を誘拐した系の人とか、新宿が炎上した系の人とか、いつもボッチテェリのコスプレしてる系の人とか、渋いとしか言いようがない素敵な着物にポニーテールのじいさん系とか、そういう…、そういうのがいっぱい。 名前を言ったら、「えええ??なんで?」って多摩美の学生さんたちは思われるような方々ばかりです。 確かに、人格はおかしい。 でも、私を信じて!


「おれら、バンドがんばってた!」って感じの若い教授や助教授たちとは、ど派手大人系教授たちは生命活動と暴力が境界線無く混ざり合っているで濃さが違う。 そして、シアワセッスネって感じも違う。 いや、皮肉は言うまい。 そんな幸せそうな彼らに私はもう焼きもちは焼かないのだ。


 今回一年ぶりに大学で授業を受けて私が気がついた事は、そんな嫌みな事じゃなくて、彼らの外見の洒脱さについてなのだ。 そう、先生たちがびっくりするぐらいにお洒落だった。 そして学生も。 


大学にいる時、先生たちの服装が普通で、学生がださいと思っていた。 しかし多摩美山以外での生活が長くなり、ここの大学の学生はお洒落で、先生たちはかなりお洒落なんだとやっと理解したのです。 先生たちがお洒落すぎた!! こんな服装している男たちが、電車に乗ってきたら、隣には座れまい。 色っぽいし、華やかだし、とりあえず良い格好しているんだよね。 話し方とか立ち振る舞いとかも。 当たり前だと思っていたけど、多摩美の先生お洒落だ。 女性も勿論素敵なんだけど、男性が触ったら指が切れそうにシャープな服装とかをしていて良かった。 


はあ、本当は全然違う事書こうと思っていたんだけど、思っていたよりも長くなってしまったのはとりあえずこれにて!

2006-12-15

やっとこさ

帰ってきて十日目にしてやっとこさ、ウェブサイトの方に韓国の旅行の写真やらをあげはじめました。 

良かったら見て下さい。


のばらいろの日々、韓国通信

私が韓国の美大生のふりをして「イエー、アンニョハセヨー」って美大に潜入してきた時の写真とかお薦めです。 


まだまだあるので、これからガンガンアップしていきます。

2006-12-14

鬼退治


 チャンスがあったから指圧に行ってきた。 
凄かった。 壮絶。 多分、鎌倉中に私の悲鳴が響き渡ったと思う。

小町の一角にある素晴らしい日本家屋(決して豪邸ではないのだけれども、素晴らしい細部がある)の日の当たる和室で、障子からの光をさんさんと浴びながら和布団にぬくぬくに包まれ、おばあちゃんに指圧してもらう。 (関係ないけどその家のガラス戸から見える庭は、マジで絶景。 小さなスペースに美が詰まっている。) こんなに若くて元気いっぱいであるべきの私がおばあちゃんに指圧してもらうなんて恥ずかしくて申し訳なくてちょっとしょぼんとしてしまったんだけど、やってもらったら、いやー凄かった。 申し訳ないけど行って良かった。 目ん玉が飛び出た。 「まるでわたくしがあなたをいじめているみたいね、うふふふふ」なんて言われて、私は一秒笑い、五秒は叫んだ。 ちなみにこのおばあさんの日本語は小津映画から出てきたのかいと思わず訊ねたくなるほどに美しい。 家も本当にそんな感じ。 細部の全てに神が宿っているかのような家なのだ。 
 
 凝っている所を押される度に「っそ、そこ、そこに鬼がいるんです。 鬼やら妖怪やらがなんか蝕んでいるんです」と頭の中で叫びまくってしまった。 本当に、見えたよ、妖怪たちがさ。 えいやえいやと彼らを追い出す事に専念した。 まさに暗夜行路。 たまに風雲雷雲さん達もぴかぴかっとまぶたの裏に光って、ああ、オンパレード。 痛さが場所によって全然違って、まさに筋肉妖怪絵巻状態で、結果日本文化の美に触れた。 こういうことだったんですねと驚きおののきました。

