2007-06-01

最近の遊び3



風船に入れてみよう。 しかし、痛いぞ! 冷たいぞ! 風船がどんどん凍るし、難しい。 体勢が恐ろしく奇妙だったので、手伝うはずの私は涙が出るまで笑ってしまった。



三分ぐらい友人とあたふたした後に、そうだ、座って軍手をして、ゆっくりとやれば良いのだと気がつきました。



で、水を入れると、どんどん膨らむ!



だーん!




きれいだった。

最近の遊び2



私の棚に、見慣れない物がおいてあった。



白い変な物。


 
ドライアイスだ!


最近の遊び

電気を流して鉄に銅をくっつける遊びをした。

電流を流すぞ。 


このカップの中に銅の粉を入れて、


電気を流して、

焦げちまった!

だから、抵抗をいっぱい間に入れてみた。
この白い箱は全部抵抗。 どうして私たちは電池とかを使うって発想を持たず、わざわざモーター用のトランスフォーマーを使っていたのか不思議でなわないわ。






でも、

2007-05-31

来る者拒まず、去る者追わず

こんな言葉があったのねと驚いたのが「来る者拒まず、去る者追わず」。
知らなかった考え方に出会うと、世界は広いと思わさせられる。

私もそうでありたいと思った、来る者を拒み、去る者を追う冬の夜。

かけがえのない物事はなんなのかと、今考えている。

「かけがえの無い行為です」とある人が言った時、それを聞いた私は様々な領域をこえて世界を感じて、そして魂が震えた。 それ以来、結構日常の節々でその事を考える。 

別にかけがえのない存在がある事にファンタジーを持っている訳ではなく、ただ知っているから考えてしまう。久しぶりに、炭のような気分になって、ちょっと面白かった。

2007-05-30

暇つぶし

電気を流して銅を他の鉄にくっつける遊びをした。

こういう

負ける気がしねえ

面白かった。

負ける気がしねえ!






2007-05-23

なんてこった

今日家で、スムーズだよなあと感心していた。 

何がスムーズかというと、この家自体のことなんだけど、もめ事もほぼ無く、幸せな状態でずっとある。 大学一年生の時と比べると、信じられないぐらいにスムーズ。 その時にも一緒に住んでいた子との事とかを思い出しながら、「お互いに成長したなあ」としみじみとした。 二人とも、親元を離れて、違う町で頑張ってきたのね的な気持ちが湧いてきたりしたのよ。

で、ふと数秒後に気がついたのは、この家の平和をかなりの面で担っているのは今回初めて実家以外で住んでいるケレン君(ほぼ全ての実務担当)であると言う事と、もっと恐ろしい事に、私は何となくみんなと同じステージだと思い込んでいたけど、すでに実家を出て十二年目の”その道のプロ”であるという事だ。 なんてこった! 私は十二年間かけて、人と一緒に生活して行く事を学んでいたのにも関わらず、結構にuselessだぞ。 「っむ、向き不向きがあるのね」と一人で納得してみたけれども、恐ろしい事実ですよ。 私はuselessだ! かなり幸せだった相原の生活も、考えてみりゃ歩ちゃんがしっかりしていたから出来ていたようなもんで、彼女だって他人と一緒に暮らすのはその時が初めてだった。 

親には言いにくいけど、彼らが仕込んだ「しっかりした子供を育てる」大作戦は、あまり機能していないのではないか? 寄宿舎とかじゃなくて、単純にボーイスカウトとかでも十分だったんじゃないか? それともこれだけの時間を費やしてもこれだけにしかなれないってことは、いっそやって良かった?

十二年目にして気がついたとんでもない事実でございます。 そんなに広くないこの家で、既に五足の靴下のかたっぽを無くしている私はただただ恐れおののいてしまった…。 

休日になる度に自分で自分をエンターテインできないから、ふがふが言ってドライブに連れて行ってもらったり遊んでもらっているのとか、ちょっとおかしい?! 私は一人で丘の上で瞑想をしながら心の充実を感じるべき? それとも組織を組んで、若者らしくボランティアでもするべきか?

