急な用事があって3日間日本に帰ってきた。
日本に帰れると知った日から、ものすごーーーく楽しみだった。
そして帰ってきてみたらも、ものすごーーーく楽しかった。
赤ちゃんに会ったり、古い友達と遊んだり、とても素敵な週末になった。
こういう週末にぽろっと旅行に行くって好きだ。
久しぶりな友人に会うと、「あんなはこれからどこに住むの? 日本には帰ってくるの?」と聞かれることが多い。 自分でもわからないことだから、「わかんない」としか答えられない。
理想を考えるときりがない。 例えばどんな国からも、簡単に就労ビザがおりるぐらいの実力を持てたらどれだけ素敵だろう。 何カ国か住めたら、そこで仕事ができたら、それは本当に素敵な幸運だよなと思う。 でもそのためにはものすごい能力と技術と行動力がいる。 それは今の私は持ち合わせていない。
また30すぎぐらいには自分の会社を持ちたいなと考えている。 何の会社なのか、どんな商売をするのか、そうやるのか、そういうのを見定めるために20代は使いたい。 そのためには、後何カ所かで働いて、いろんな産業下で就労経験を積みたい。
どう考えても今は修行のとき。 まさにジュニアデザイナー。
もう26歳なので、考えてみるとジュニアで修行ができるのは後数年しかない。 そして何となく今のところはこのジュニアの時期は日本に帰らないだろうと思っている。
日本で働くのはとても忙しそう。 簡単に数年すぎてしまうだろう。 また日本での就労体験が他の地域でも使えるものかと考えると、特にそうでもないような気がするんだよね。 それに将来自分が日本の中の市場に向けて仕事をしたいとは今のところ思ってないので、大陸圏で若いうちに一度働いてみたい。
そういうことを考えると、特に今すぐ戻ってきて、日本で働こうっていう気分にはならない。
でも勿論家庭の喜びも人生の非常に大きな側面だし、それが日本にいた方が得られると思ったら、日本に住むことには躊躇ない。 私は家族の為に、生活のために働きたい。 仕事を優先して、家庭の喜びとか、友人達との慈しみ合いとかを失うのは本末転倒じゃん。
夜、友人達と銀座のビストロでコーヒーを飲んでいた。 大好きな瑞穂と大山と。 彼らの顔を見ると幸せになる。
その日はとてもいい一日だった。 もう一組の友達夫婦の間に生まれた赤ちゃんにみんなで会いにいき、その後はとても素敵なバーでかっこいい男友達とお酒を飲んだ。 そして、落ち着くお店で帰り際にコーヒーを飲んだ。
すごく幸せだと思う、と言ったら、大山が結構本気でうなずいていた。 私が幸せであってほしいと思っている人たちは、みんな恵みの多い幸せな人生をおくれている。 私は、結構涙が出そうなぐらいに、自分に訪れている幸運と恵みを噛み締めていた。 これ以上ってないよ!
定住地がなくても、まだ形になっている物事が手に入っていなくても、味わいや優しさや、恵みが日々にあふれている。 とても幸運だ。
まとまりのない文章になってしまったけど、「これからどこに住むのか」とかって、結構この幸運な感じを心の明かりにして、決めていくことだと思う。 私にとって、ここが一番明るくて、そして暖かいと思える場所にいつかは住みたい。
そんなことを、思っています。
あー、それにしても日本楽しい! 観光でくるにはベストな場所だね。
観光ツアーとかデザインしようかな。 誰か私と一緒に東京観光ツアー、デザインしませんか? 中国とかの若い、プライド高くて、センスがいい人たちを相手に、東京でのグランドなツアー、デザインしたら絶対楽しいよね。
2010-10-26
2010-10-17
2010-10-07
主夫
私の友達は研究者やデザイナー、建築家など
結構家で仕事ができる人が多い。
完全なる専業主夫はいないけど、
大抵家で一日に数時間ずつ働いて後は家事をしている。
何故こんなに最近回りの友達は主夫なのか、
悶々と考えてみた。
元々私の父が専業主夫だった。
今では専業ではないが、それでも家事のリーダーシップを取っている。
なので、そういう生活が好きな人とは感覚があう。
多分それが因果の一つ。
そして私は男子校のような環境にずっといたので、
圧倒的に男の子の友達が多い。(残念な位に周りに女の子がいなかった。)
