2010-02-09

ウェディング




写真からは結婚式のケの字も伝わらないと思うけど、
友達の結婚式に行ってきた。









とりあえず楽しかったです。
これが一番結婚式らしい写真。
イエーイ。










何故そんなに結婚式らしくない結婚式だったかと言うと、
会場は新郎の実家の牧場だったから。
全ての事柄がなんだかこの広い空間に発散していってしまう。

あと、新婦がいなくて、二人とも新郎だったから。
やっぱ結婚式って男同士だと、
ぶりぶりラブリーな感じがないからね。

そしてそんな彼らは社会主義者で菜食主義者なのでスタンスとして質素。
そしてスタイルとしてグランジ。
良いアティチュードだ!









来た人達は好きな場所を見つけてキャンプ。
イギリスの寄宿舎も夏の間は結構みんな校庭でキャンプした。
大人になってもそれが出来てすごく嬉しかった。
でも私たちは何故か新郎の実家で寝室を与えてもらえた。





大概みんなで散歩したり、音楽を流して芝生の上でごろごろしながらシャンパンとかビールを飲んでいたんだけど、一応屋根がある地帯もあった。
強烈な日差しと暑さにくったりしたら、ここで涼んだ。
ナイス、大雑把感。





この牧場の横は国立公園で、そこには小川が流れている。
川の流れがゆっくりとしていて
水がたっぷりとたまっている地帯があるんだ。

乾杯をして、ちょっとしたスピーチとかがあった後に
泳ぎたい子たちで集まってそこで泳いだ。





新郎、彼の夫の母君の為に、
川の流れを塞き止め石橋を作る。






桃源郷みたいに綺麗なところだったよ。













こんな場所でワイシャツの子たちを見ると笑える。
みんな忍者のごときスピードでそれを脱ぎ、
どばーんと水に飛び込んだ。
すっごい、すっごい、すっごい、気持ちよかった!














とても幸せだった。
とてもとても幸せだった。
川で泳ぐの好き!










川からの帰り道の夕日がとても綺麗だった。


 今回のパーティーの主役だった、トムとマフューは一年ちょっと前に結婚をした。 だから今回は結婚式と銘打たれていたけど、ちょっとした時差があったのね。 彼らは結構長いこと一緒に住んで、法律的に家族になり、そして色々と落ち着いてから、自分の育った家で、新しい家族になった自分達の関係を、昔からの家族と友達の私達と一緒に祝い合った。 それって非常に美しい事だし、誠実な事な気がする。

 私がこう暮していこうと思う方法は、私と友達の間で、色んな大人や状況を観察しながらエスタブリッシュしていったものだと思う。 こうやって私達は先人たちの経験や知恵を吸収したり消化したりしているんだろう。

 あまりにも素敵な結婚式で、素敵な家族で、結構素直に「こうでなくっちゃ」って思った。 やっぱり一緒に育ったから、価値観近いんだよな。

 新しい家族を祝福したい! 二人とも親友な友達が、家族になっちゃったなんて、本当にワンダフルな話し。

 家に帰ってきたら、親友である瑞穂とリースから連絡が来た。 二人ともFacebookで写真を見て連絡をくれた。 リースはトム達を軽く知っているけど、そこまで知らない。 瑞穂はまだトム達に会った事が無い。 でもすっごい祝福をしてくれた。 これが私にとって本当に幸せな事だって分かってくれて、いっぱい一緒に喜んでくれた。 すっげー、ここでも親友のダイナミズムを感じたわ。 私の親友の祝い事を、ただ親友の親友であるってだけで、本当に喜んでくれる。 お前ら、本当に良い奴らだよ! 慶事だ〜〜!!

2010-01-30

蔡國強 泡美術館

 台湾の旅行記アゲイン。 今回の台湾旅行での揺るぎないメインイベントは蔡國強の回顧展に行った事。 すっごい面白かった。

 回顧展をやっているとは知らずに台湾に行き、不意打ちでポスターを見て皆で半狂乱になった。 おおかみーーーー!