ちょっと私自身の人生に疑問を感じてしまったわ。


追記

昔の私は一体どんな人間だったんだろうかと3003年頃に書いていたブログを読み返した。 遊びとパーティーの話しばっか。 あったま軽いんだなあ。

2007-05-22

夢

ある人に電話をする夢を見た。

たまたま電話を見ている時にかかってきたと、着信音が一回も鳴らない状態で電話に出られた。

「今緑色のTシャツの襟を直してた」と「もしもし」とも「どうした?」とも言わず、私が電話の呼び出しボタンを押した0.1秒後に言われた。

「何やってんの?」と聞こうと思ってわくわくと構えていたから、すっごい嬉しかった。


興奮しすぎて目が覚めた。
遊びに行こうと誘おうと思っていたのに、なんだよ、目が覚めちゃったよ。 でも面白すぎて、かなりわくわく。 

「そうだ!あの人に電話をかけよう。 遊びに行こうと誘おう。」と思いついた瞬間ってのは、私の人生の中での素晴らしいかけがえのない時で、数分先の未来が楽しみで仕方なくて、勿論、だから電話をかける時も楽しくって仕方がない。




そんな自分にびっくりした。 とても嬉しかったし、何よりも、こんな簡単な事が私にとって大切なのかと改めて私を知った気がした。 思わず枕元にあった携帯を握って、友人たちに「すっごい夢を見たから、昼間に話すね!」とテキストをして、そして急いでメモを書いた。
上の文章はその時に書かれたメモなんだけど、今読み返しても、そんな瞬間が私の日常に訪れるという事が不思議だと思う。 実は一ヶ月以上前におこったことなので、今偶然そのメモを見るまで忘れていたんだけど、そうか。 そうなのね。 そうだったのねと一人で心しみいる気持ちにでございます。 寝ぼけ眼で「素晴らしくかけがえのない」とかって書いちゃうのね私はと、打ち上げ花火でもあげたい気持ちになるよ。 夢から目が覚めちゃうような興奮があるものなのですね。 不安で眠れなくなる事はたびたびあるけれども、嬉しくって目が覚めちゃった事は産まれて初めてで、今思い出しても、結構ドキドキするわ。

2007-05-21

徹夜になるのは分かっていた

ただ今朝の五時です。
全ての運を私のプリンターに託しながら、こうやって隙間隙間でブログを更新です。

自分のプリンターで印刷している時ってもういてもたってもいられないよね。 だって、何かがあったときにブレームする相手がいないもの。 あっはっは。

ああ、眠い。

こうなることは火を見るよりも明らかだったんだ。 そして徹夜は嫌いだ。

でも、昼間は「今やるぐらいなら徹夜してやりゃあ良いや」と心のどこかで思っていたりするのよ。 変だよね。 人間って変だぁ。 嗚呼、眠い!

そろそろ、同居人が起き始めるよ。 きっと、もうすぐ彼らは起きて、まるで昨日と今日は繋がっていなかったかのごとく振る舞うんだ。 そんな事ないのにね。 樹脂でがっちり固められたかのごとくすべての時間はくっついているんだよ! 

「きっと二人であたふたな日曜日の夜になるんだろうなあ」とお互いきっちりと分かっているのに映画マラソンとかをしてしまった、私の盟友は、今三十分間だけ寝ると宣言して去って行きました。 MSNから…。

二人とも今日は家で作業をしているので、連絡を取り合う為にわざわざMSNメッセンジャーをダウンロードし「おい、お前おわったか?」と頼りあってみた。 ちょっと昔の人みたいな感じで楽しかった。

去年、この状態だったら本当に焦っていただろうけど、今は焦ってすらいない。 
不思議だねえ。


さて、私はここまで書いて、こんな事やっている場合じゃないと必死こいてごちゃごちゃやって、今プレゼンもレクチャーも終わり、元気にやっております。 手の甲に血管が浮いています。 

2007-05-19

映画マラソン

授業が終わった後に、友達とカフェに直行した。 

Deleuze and GattariのA thousand Plateausを読む為の準備として読んでいたFredric JamesonのPostmodernism and Consumer societyとJean BaudrillardのThe Ecstasy of Communicationについてのディスカッションをやったばっかだったから、結構興奮していて、二人でわきゃーってなりながら、強いコーヒーを飲んだ。 

