2010-04-09

秋に入ってきた

Malcolm McLaren

うちの会社のCEOが朝からずっと、 Malcolm McLareの死についてtwitterしまくっている。 CEO、ポストパンク世代だから聖者が亡くなったような心境なんだろうなあ。 泣ける。




"It is better to be a flamboyant failure than
any kind of benign success"

Malcolm McLaren



FUCK YEAH!

殺気立ったパンツ野郎

 うちの同居人の1人は終止殺気立っている。 

PIXELS

仕事のため、5000万円規模の結婚式を調査していたら
やっぱり象が出てきた。

そこまで金払ったんなら、象に会場まで運んでもらいたいわな。

そりゃそうだ。

不景気って関係ない人には関係ないのねー。

私ならそのお金で家買うなって思うけど、
結婚式にそんなにお金を使う人は家なんてもう既に何個も持ってるんだろう。

2010-04-08

ナイーブさ

 私の今いる会社は結婚関係市場と、写真市場と、出版製本市場をまたいで仕事をしている。

 写真は別に興味が無い訳じゃない。 出版製本はとても興味がある。 ただ、結婚関係は全く興味がなかった。 会社に入るまで結婚式って何なのかもよく知らなかった。 

 結構ゆるい環境で育ったので幸か不幸か「俗にいう’結婚’という選択をする人が現代にまだいる。」という事も実感無く育った。 だからそういう文化があると知った時にはたまげた@職場。 よく就職できたよなと思う。 

 やっと最近になって弱冠カルチャーショックが消化できてきて、「そういう人達もいる」と思えるようになってきた。 そして彼らの文化の中に尊敬する面や価値があると思える事柄が見え始めてきた。 多分私は偏見を持っていたんだと思う。 だからこういうチャンスがあってよかった。 世の中いろんな人がいるんだなあと知る事が出来る経験であります。 私の高慢さと傲慢さを緩めるチャンス到来。

 世界中にクライアントがいる会社なので、それこそ本当に世界中の結婚式に関するデザインをしたりしている。

 この側面は実に面白い! お国柄、人種柄、民族柄が出まくっている。 私今計らずとも結構色んな結婚式の作法/伝統に詳しい。 多分色んな民族の結婚式にスムーズに出席できる。

 また予算かけまくった結婚式のトレンドにも若干詳しい(はず)。 最近じゃ、自分が実際やるかやらないかは別にして「これ私の好み/これが私の夢の結婚式」ってのまで出てきた。 環境が人を作るね。 こんな意見を自分が持つようになるなんて想像もした事無かった。

 まず写真家はブリスベン在住の、Jonas Petersonさんが良い。 この人の撮る結婚式の記録写真のかわいらしさが好きだ。 Petersonさんはまだ駆け出しの結婚関係の写真家なんだけど、スタイルがはっきりとある写真を撮るのですでに大人気。 仕事のインスピレーションになるのでいつも彼のブログをチェックしている。

 彼が撮影してきた結婚式の中でも、特に綺麗だなあと思っているのが、{joost & kirsty} ~ wedding ~ berryの結婚式。 ロマンティックすぎる感じもするけど、でも良い質感。

 

画像をクリックすると、写真家のサイトに飛べるので、是非彼のサイトで大きな画像で見てみて。





 あと、この彼が撮影したニュージーランドでの大自然結婚式も良い。


Neda + Sati "A Marriage of Two Cultures" from Cherish Films on Vimeo.


最近は結婚式をビデオで記録する人達も多い。 ペルシャ系とインド系の二人の結婚式のビデオ。 珍しい組み合わせのカップル。 彼らの結婚式のビデオをアメリカのCherish Filmsって会社が作製した。 アメリカとページャンとインディアンのお祝いの仕方が一気に見えて美しい。 なんと、これがこの会社の初めてのプロジェクト。 元々は広告業界にいた人が、人の幸せとか記憶に直接関係する仕事がしたいと言う事で起業したそうです。 上手。 不覚にも涙。

確かにこうやって人の人生の憶えておきたい、とどめておきたい瞬間を記録する仕事は素敵だ。 そして多くの人にとって、結婚式ってそういう日なんだろう。

勿論、結婚式以外でも人生にはそういう日が沢山ある。 日々の営みにはそういう美しさが溢れている。 自分の喜びを他の人に伝えたいと思える人生はとても幸運だ。 私たちはそれを通じて豊かになっていく。

だから、結婚式とかも悪くないかもね。 大きな、大きなお祝いを人とする事は、そりゃあ楽しいだろうと思う! ポジティブにいよう。 産業としてみてしまうと、シニカルになっちゃうから。 人の営みとして考えたら、結婚式ってラブリーだわ。

一面だけを見て否定するのは簡単で、そういう子供っぽさから、奥にある温かさや実際の人々の動機や良心は簡単に消されてしまう。 こうやって私がナイーブに否定しているうちは自由じゃないんだよなあと反省した。 「値段は知っているけど価値を知らない」っていう人になりたくないので。

メジャーな就職動機にはならないと思うけど、こうやって自分が全く興味なかった産業に入ってみるってのも、面白いよなと思う。 少なくとも謙虚になる。 キャリアにどう繋がるかは分からないけど、人間としては成長する。