 私はあまり蔡國強の作品を数見た事ない。 ちょこちょこと見た事がある程度。 越後妻有のドラゴンミュージアムが多分最初に見た彼の作品だな。 他に生の作品は見た事なかったかもしれない。

 そして2008年の彼のグッゲンハイムの個展I want to believeの本を読み、結構腰砕けに感動した。 そういえばその日、私は宇宙で一番好きだと思っていた男の子に失恋をして悲しんでいた。 壮絶な気持ちになりながら、蔡國強の爆発映像とかネットで探してみていたのね。 あはっ! 私、結構壮絶さがダイナミック! やっぱ爆発だよな。 私北京オリンピックの爆発も好きでした。







 台湾で行った小さなギャラリーにいたギャラリストに「世界で最も優れたアーティストの回顧展です。」と言われたのが印象深い。 「最も優れたアーティストのうちの一人」とかではなく、かなり限定された至高の存在として言われた。 すごい、その言葉遣いの勇気。 最近では見ないね、そういうの。 結構好きだった。










滲み加工がしてあるグラフィックスで、かっこよかった。






写真が取れる場所がメインホールの車の爆発達だけで、もうここでは人びとが狂喜乱舞して写真を撮りまくっていた。 私もご多分に漏れず写真撮影。 ゴージャズ。 もう、このあっけらかんな感じにやられる。 彼の作品は終止あっけらかんとしていて好きだった。 全部表に出ている感じなんだよね。 内側にも勿論深みがあるけど、でも外に出て、外で起こった出来事に重点が置かれている感じ。 爆発ってそういう事だ。







どっかーん! チカチカー!























バンバンバーン!








 内側は撮影禁止だった。 だから若干盗撮した。 ドキドキ…。 みんなしていた。 そして監視員のおばちゃんに激怒されていた。 それでも懲りずにみんなまたして、また激怒されていた。 すごかった。 展示内容よりもその激怒おばちゃん対観客の構図の方がすごかったとも言える。 それぐらいにみんな盗撮していた。 お国柄? それとも展覧会柄??
 
 このオオカミの作品はずっと見てみたかったから見れて嬉しかった。 もう、テーマもそのまんまなのよ。 ベルリンの壁が崩壊する時の様子を「勇敢なのか馬鹿なのか」ってこのオオカミで表現したらしいんだけど、本当にそうよねー。 もう、本当にあなたってあっけらかんとしているわぁと、ねちっこいむっつりスケベ文化圏出身の私達日本人チームは、そのあっけらかんさに皆で驚く。

 この作品と自分の中で強烈にリンクしている曲、Wolf Parade -I'll Believe In Anythingが頭に流れまくっていた。






この曲と、この作品に関しては、一ヶ月ぐらい前に記事を書いていたので、興味があれば読んでみて下さい。 すごい偶然でさ、これについて書いて、十日後に無邪気に台湾に行ったら、本物がたまたま回顧展で来ていたんだ。 素晴らしい偶然のパワーを楽しんだ。 私ラッキー!

 ほかの作品も全部見事に開けっぴろげで良かった。 むっつりスケベな私からすると若干物足りない気になってしまうぐらいに開けっぴろげだった。 ただ相手は数と規模で勝負してくるからね。 そこには圧倒させてもらったわ。 台湾で中華圏最強の作家の回顧展が見れてよかった! だって、感動も終わらぬままに小龍包とか食べにいけたもん。 イーハー!

鳥と龍

 夕ご飯をお弁当に詰めて、近所の海でピクニックをした。 こっちは今真夏なので夜の9時ぐらいまで明るい。 綺麗なシーズン。

 泳ぐ気満々で行ったんだけど、見事な引き潮でほとんど海無し。 私はまだこの満ち潮引き潮のメカニズムが理解できない。 水はどこに行ったの? 地球の裏側は水浸しなの???
 



普段ならこの写真の木の場所ぐらいまでたっぷり水があるのに。




小さな湾になっている海でとても美しい。
周りが国立公園になっていて、とてもいい環境。

家族連れが沢山いて、大人達はゴロゴロねっころがり、子供は水の中で遊ぶ。




私が今滞在しているエリアは、世界最大のポリネシア系住民のコミュニティーのある場所らしい。 それこそ、本当に島々以上の規模なんだそうだ。 ってことで、この海辺では沢山のポリネシア系の家族が過ごしていた。
ゴーギャンの世界。




拡大しないと見えないかもしれないけど、海辺に立つ一軒家。
理想の家。
将来はこういう所に住むぞ。


 さて渡り鳥のシーズンなのか、それとも散歩に出ていた鳥たちの帰宅の時間だったのか、何千羽という鳥がV字の形にフォーメーションを組み飛んできていた。 すごかった。 轟々音がした。