この学期は週が金曜の夜のディスカッションのクラスで終わるからなかなか良い。 そのまま、カフェに行っていっぱい話しても、明日の作業への時間圧がないからね。 

で、「金曜日じゃん! これからどうしよう?」って相談をいつも結構真剣にするんだけど、今週は私の家でヴォッカを呑みながら料理をして、星が見えるから天体望遠鏡で遊ぼうぜって事になった。 だから他のディスカッションのグループにいた子たちが少し遅れて合流してきた後に、私たちはそのプランをプロポーズしたんだけど、「いや、外国からわざわざ送ってきてもらった合法ドラッグが我が家に到着したから、それを吸いながらだらだらするって決めているんだ。 お前らもフィッシュアンドチップスを買ってきて、一緒にやろうぜ。」と誘われる。

とりあえず一回カフェで解散した後に、「あんまりやりたくないよね。 とりあえず映画でも見てこようか。」と元々一緒にいた友人と適当に入った映画館でパンズラビリンスを見た。

期待も無く、きっと子供だましだろうと思ってみたんだけど、とても面白かった! 日常的に好きなタイプの映画じゃないんだけど、とってもとっても面白かった! 私はびびりだから、椅子の上でのけぞりかえって、じたばたじたばたして、最後はもうもだえ苦しんだんだけど、映画としてはとても面白かった。 コンパクトに良くまとまった映画だと思う。 たまたまディスカッションの最中に「拷問」という言葉が言葉として伝えられる事は、経験とは重なり合わないだろうという話しが出ていたんだけど、結構その事とかを考えた。 暴力とか流血とか痛めつけられた身体とかを生々しくそのまんまに映した映画なんだけど、考えてみたらこんなに人体が暴力によって変形していくプロセスを見たのは初めてで、ちっと頭にガツンときた。

良い映画を見ちゃったから余計に合法ドラッグとかをやってソファーの上でぼーっとするのがアホらしくなり一応彼らの家に行ったんだけど、やっぱり私の家で遊ぼうとまた移動した。 なんかそういうしみったれた文化には魅力を感じない。 本当に感じない! 

家でヴォッカを呑みながらBlow up(欲望)と2001: A Space Odysseyを見た。 眠ったり起きたりを繰り返しながらうとうととやっていたら、非常に楽しかったね。 ただソファーの上でらりっているのより、美味しいお酒を呑んでベットの上でこうやって映画を見ている方が絶対に絶対に良いよ。 あいつらださすぎるよ。

さて、Blow upなんですが、無茶苦茶面白かった。 なぜか親に見る事を禁止されていたので、この年まで見た事がなかったんだけど、なんで禁止されていたのかが全く分からん。 凄く良い映画じゃないか。 一緒に見た子は「面白いと言えば面白いけど、全部のアスペクトで面白いとは言えない。 全体的には退屈だ」と言放ったけど、私は全体的に素晴らしく上質な映画だと思っているんですが、これはどういう事でしょうか。(私の誉癖のせいで、「あんなならamazingって言うね」っていうのが略されてannamazingというフレーズが日常的に使われています。 そしてそれは大抵「まあ、良いんじゃない?」ってレベルの物に使われている。 ひどい! 理由も無く誉めている訳じゃないのに! 一応リファレンスはあるんだ!)

2001: A Space Odysseyはほとんど無心の状態になって見てしまった。 寝ても起きても永遠と続く映画2001: A Space Odyssey。 友人もほとんど寝ぼけていて、二人で訳が分からない感じになりつつ見た。 夜中にずっとベットから落ちそうになって、「なんでこいつはこんなに押してくるんだ?!」とちっとうなされたんだけど、相手は回転する塔のようなスーパーマッケットでタスクをこなさなきゃいけないっていうとんちんかんな夢にうなされていたらしい。 

朝ご飯にパンケーキを焼いて、いっぱい食べて、街をゆっくり散歩しながら大学に来て、今から仕事。 思い込みの力を借りようと、月曜日提出の課題が日曜日に提出なのだと己を洗脳しようとしている。 頑張れ、私! でも、今晩も映画マラソンしたいな。