2008-03-22


MoMA, New York





同居人と「最近の文化の傾向ってのは一体あるのかね」と話していた。 かなり抽象的な話し。 「あるに決まってるだろうけど、ないような振りをしてあえて悩む」系のゲームだ。 「うーん、色に禁欲的? 時代時代の色ってのがあるけど、今回は白なんじゃないかなあ。 漂白とか、露光しすぎてしまった写真のような白が優勢的なのは珍しいんじゃない? 逆に今、色について新しい何かを語れたら勝てるかもね。」とかなんとか適当にコメントしあっていた。 

そうしたら今行われているMoMAのメイン展覧会のテーマが色だったってことが分かって笑えた。 やっぱみんな考えている事は同じか。 色。 色気。 色々。 色情。 色。 色が漂白されるってのは奇妙な奇妙な、とても奇妙な事なんだろうなと思う。






 そして、この男、リチャードセラ(Richard Serra)は相変わらず、本当に、心からの官能のため息を人につかせる為だけに産まれてきたんじゃないかと思わさせられる訳だ! くはあああ!!

2008-03-18

Dance









限りなく贅沢な男

 今、私は限りなく贅沢な男と暮している。 元々友達で、私が日本に帰っている間に私の部屋に住み着き、そのまま家の開いた部屋に移り、今は立派な同居人になっている。 毎度の事なんだけど、とても変わった人だ。 多分、世の中で出来る贅沢のうちで上位に入るだろう「青春の無駄遣い」を堂々とやっている。 

 建築科を中退し、哲学科も中退し、今は高級フレンチレストランでウェイトレスをしながら、アントワープに留学しようとしている。 今はファッションデザイナーになりたいんだって。 でも傍目から見ると全然努力していない。 「一応頑張っているんです」っていう言い訳を全くする気のないその贅沢さ。 私が夜中に彼の横で課題をやっていても、「僕は絶対に同情とかしないからまず期待しないでね」とキュウリをかじりながら言ってきたりする。 何たる事だ。 そして、真夜中に居間でジョイ ディヴィジョンとかWilliam Basinskiとかを大音量でとても良いスピーカーからガンガンならしている。 お兄ちゃん、君は一体何者なんだい? 音楽の趣味が妙に素晴らしくて、ギャングスタを流そうとも奇妙に空間を美しくする。 

 相変わらず私が大学から家に帰ると深夜を超えている事が多いんだけど、その度に手作りのピザやらとカクテルを共に何となく私を待っていて、二人でベランダに出て呑む。(昨日まではジンがあったんだけど、どうやら今日からはウィスキーのようだ。 辛いジンジャエールと共に頂く。) その間私は彼が音楽にあわせて踊っているのを見ていたり、「これのどこがどうすごいか!」ってのの永遠と続くスピーチを聞いている。 静かな声でうっとりと話すから結構のみこまれる。 たまにベッドの上にアントワープ系のファッションデザイナーの耽美な本を置いておいてくれる。 ランボーとか読んでくれる。 私が落ち込んでいると着物を着て家で待っていてくれる。 で、冗談が完全に子供で、三歳児みたいな事を言う。 お兄ちゃん! どこの世紀から来たの?! 

 一歳年上の私からするとまさに「可愛い奴め」目線であり、「この子、こんなに我が道行っちゃってて大丈夫なのかな」って心配にすらなる。 人ごとだから面白がっていられるし、とても可愛いと思っていられるけど、人ごとじゃなくなったら完全にヒヤヒヤもんな人だ。 友達も偏っているし少ないし、デューラーになりたいとか言い出すし、「可愛い」っていうフィルターだけが私の中の彼を支えていると言っても過言ではない。 「可愛い、可愛い、愛らしい、いじらしい、そんな感じの男だ」と言うのが我が家での常識になっている。 