2010-04-07

 日本では「税金」とはお上に吸い上げられるお金で、二度と自分には戻ってこないものっていう封建制度的な意識があるんだと思う。 納税が市場で行うのとは別の形の投資及び消費っていう気はあんまりしない。 もっと、なんというか、老害への募金?っていう程度の感じなんじゃないだろうか。 少なくとも家の親を見ているとその程度な感じだぞ。 年間にいくら納税しているのかは分からないけど、その額と見合った価値のあるリターンを得ようっていうアグレッシブさは感じない。 自分が現金を動かしてやる市場での直接消費への熱心さの半分位を、公共の金へのガバナンス欲にまわしたら結構良い社会になるんじゃないかと思うよ。 少なくとも民間/消費活動で問題解決をしようっていう方法からは若干解放されそう。

ゆるやかなつながり

 日本で、’つながり’ってのがイシューになっているみたいだね。 無縁であるとか、孤独であるとかってのがクローズアップされているのね。 それでシェアハウスとかかがクローズアップされてるのね。 NHKスペシャルで「無縁社会」として報道された事からの影響なのかな? 私もその番組はNZで見て、胸が痛くなった。

 確かに、日本は「1人」っていう単位が多いかもしれないと思う。 一人一人を徹底的な消費者にする事で国が栄えたっていう流れがあるからだろう。 白物家電でも家具でも、食品でも不動産でも、何でもかんでも家族単位じゃなくて、一人単位に消費してもらったら市場が一気に広がる。 そうやって市場を拡大させる事で、どんどんと人とのつながりを、ときほどいてしまったんだろう。 それで若者の一人暮らしっていう不思議な文化が出来上がったんだろうね。 まあそうやって経済を発展させようと思ったのは、結構クレバーだよなとは思うよ。 その方法が社会を疲弊させた気がするけど。

 Anyway, 日本と比べてニュージーランドはある面においては、結構人と人が親密な国なのかもしれないと思う。 移民の国だからやっぱり一族郎党のタッグの組み方がすごいし、ヨーロッパ系の人口が多いからカップル文化も強い。

 単純に多くの人達は他者と暮らしているし、インターネットでも大抵顔出しだし、結構いろんな事で人間同士なんだから何とかなるって事で本人同士が直接交渉をする。 そういう事が出来る程度には社会に対して安心感があるし、他者に対して肯定感がある。 いざとなったら、ソーシャルワーカーとか、そういう行政が用意している調整役の人達に相談すれば良いっていう態度がある。 みんなそうやって節約をしたりして、時間を作っては旅行に行ったりしている。

 そもそも社会そのものに一人暮らしし用の商品がそもそもそんなに無い。 またNZ人の共通認識として、「賃貸の家賃はどぶに捨てているもの」ってのがあると思う。 なんか払いたくないのだ。 別に自分の銭使って大家さんを豊かにしてあげたい程大家さん好きじゃないし、プライバシーも重視しないのだ。

 確かに夜居場所がある事、荷物をおいておける場所があるのは素晴らしいが、なんかそれでも賃貸の家賃のノーリターンっぷりには腹が立つ。 出来るならば頭金をとっとと貯めて、小さなアパートなんかを買って、自分が日常的に払っている家賃位の額づつでローンを返済しつつ、住宅の値段が上がっているときに売って、若干儲けて、もっと大きな家に引っ越していきたいっていう欲望がある。 (実際もうすでに結婚していたりするような保守的な26歳位の子だと既に、二軒目の購入した家を持っていたりする。) なんか賃貸にお金を払うってのが生理的に苦手な国民たちなのだと思う。 実際私も影響されていてそうだ。 投資にならないのならば、大きな額は払いたくない。

 おおっと、お金の話で、”つながり”っていうイシューとかと離れていってしまった。 
 
 ええっと、多分多くのニュージーランド人はそこまで無縁じゃない。 ニュージーランド人全員に会った事が無いから、言い切れないけど、私の会ってきた多くのニュージーランド人は大概回りに人がいた。

 そしてそういうのを見ていると結構こういうのって親の努力なんだなあと見ていて思う。

 例えばヨーロッパ系の子たちの場合、大抵ファミリーフレンズがいる。 家族単位で友達の家族だ。 大抵が親がカップルだった頃、カップル同士の友達として友情が始まり、お互いに子供が産まれたら”幼なじみ”や、”学校以外の場所での友達”として小さいときから頻繁に遊ばせてそうなるみたい。

 子供も、大人側にかなりなついている場合が多い。 私の多くの友人の実家にもそういう家族単位での友達が何軒かある。 何かあるとそのうちの親の誰かに相談やら質問やらをするため電話をかけているし、子供同士も仲が良くて、初めて実家を出る際も、そのうちの同い年ぐらいの子たち一軒家を借りて共同生活を初めていた。 子供たちが就職活動で使う履歴書の採点とか、親たちのたらい回しでやっていたし、こっちは推薦人や保証人が必要な場合が多いんだけど、彼らがなる場合が多い。