客観的に見ると、障子からのやわらかい光の横にひかれたふかふかのお布団にのんきに寝転がっている私と、私を指圧するかわいらしいおばあちゃんの麗らかな鎌倉の午後のひとときで、まさか私の体が鬼が島状態になっているとは思うまい。 しかし凄かった。


 そして終わった瞬間に、私は生まれ変わっていた。 きちんと手入れをしてもらった庭のようになった。 すっごい。 これは芸術だと、心から思いました。 これほどに相手の体の事を理解できてしまう、そして自分の体を使って表現できてしまうってどういう感じなんだろう。 そして、なんであんなに素晴らしい家なんだろう。 質素なのに、超越して美しいからなあ。 家を見に行くってだけでも行く価値がある所だ。 それにしても驚いた。 脈絡もなくFull of lifeと思った。

本

 旅行に行くのが結構好きな方で、細々とした旅行を繰り返しています。


旅行に欠かせない物の一つは本ですね。 これはみなさん、同意してくれる事でしょう。
私は毎回旅行の前には真剣にどんな本を持っていくかを検討するほうです。 リサーチとして数冊読み、特にこれだと思った本から、同じテーマの物を選んだり、同じ作家の著作を集めて持っていったりします。 


今回は、日本からカズオ・イシグロの著作を数冊持っていって、二日で一冊のペースで読み続けました。 海外で読む日本語ほど胸に迫り、境界線がはっきりとし、物語の形が見える瞬間ってないんです。 海外の、特に町中での日本語体験は、本当に極上。 特にそれがいい本ならいい本なほどにね。 そして、自分の言葉の存在のなさやらが相まって、自分と物語が近く近くなっていくその感覚も良い。 


でも何よりも、旅先で読む本はある種のドキュメンテーションとして機能する。 感情を記録したいと思った場合は、結構便利だと思う。 物語を読む時に自分がその本に肉付けする気持ちやら想像力やらが、後々その旅行で失いたくないと強く願う感心事とかをぱきっと思い出させてくれたりするんだ。 本を読んでいる時は、自分は本に語りかけるし、本は勿論こちらに表現を続けるし、十分に親密な話し合いが行われているんだと思うと、ドキュメンテーションとして機能するってのがシンプルに分かると思う。 細かい襞のような記憶とかは自分が書くメモや取った写真よりも、本の行間に上手く記録させる。 そういう所に記録される記憶は結構大雑把に忘れたくない事をおさめておいてくれる。 


『わたしたちが孤児だったころ』は、日本で読んでいたらこんなに自分の数日間を全て貢献した本にはならなかっただろう。 旅行中だから、体は韓国にいるし、友達と一緒に良い時間を過ごしているけど、自分がまるで『わたしたちが孤児だったころ』から旅行してきている旅行者のような気持ちになっていた。 どこから来たの?って言われたら「日本」じゃなくて「本の中から!」って状況になっていくんだ。 そうなったらしめたもので、全ての行間にソウルの空気をおさめる事ができるってもんです。


ちょっと便利ですよ。 まねしたい人はしてみて下さい。 旅行のテーマと自分の興味をよく考えて、選び抜いた本を持っていくと旅行の質がものすごく向上します。 本が自分のセンシビリティーをより高めてくれるし、日本で読む時よりももっと強烈な読書体験が出来るし、本も自分もお互いに凄く良く働きかける事が出来て、とても良いです。


そして、旅行のテーマにもよりますが、カズオ・イシグロは旅のお供としてとても良いと思う。 今回は本当に彼の本のおかげで過去に類を見ない素晴らしい旅行になった。 次の旅行はどの本を持っていこうかな。 