私自身は別にマッチョな男子じゃないので必然的に中性的な男の子と友達になる事が多かった。 多分これも因果の一つ。
また私は、作りが雑なので、かなりのハイメンテナンスが求められる。
インド車のアンバサダーが人間になったらこういう感じだろうという作りだ。
必然的に私は甲斐甲斐しい人と友達になる事が多い。
結果人種性別年齢問わず、私の友達は菩薩系の方々が揃う。
友達勢揃いの時なんて、ほとんど涅槃。 菩薩勢揃いで曼荼羅状態。
彼らが立身出世とかよりも家庭を選ぶのは大変理解できる。
なんか、そういう方向に頭が向いていないのだ。
菩薩だから。
こっちは大学院に行く前に結婚するケースが結構ある。
片方が働き、もう学生をする方を経済的に支える為だ。
私の友達は、カップルで大体一年ずつ交互に学生と労働を繰り返している。
学生側の貰う奨学金と、労働者側のお給料で二人の生活を成り立たせている。
そして家で論文を書いている側が大概の家事をする。
そんな生活を考えてみたらここ4年位交代しながら彼らはしている。
勿論不景気も手伝っている。 元々そんなに外でビジネスマンになるようなタイプの人達じゃなかったから、「ガッツリ働くより、家庭を守ろう」って方向に行くんだろう。
まあ皆素晴らしい伴侶がいて、家庭があるから、そこでオーケーならいいんじゃんと思って眺めていた。(家庭願望がある奴らが多かったみたいで、友達みんな今伴侶持ち)
で、実際自分も働きはじめて、私の連れ合いも働いていてって生活をしてみて、どっちかが仕事をカットダウンする事の意味がはじめてわかった。 両方ともフルタイムで働いていると、家に帰った後に家事をするだけで時間が取られて、なんか"生活"が無くなるのだ!
結構家で仕事ができる人が多い。
結果的に大学をでた今、私の友達はやたらと主夫になっている。
完全なる専業主夫はいないけど、
大抵家で一日に数時間ずつ働いて後は家事をしている。
何故こんなに最近回りの友達は主夫なのか、
悶々と考えてみた。
元々私の父が専業主夫だった。
今では専業ではないが、それでも家事のリーダーシップを取っている。
なので、そういう生活が好きな人とは感覚があう。
多分それが因果の一つ。
そして私は男子校のような環境にずっといたので、
圧倒的に男の子の友達が多い。(残念な位に周りに女の子がいなかった。)
私自身は別にマッチョな男子じゃないので必然的に中性的な男の子と友達になる事が多かった。 多分これも因果の一つ。
また私は、作りが雑なので、かなりのハイメンテナンスが求められる。
インド車のアンバサダーが人間になったらこういう感じだろうという作りだ。
必然的に私は甲斐甲斐しい人と友達になる事が多い。
結果人種性別年齢問わず、私の友達は菩薩系の方々が揃う。
友達勢揃いの時なんて、ほとんど涅槃。 菩薩勢揃いで曼荼羅状態。
彼らが立身出世とかよりも家庭を選ぶのは大変理解できる。
なんか、そういう方向に頭が向いていないのだ。
菩薩だから。
こっちは大学院に行く前に結婚するケースが結構ある。
片方が働き、もう学生をする方を経済的に支える為だ。
私の友達は、カップルで大体一年ずつ交互に学生と労働を繰り返している。
学生側の貰う奨学金と、労働者側のお給料で二人の生活を成り立たせている。
そして家で論文を書いている側が大概の家事をする。
そんな生活を考えてみたらここ4年位交代しながら彼らはしている。
他にも片っぽが外部の建築事務所で働き、もう片っぽは家でその事務所のサポートをしながら家事をしているとか、まあ色々ある。
勿論不景気も手伝っている。 元々そんなに外でビジネスマンになるようなタイプの人達じゃなかったから、「ガッツリ働くより、家庭を守ろう」って方向に行くんだろう。
まあ皆素晴らしい伴侶がいて、家庭があるから、そこでオーケーならいいんじゃんと思って眺めていた。(家庭願望がある奴らが多かったみたいで、友達みんな今伴侶持ち)
で、実際自分も働きはじめて、私の連れ合いも働いていてって生活をしてみて、どっちかが仕事をカットダウンする事の意味がはじめてわかった。 両方ともフルタイムで働いていると、家に帰った後に家事をするだけで時間が取られて、なんか"生活"が無くなるのだ!