 そんな彼が仕事が休みの時に大学に来たから、一緒に昼ご飯を食べた。 私のクラスメイトの女の子二人を交えて安いタイ料理屋に行った。 そうしたら彼がかっこよかった。 なんかきちんとした普通の人で、ちょっとかっこいい系の男の子に変身していた。 家でロマンティックな音楽を聞いて、乳首丸出しで踊りまくって、ちょっとでも目を離すと拗ねて、カクテルを作って待っている、あの可愛いけどお前大丈夫かっていう男じゃなかった。 クラスメイトはめろめろになっていた。 人間ってすごい。 変身するのね。 結構な驚きで、お姉さんは目を見張りました。 こうやって若い女性はだまされるのかと失礼ながらに思った。 家の中と外では男性は全く全く全く違う。 若い人よ、だまされるなかれ! 家の中の男性なんて可愛いだけで、甘やかされたくて、アテンションが欲しくて、そして何よりも愛情がただただ欲しい子犬のようなだけなのに、外に出ると、ワイルドぶるからね。 なんてこった。 人って本当に側面が多い。 うっとりだ。



2008-03-16

良くやった!

友人の個展が盛況の内に終わったそうだ。 良くやった、芸術家。 

誉めてやる。


分かってくれとは言わないが、奇妙に歪んだ時間を過ごしていたんだ。 

すっきりとしている今ははっきりとすっごく嬉しいよ! 
頑張ったね。 芸術家はいつでも夢を見せてくれる。 







関係ないけど、大昔の写真でも見て、懐かしがって涙ちょちょぎれて。 
사랑하고 있습니다!






もっともっと関係ないし内輪話だけど、本当にこの人ってよく寝てるよね。 写真の整理をしていたら、この人の寝顔だけで、写真集軽く一冊は作れるぐらい沢山写真があった。 どれだけ一緒に寝ていたんだって話しでもあるんだけど、いやー、美しい。 この人の寝顔ってなんでこんなに美しいんだろう。 「完璧じゃんか」と思わずつぶやいてしまったよ。 寝る子は育つ!



きゅうにきらきら





脳のつっかえが取れたのか、急にいろいろな物が面白い。 

実際のところ、面白がっていられるような状況じゃなくて、やらなくちゃいけないものがてんこ盛りのほとんどホラーな状態にもかかわらず、どうしてだろう! なんて面白いんだ、いろんなもの!

「本当はもっと評価されるべきだし、すっごいすっごい才能の持ち主なんじゃないのか」とおせっかいな事を考えてしまう人がいる。 そういう人はアンテナをあまり張っていない私にですら手に届く範疇で表現を行っているわけだから既にかなりエスタブリッシュされているんだけど、私はもっともっと評価されていてほしいの! その典型が平田オリザ。 すごいだろ、彼は。 どう考えてもすごいんじゃないのか? もっと、もっとその当然のすごさを認められるべきじゃないだろうかと今日一人で悶々と考えていた。

課題がやりたくなくて、googleでオリザのインタビューを読んでいて、心で涙。 なんて男なんだ平田オリザ。 日本にはオリザがいる。 特にこのアーティストインタヴューが良かった。 リンクから飛んでくれ。 読んでくれ。 

ART ITのデジタル版を読みながら、また一人で痺れていた。 世の中私が思っている程に悪くないんじゃないかと思えてきて、色彩が私の中に甦ってきたよ。 特集である「浮遊するジェネレーション」ってのは私があまり浮遊していないからか、So?って感じだったんだけど、それでも全体を貫く色を諦めていない審美さからは力強いものを感じて良かった。 頑張ろう、色彩。 

まだまだおもしろい物は死に絶えていなくて、呼吸は止まっていないのね。 勝手に止めていました。 息をひそめていました。 しかし、そんな必要はもうないのだ。 世の中を見回してみると蔡 國強がグッゲンハイムで大個展をやっているって話しじゃないか。 見たい! ほら、全然止まってなかったんじゃん。 しかも個展のサブタイトルが"I want to believe"ってのにやられた。 私だって信じたい。 私だって信じたい! 素晴らしいタイトルだと思います。 蔡さん、底力が違いすぎる。 そして、また彼の公式サイトが素敵なんだ。 みんな、良い子だから見て。
 