 子供が小さいときはみんなが集まるような企画は親がたてなきゃいけないし、よそのうちの子供みんなの誕生日を思い出してカード送るのも大変だろうし、これは親の努力なんだなと見ていて思う。 でも基本的には”楽しさ”によって結ばれる絆(夏休みの旅行や、バーベキュー、お泊まり会、親同士の助け合い)だから、とても楽しそう。

 またそれ以外にも、子供が産まれた際には大抵ゴッドペアレンツを、一人一人の子供につける。 大抵男女(この二人は夫婦じゃなくても良い)1人ずつが、一人の子につく。 これは元々はキリスト教の習慣なんだけど、今は無宗教の人でも持っている。 もし実の親に何かが会ったときに頼る相手がゴッドペアレンツだ。 また思春期やらで親と上手く行っていないときなんかにサポートする役割でもある。 そして大概ゴッドペアレンツの実の子と、自分は何となく従兄弟みたいな感じで仲良く育てる。 兄妹みんなで違うゴッドペアレンツを持てるのがミソだよなと思う。 家族から若干逃げ出したいときに、比較的遠めで、でも概念的にはとても親密な、自分用の大人がいてくれるってのは大きな支えだと思う。 

 ポリネシア系の人達はまず家族感が全然違って、ものすごく包摂的だ。 単位もでかいし。 母親の女姉妹みんなを「お母さん」って呼ぶようなタイプの人達なのだ。
 
 マオリも、独特の共同体の組み方がある。 彼らもすごくファミリーオリエンテッド。

 それはインド人コミュニティーしかり。 彼らも、端から見ていると、ものっすごく仲良さそうだ。 この間インド人の友人のお母さんが亡くなったんだけど、本当に、そのとき、強い一族の絆ってこういう事かっていうのを本当に見せてもらった。 華僑の人たちは言わずもがなだ。

 キリスト教の人達は、教会が一緒の人達ととても親密だ。

 移民の国だからかもしれないけど、結構そういう感じで人と人のつながりが強い環境があると思う。 勿論そこからもあぶれてしまう人はいるけど…。

 でも結構見ていてインスピレーショナルだなと思う。

御犬様天国

私の家の近所には犬が沢山いる!

数軒先に住んでいる白いもじゃ子ちゃんは私のお気に入り。

家の前を通るとご機嫌に飛び出してくる。

ひとしきり挨拶した後、すちゃっとお家の中に帰っていく姿も凛々しい。
ナイス ドッグ!














裏の家の犬、ラルフも良い。 連れ合いがいつも彼の行動にギャングスタな当てレコをつけるので、私の中の彼は、ふわふわで白くて小さいけど、結構マジでハスラなクールガイ。





ちっちゃいから、すぐそばにいるまで気がつかない。 
気がついたときは真横にいたりする。
キューン!






大抵家の夕飯がおいしそうな匂いをしているとき、「イヨ、ワザップ!」って表敬訪問してくれる。 どうやら粉もの系がお好きらしくピザとか焼くと来る。 ギャングスタに関西人要素が混ざっているのだろうか。







物をよく落とす彼の足下でうろうろしてみたりして、愛想やらを振りまいた後、飽きたら去っていく。
そんなところも好きだ。 ああ、犬!






ああ、ああ。 むね、しめつけられる。

2010-04-06

キャラメル色の部屋

休日はいつも自分がいられない時間に、
自分の部屋にいられるのが良い。

い つもは会社にいる時間に、
自分の部屋がキャラメル色になっていると知った。

仕事をやめて家にずっといたくなった。

この家は同居人達が必至こいて探してきた
ヴィクトリア期のヴィラ。
建物自体が骨董品って感じのやつ。
同居人のうち二人は建築家なんだけど、
彼らは私よりもこの家に恋に落ちている。

私は新しい建築よりも古いやつの方が好きだ。
なんか今日から解放される。

デザインの仕事をしていると、
もう今日とか明日とかで頭がいっぱいになってしまう。
多分建築家の彼らもそうなんだろう。

ちょっと違う時代の、
今では作られないだろう方法で作られた場所に帰ってくると、
「オルタナティブはまだまだ沢山あるはずだ!」って勇気が湧いてくる。

またこの家はすごくよくメンテナンスされていていまだに綺麗。
住んでいて楽しい家。
一体何人の人達がこの家に住んできたんだろうか。

現代の建築よりも天上が高くて、
装飾もすごい。
今度装飾の写真も取ってアップするわ。









冬になっていくのは寂しいけど、
この暖炉を使うのは楽しみ。





それにしても!!
私、寝室とスタディーが同じ部屋なの本当にやだっ!
だって絶対に片付かないんだもん。
しかも音楽家とデザイナーが同時に作業するわけなので…、
その乱れっぷりたるや、色、音、形、全てでどっかん。
嗚呼、もう、片付ける気なんて湧きゃしない。

これまではっきりと分ける為に
二部屋借りていたから
いまだにすべてが一部屋にあるのが堪え難い。
寝る部屋と、考えたり作業したりする部屋が一緒なのは、
なんか落ち着かん…。

次の家ではまた二部屋借りようと思う。