2006-12-11

ジム

 それにしても、友達と二人でするヨガとか一緒に行くジムって、どうしてこんなにも楽しい事なのか。 カフェに行くとかよりも、ジムだろ う。 一人でクールにワークアウトするのが好きな人も大勢いると思いますし、そういう人たちからすると二人連れ立ってストレッチしている人たちは硬派じゃ なくて駄目かもしれないんですが、でもこれから絶対にジムに友達と遊びに行くって流行ると思いますよ。 だって、本当に楽しいんだもの。 簡単に寄っていける ジムが増える事を祈る。 安くて一回ずつお金が払えてる気軽なジムがいっぱいあればプライベートの時間がもっと活性化するのになー。 


 夜、友達に旅行の笑い話をしていた。 ホリデーって最高。 ホリデーの中にまたホリデーが入れ子の様になっているこの日々は、本当に最高の日々。


 友達はみんな卒論で大変みたいだけど、頑張ってくれ。 終わったら、遊ぼうね。 遊びの話しばっかりするのって、食べ物の話しばっかりするように悪徳だと思うけど、これぐらいしかいえないわ。 卒論が書き終わったら私にいっぱい話しをして。 沢山聞きたい。

2006-12-10

音楽






 「ウチでちょっとリラックスした後に、パーティーに行って音楽を聞こうよ」って言われるって、最高なコトのうちの一つだと思わない? しかも、「夜泊まっていって次の日家で遊んだりジム行ってストレッチしたりしよう」なんて、もっと最高だよ。

 友達とちょっとたらっとした後に、横浜のちっさなバーで音楽を聞いた。 今回日本に帰って来てからこういう人が二十人も入ったらいっぱいって所で音楽を二回聞いたんだけど、両方とても良かった。 魔力がある。 (小劇場も良い、小さなバーやクラブのパフォーマンスも良い、なのに何故、小さな画廊の個展はたいていただしょぼいだけなのか。 なんで?) 

 音楽とそこまで人生を共におくっていない私は、心のある一部が干ばつ地帯みたいなもんなんだろうと思う。 リズムが始まった瞬間に「これだ! 雨がふってきた!」と干ばつ地帯の農民たちが、踊ったり歌ったりしている様子がまぶたの裏に見えるよ。 こういう必要なのは明らかなのに、自堕落だから行動していない事って多過ぎる。 きちんと自分の面倒をみるという意味で音楽を聞く必要があるんだと強く認識しました。 (韓国から帰る時に友人に真剣に「ちゃんと自分自身の面倒をみるんだよ」と言われて以来、本も読んでいるし、音楽も前よりかは聴いているし、ノートも持ち歩いていっぱい色々書いている。)


 帰り道、ミュージシャンの人たちが話している話の内容が全く分からなくて、感動した。 おお、ここにも未知の世界が。 デザイナーと比べるのもあほらしい話なんだけど、癖でいつもしちゃうんだ。 もし彼らの会話がデザイナーの会話だとしたらって思って聞くと、面白いし為になる。


 生の力が強い友人と一緒に時間を過ごしているんだけど、いやースゴい。 一回り年下のパートナーが出来ていた。 十代のゴージャスな娘がいて、二十代の私と遊んでいて、三十代のセクシーなパートナーがいる、四十代の女、音楽家。 ああー、良いなあ、こういう生々しさとかって一番良い。 こういう生々しさって工業デザインにはあんまりなくて、音楽にはあって、でもって、結構建築にもある気がする。 工業デザインって基本的に生の力を排除するからね。 そしてこの家は本当に有数の生活を愛するタイプの人間たちが住んでいる家で、壁は殆ど本棚になっていて(四階建ての家で壁中本棚ってスケールの素晴らしさ。)遊ぶには持ってこい。 私が本を読んだり、macで遊んだりしている間に、生の力がみなぎった友人はベースを弾いていて本当に良い時間。 しかも窓の外には川が見えるんだ。 川だよ、川。 川は良いよ。