2008-03-15

心理的な距離の調節

プレゼン

 プレゼン前夜、十一時過ぎ頃の学校はこんな感じです。 ギラギラしとります。







今回の私たちは三面の壁に映像を投影するのだ。




そして、みんなでかき集めたスピーカーを部屋中にかくして、いろいろな所から音を流す。





なんだか技術力が必要なプレゼンに聞こえるんだけど、
きちんと作った音声データをipodに落としているから
最後は人力。
いかに一斉に再生ボタンを押せるのかが問題なのね。
結構練習した。




十二時ぐらいにはぐったり。








最後に、ちょっと恥ずかしい話し。



仕事を振り分けたり時間の管理をするのが得意なのでそういう事をしていた。 というかね、誰もそういう事をやってくれなかったからやったって意味でもあるのよ! そうしたら結果的に自分の仕事がなくなってしまった。 みんなの仕事のこぼれた所や、誰かが休憩に入る時に代役での仕事などをこなしていたのでいたので仕事はしていたんだけどね。 そういう人がいないと誰も休憩がとれなくなるし、効率悪いじゃん。

チーム用に壁に貼っていたメモで、自分の欄を空白にしていたら、友達に私の仕事はlook coolと書かれてしまった。 私はすかしているだけなのか?! 少しだけチームメートからの愛を疑いつつも結構笑えた。
 でもlook coolとかStay coolって良い言葉だよなと思う。 誰かはちょっとだけすかしていて、チームメートが心地よく働けるように冷静にやるってのも大切だと思うのよ。 まあ、クールでいるってのは良い事だ。

プレゼン

 プレゼン前夜、十一時過ぎ頃の学校はこんな感じです。 ギラギラしとります。

やるっきゃない

 新しい課題で家具を作る。 素材はきまっていて、タイヤと台座。 これがどう家具になるのか。

こういうのは出だしに遊んだ方が良い。 とりあえず関わるしかない。 って事で、友達とひたすらこれを使って遊んだ。 




どーん。




だーん。





一応飛んだ。 




お互いがお互いにむしゃくしゃしていたので喧嘩をした。 
なんだかこの日はこの友人に対して暴力的な感情しか湧かなかった。 かわいそうに。





私は勝つまで喧嘩はやめません。






すっきりした気持ちで作業を始めたら、友達に射たれた。

ピクニック





 案ずるより産むが易しな経験をた。 この杞憂ってのは、意外なほど日常にちりばめられていて一日にスケールは違えど何回も繰り返されます。 ただ今回のは、かなり案じていて、怖かったから、本当に産むが易しで驚いた。 私はオブセッショナルな性格で、不条理だとか不必要だとわかっていながらも一つのことしか考えられなくなることがよくある。


 情けないことに私の日常はオブセッションと、そうじゃない素敵な物たちだけで成り立っていたりするのよ。 特にこの半年は一人の方への感情がどえらいことになっていて、例え話じゃなく「寝ても覚めても」だった。 ほかの事なんてどうでも良かったんだよね!!! そして、終わってみたらすっきりした。 深く関わらないと、分からない事ってある。 実りが何かと考えると、勿論「得たかった」とかそういう方向に考えてしまうけれども、でも得れなかったとしても、「得れなかった」という経験を得た訳で、非常に不思議な事だと思う。 私は「私が何かを経験する」という事に奇妙な程に感動している。 今は何よりも自分が何かを経験しているという、生きている実感を歓んでいる。 変な話しなんだけど、そんな感じ。 


 友達にぽろりと「欲しかったのに手に入らなかったよ。」と言ったら、みんなの反応が素晴らしかった。 「自由を歓べ!」「良い経験だ!」「美しいじゃないか!」「芸の肥やしだ!」のノリで、びっくりした。 みんな、ポジティブなの。 本当に、こんなにポジティブな言葉ばかりをかけられた経験って無いかも。


 つきものも落ちたので、長い間放置していた友人たちとピクニックをしてきた。 風力発電を眺めながらビールでも飲もうよっていうピクニックで、非常に良かった。 きっと良い事がある!


















 絶景でした。