 これを写真に撮らないで何を写真に撮ると思ったのだけど、意外と難しかった。 








この写真もクリックして拡大しないと見えにくいかも。
 美しいフォーメーションを組んだ鳥の大群の姿はまるで龍だった。 その場にいた人達で「きっと龍ってこの事なんだ」と言い合った。 ゆらゆらと、たゆみながらも張りつめた動きをして、水平線と同じぐらいの長さでこっちに向かってきた。 先頭の鳥達は絶えず入れ替わり、その動きが鱗のようだった。

こういうのを見ながらご飯を食べるのも悪くない。

2010-01-29

お休み

 体調がすぐれない(ような気がする)ので連れ合いに無理矢理仕事を休まさせられる。 悪くなる前に一日休みを取りなさいって事らしい。 こっちは月曜日が国民の休日なので、これで4連休。 昨日は月一ぐらいでデザイナーがもらえる街をうろうろしてインスピレーションを探す日でオフィスに行かなかったので、精神的には5連休。

 私本当にこんなんで良いんだろうかとぐったりと落込む。 すっげー働いたり前進している人達がいる中で、だらだらだらだらと牛歩のごとく動く、大した成果も出していない給料泥棒ニアイコール我輩。 多分体調が悪いんだろう。 考えが暗くなる。 デザインがうまく進んでいない時に、こうやって休みを取ったりすると、まるで自分が現実逃避をしているような気になり落込む。 でもオフィスに行ったからって何かが進んだとも思えない。 ああっ、ブレイクスルーしたい。

 仕事は難しい。 本当になんでこんなに難しいんだと思うよ。 全く先が見えない。 何を作っているのかもよくわからない。 例え何かが出てきても、それが良い物なのかそうじゃないのかも分からない。 このままよくわからないうちに、なにも残さずに、何も作り出さず終わっていくんだろうか。 せめて何かは進んでいっているという実感が欲しい。 はぁ…、暗中模索…。

 今自分の中の閉塞感、強し。

 

悩む力

 成田で買った姜 尚中さんの「悩む力」を買っていて、それを昨日読んだ。

 なんか読後感の悪いまとまりの無い本に私には思えた。 私と結構違う感受性の人が書いた本とも言える。 「そうそう、そうなのよ!」とか「納得だわ」っていう感想を持ち続ける事で得れるハイな感じを必要とする本で

、終止自分の意見とか感覚と違うといっそ見事な他人に会ったような気になれてどっか気持ちがいいよ。

2010-01-27

うちの会社のインド人

 私が会社で一番好きな同僚は、インド人IT技師の男性だ。 彼は我が社を影で(半分表にも出ながら)支えてくれている。 大好きアルケッシュ!!! オフィスが違う彼とはIT関係の問題が起こらない限りあえないのが寂しいよ。 たまにSkypeでただ挨拶したりしている。

 そんな彼は奥さんと結婚当初にニュージーランドに引っ越してきた。 今は小さな王子様のような三歳の息子さんと幸せに暮らしている。

 当初かなりの額の借金をインドの家族にし、こっちに移住したんだって。

2010-01-26

メンター爺さん 二人目

 大学時代にもう一人強烈なお爺さんと出会った。

 ドイツ人の彼は、戦後バウハウスに泊まり込みでモダングラフィックデザインの研究をした生粋な人。 クレーが泊まっていた部屋に泊まっていたんだそうだ。

 ヨーガンという名前の彼は、本当に溶岩のようにホットでジュージューした感じの人で、言霊って本当にあるんじゃないかと思わず疑っちゃうような人だった。

 あっぱれな爺ちゃんで、いっつもものっすごく明るくて、ベタベタ人の事を触ってくる。 一回生徒の一人が「そんなに触らないで下さい。 触られるの苦手なんです。」と行った際に、「そうか、そうか悪かった」と言いながら彼の背中を撫でていた。 それぐらいに温かい人。 みんな最終的に大ファンになる。

 工業デザインが専攻だったので、グラフィックデザインは一学期しかやらなかったんだけど、今振り返っても彼が教えてくれた事は、全大学時代中でも際立っていて、本当に良い教師だった。