2010-09-16
2010-09-08
クライストチャーチ
土曜の昼間、日本の父親から電話が来た。 こちら時間の早朝、NZの南島のクライストチャーチで大きな地震があった事を、日本のニュースで知り心配して電話をかけて来てくれた。
その日はたまたま家のネットが切れていた事と、早朝から用事で街を出ていた事が重なって、私はニュースを全く見ていなかった。 驚いてコンビニに飛び込み新聞を見たけど、地震は新聞を刷り終わった頃におこったため、載っていなかった。
そして銀行に入り、待合室のテレビでニュースを見る。
心配だ。
その日はたまたま家のネットが切れていた事と、早朝から用事で街を出ていた事が重なって、私はニュースを全く見ていなかった。 驚いてコンビニに飛び込み新聞を見たけど、地震は新聞を刷り終わった頃におこったため、載っていなかった。
そして銀行に入り、待合室のテレビでニュースを見る。
心配だ。
2010-08-23
鉄平
多摩美にいた頃、鉄平見たさにMTV見まくっていた。
YUKIちゃんの物まねをする鉄平、幼少期に家族の食卓で「お母さんはお父さんのチンコくわえるの?」と聞いたんだよねけろっと言う鉄平、ささやき戦術で「恋に臆病になっているんだよね」とほざいた鉄平。 全てが笑えた。 そして「こうありたいものよ」と思ったもんだ。
そんな鉄平が癌になった。 自分のラジオ番組とブログで、癌になった事を発表した鉄平。 なんて潔くて正直なんだ。 そんな所まで鉄平らしい…。
若いのに癌。 癌って、身近な病なんだなぁ…。
鉄平、鉄平、鉄平。
頑張れよ鉄平。
元気玉鉄平に送るぞー。 鉄平! 今日本中のMTVっ子が元気玉送ってるぞーーー!! 鉄平ーー!
YUKIちゃんの物まねをする鉄平、幼少期に家族の食卓で「お母さんはお父さんのチンコくわえるの?」と聞いたんだよねけろっと言う鉄平、ささやき戦術で「恋に臆病になっているんだよね」とほざいた鉄平。 全てが笑えた。 そして「こうありたいものよ」と思ったもんだ。
そんな鉄平が癌になった。 自分のラジオ番組とブログで、癌になった事を発表した鉄平。 なんて潔くて正直なんだ。 そんな所まで鉄平らしい…。
若いのに癌。 癌って、身近な病なんだなぁ…。
鉄平、鉄平、鉄平。
頑張れよ鉄平。
元気玉鉄平に送るぞー。 鉄平! 今日本中のMTVっ子が元気玉送ってるぞーーー!! 鉄平ーー!
2010-08-22
夢の病院を作ろう

時々ここで買物をする。
稼ぎ始めると、周りの人達とお金の話しをする事が増える。 全体の何パーセントを貯金に回しているかとか、どれぐらいを短期間で消費する目的のお金として取り扱っているかとか…、そして何パーセントを寄付に回しているかってのも出てくる。 人によってはどれぐらいを祖国にいる家族/親戚に仕送りするかってのも含まれてくる。
一部のキリスト教教会に属している人達は、義務として収入の10%を教会に寄付する。 ポリネシア系の人達の行く教会にそれが多く、彼らは当然の事として収入を寄付して行く。
そしてたまにそれは職場で、ディスカッションの対象になる。 何故お金なのか。 人に捧げる事が出来る自分のプロパティーは、時間であったり、思いやりであったり、一緒に考えてあげる事であったり、代わりにやってあげる事であったりもする。 お金でなくても良い訳だ。 無批判にお金を誰かに渡すってのが、結果としていい事に繋がる訳じゃないってのは、これまでのエイドなどでの結果で誰しもが知っている。
祖国の人びとに仕送りをしている同僚は、親族に「お前馬鹿じゃないの?!」っていうお金の使われ方をしているのを知り心を痛めている。(親に何年も仕送りしてもらい、「お前本当に馬鹿だろ?!」ってお金の使い方をしてきていた私としては耳がマジで痛い話しだ。)
そんなことをたまに話す。
大概の同僚や上司達は、無宗教でもキリスト教的素養が強いからだろう、10%ぐらいの収入を自動的に寄付や募金に回している。 貧困状態にある片親家庭へのスポンサーになっていたり、海外の子供の里親をしていたり、やり方は様々。 意見も色々ある。
「NZは政府の福祉がある程度ある訳だから、スポンサーする必要はない。 それよりも、政府の福祉が機能していない地域の子供にお金を渡すべきだ」「いやいや、それは理想論。 政府の福祉じゃ足りないし、貧困問題は結局の所は自分の地域社会を荒ませてしまうのだから、自分の地元の子供の成長の為にお金を渡すべきだ」などなど。
お金だけじゃなくて、時間を捧げている人達も多い。 週末に片親家庭の子供を預かる(例えば母と息子だけの家庭の場合は、子育てが終わった男の人が週末に息子を預かって一緒に遊ぶなど)事をしている人達も多い。
理想はまんべんなく人びとのケアが行き渡る事だろうから、多様性はいい事だ。 人と違う事をする事が大切な領域の一つだと思う。 面白いなあと思いながら眺めている。
で、私の場合は何となく自分がコンスタントに続けられて、自分にとっての大切な人達の為になるサービスは何なんだろうと思って探した結果、「夢の病院を作ろうプロジェクト」を選んだ。 まず何となく、日本の子供に寄付がしたかった。 別に身内に癌の子供がいる訳でもないのだけど、コンセプトを読んでいたり、買える物を読んでいるうちに「これは必要なんだな」と思えたから。 読んでいるうちに、必要性に納得させられたってのがここを選んだ大きな理由だな。 これが良い選択理由になっているのかは分からないんだけど「デザインがきちんとしているから」ってのも理由のうちには含まれる。 工業デザインという活動のうちの大きな動機の一つを、このプロジェクトを見ていると思い出させてくれる。
貧困層や、片親家庭、同年代の障害がある人達…、自分の収入の一部をこういった人達に届けたいと思う相手は沢山いる。 「自分がこの立場になったら助けが必要になる」と思う人達は沢山いる。 その中でなんで癌病棟なの?なんで子供用なの?と聞かれるとズバっとは答えられないんだけど、(優先順位を決めるのはとても難しい)とりあえず今はここ。
買物をするのが好きな人は、是非ここで買物をしてもらいたい。 寄付っていうと抵抗があっても、買物はみんな好きでしょ? 私は、「プラスチックじゃない容器」をよく買います。
2010-08-21
むっふん
以前シドニーで奇妙な彫刻を複数見た。
街のど真ん中に誇らしげにあった噴水。
全体像はこんな感じ…。
私はこの彫刻は変だと思う。
鼻の穴から水出てるし…。
しかも白人男性(マッチョ)が獣を征服する像って、街の真ん中にあっちゃぁいけないんじゃないかと、見ていてかなり不愉快になった。
「野蛮なのはどっちかって言うとお前だ!」と彫刻の男に向かって喧嘩を売りたくなる。
股間を凝視。
混乱させられる。
所変わればだなぁ…。
新しい若者向けのショッピングモールにも雄牛がいた。
でかい玉をぶら下げて。
私はあまりこういうマッチョ彫刻に縁がない地域で育ったので、
町中にこういうムキムキで権威的で、
無駄にリアリスティックな彫刻に溢れたシドニーは強烈だった。
地元の人達からしてみたら誇りなのだろうか。
カルチャーショック。
2010-08-08
さよならG9