 彼の授業の課題は、洞窟壁画から今日の視覚芸術までを、一冊の歴史書にまとめる事だった。 文字の歴史や、媒体の歴史を美しくデザインするという、最高に楽しい授業。 完全にのめり込んだ。

 そんな彼は大学の近くの家に住んでいて、庭先で日光浴をしている彼を見ると、大きく手を振ってくれた。 「オーイ! これから家に帰るのか? 俺も今家にいる時間を楽しんでいるんだ。 これから奥さんが帰ってきたら、一緒に夕飯を食べてセックスして寝るんだー!」と朗らかに大声で叫ばれるから、「楽しんで下さいねー!!」とこっちも叫び返した。

 情熱的な老人は良い。 若者をワクワクさせてくれる。 こっちも楽しもうって思えるからね!

メンター爺さん 一人目

 私の教授、ピーターは私が最も尊敬しているプロダクトデザイナーの一人だ。 仕事っぷりも好きだし、人としても良いと思っている。 悪くない奴。 いつも息子のデザインした服を着ているおしゃれ爺さん。



*****

 彼のお父さんはグラフィックデザイナーだったんだけど、どうもそりが合わず(怖い人だったらしい)一緒に働いたりはしなかったんだそうだ。 だから彼自身が父親になった時に「子供たちに俺と働いても構わないって思ってもらえるような父親になろう」と決めたんだそうだ。

 結果息子は三人とも、すごく優秀なデザイナーになった。 そのうちの二人はプロダクトデザイナーになり、ピーターを自分たちのプロジェクトに誘ってくれた。

 彼らは一緒にLomakという身体障がい者用のキーボード/マウスをデザインした。 

 これはかなりのドリームプロジェクトだ。 大抵のプロダクトデザイナーの最終的な夢は、デザインの恩恵をえれていない/しかし実際は最も求めている人に、的確な形で物を提供する事だと思う。 しかし現実的にはユニバーサルデザイン(誰もが使えるデザイン)の実行は難しい。

 私はいつか一回は絶対に医療関係のデザインをやりたいので、この話がうらやましくてしょうがないんだ。 それは彼も同じでいつかは人が必要としている物を作りたいと思っていて、そして息子たちがチャンスをくれたのだ。 だから誘われた時はいろんな意味でとても嬉しかったそうだ。





 そしてやっぱ単純に良いプロダクトだから、数々の賞を受賞し、NYのMoMA(ニューヨーク近代美術館)で永久保存される事になった。 その時に先生がにこにこしながら「いつかはMoMAにって思ってたから嬉しい。 妻がすごい喜んだのも嬉しい。」と言っていた。 夫と息子が一気に殿堂入りしたんだから、奥さんにとってもすごいプレゼントだよね。

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 最近ピーターのお父さんが亡くなり、彼はお葬式に来てくれた人や、これなかった友達の為に、小さな三冊の本のセットをデザインした。 一冊は彼のお父さんの伝記がユーモラスに書かれた本。 次はお葬式で演奏した曲の歌詞と、朗読した詩の載っている本。 そしてもう一つは家族からの小さなサンキューカード。 お父さんが亡くなってから、ばたばたと作ったから、とても小さくて、薄い簡単に出来ている本達だったんだけど、びっくりする位に美しかった。

 ピーターはあまり物事の詳細を話さない。 いつも大雑把な事を言っている。 「家族を大切にしなさい」とか「パートナーに大切にされなさい」とか。 デザインに関係ない感じの事ばかりを言っている気がする。 でも彼の場合、結構直接的に関係している。 多分きっと、本当は誰の場合でもすごく直接的に仕事の質に関係しているんだ。

 彼のお父さんの伝記を読んだ時、移民一世だった家族の苦労話がユーモアたっぷりに語られていた。 地球の裏側に引っ越して、開拓民/移民として暮らしたっていう歴史があるから、彼はまず、最も尊い財産として家族や人間関係を認識しているのかもしれない。

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 自分と違う歴史をしょっている人と話す事で、自分の知らなかった世界の過去やそこからの果実を知る事が出来る。 私とピーターは結構何もかも違う。 年齢も性別も立場も背景も。 彼との師弟関係はお互いが違う立場でいる事の美しさや豊かさを教えてくれる。 本当にこれだけの差がある中で出会えてよかったと思うんだよね! 教わる事が沢山。

 ってことで、教師はちょっと変わっている位がちょうどいい人材な気がするの。