数年間愛用していたCanon powershot G9がついにお陀仏した。
酷使し過ぎていたようで、どうもガタピシャ来ている感じはあった。 そしてある日動くのをやめた。
高校で写真の授業を取っていたわりには(NZの高校では"幾何" "物理" "統計" "音楽"ってのと同じ割合で"写真"っていう授業がある。)カメラに疎い私。
当時は勿論フィルムでありましたし、ベージックな働きは一応学びましたし理解はしているんですが、こう、情熱的なオタク達の言説にはついていけない…、ってのが実情です。
カメラは本当に奥が深い…! 「写真に特化したい」となったら、金銭的にも技術的にも情報的にも本当に人生を捧げなくちゃいけないですよね。
実は今、写真と製本に関する産業に携わっているので、とても優れた写真家の方々や、特化した印刷技術に関わらせていただいております。 一日にそれこそ何百枚も写真を見ているのですが、余計に「これは…、プロの人に巨大な尊敬を捧げて、私はサポートに徹しよう!」という思いを強くする一方です。 写真は、本当に、一つの宇宙。
ただ仕事上、ドキュメンテーションっていう側面で一日に何回もカメラを使って写真を撮影しています。 そして私生活でもよく写真を撮ります。 カジュアルな行為としてはとてもとても好きなのです。 ほぼ唯一の趣味であります。
なのでカメラが無いのは非常にきつい。
今日はカメラ小僧の友人と一日カメラの買い出しに行ってきました。
何でもかんでもイメージで決める私の友人は、それはそれは頼もしかった。
一瞬デジタル一眼レフに自分のカメラをグレードアップさせようかと迷った私に、「杏奈が一眼レフを担いでいる姿は想像がつかない。 似合わない。 かっこわるい。 色っぽくない。 君向けじゃない。」と、ずばっと独断され、一気に選択の幅を狭めてもらいました。
確かに私の日常的な使い方を考えると、一眼レフは向いていない。
ってことで、コンパクトカメラのハイエンド機種を検証。
値段のパフォーマンスがいい事から、Canon S90に一瞬心が傾いたが、写真撮影ってやっぱりなんだかんだでマニュアル操作が楽しいんだから、簡単操作系を買っちゃうと、結局使わずにもうちょっと操作できる機種を買い直してしまいそう。 って事で却下。
ケチな心が出てきて「いや、これも一種の"質素遊び"って位置づけにして安いカメラで手を打つんだ私!」と一時間ぐらい自分を説得したんだけど、失敗。
それで一応G11を候補にあげて、試し撮影をさせてもらう。 頼もしい。 実に優秀。 しかも結構美しい。(デザイン的にはG9がなんだかんだで一番完成に近かった気がするんだけど、それでもG11も他の機種と比べるとずば抜けて美しい)
ただ、心の中にはずっと欲しいと思っていたカメラもあったのだ。 これを口に出したら、欲望に耐えられなくなって買っちゃうと思って、躊躇していたマル秘カメラが。
「がっちゃんこ」と物がはまる感じが好きでたまらないから、工業デザイナーになったと言っても過言でない「がっちゃんこ」好きな私の心をロックオンしてたまらないビューティフルで、ソリッドなワンダーカメラ。 それは…、RICOHのGXR。 発売された時から欲しくてたまらなかった。
ただNZではニッチすぎるカメラとして非常に値段が高かった+日本にこの間帰った時は円高過ぎて買えなかったので、欲望は強固に封印されていた。
このカメラは工業デザイナーだけに向けて発売されたんじゃないかってぐらいに、私の心をくすぐった。
まず、四角い。
素材の持つ美を最大に引き出しているマット加工。(素材の祝福は工業デザインへの祝福である)
モダニズムの申し子のような黒。
近代工業のシグネチャー的動き、がっちゃんこ。
近代工業の礎的コンセプト"ユニット"を仕様。
コンパクトカメラ以上、デジタル一眼レフ以下の、そのたまらない立ち位置。(デザイナーは全ての職業の中間位置に立つのが仕事なので、このカメラには感情移入できる。)
「既存のカメラからの大冒険をしましたな!」っていう、ラディカルなゲシュタルトの変化。
結果として非常に美しい。
要するに、たまらない。
そしてラディカルすぎるので、常に廃盤崖っぷち感があり、思わすその実験性を評価しサポートする為だけにも商品を購入したいという、RICOHのエンジニア+デザイナーさんたちへの仲間意識。
本当に欲しかったんだ。
持っちゃいけない、もったら買っちゃうと思いつつも、思わず触ってしまった。
そして友人にその立ち姿を絶賛される。 「このカメラ、アンナ似合い過ぎ。」と工業デザイナー同士でしか評価ができないような基準で、似合うか似合わないかを審査してもらった。
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