土曜日, 5月 24, 2008

インディアナジョーンズ クリスタルスカルの王国

 インディアナジョーンズの新作を見てきた。 っす、素晴らしかった…。 涙、止まらず。 絶対にリピーターになること間違えなし。 面白いんだって! 間違えなく面白い。 ルーカスとスピルバーグって本当に凄いよね。 スピード感が普通の映画じゃない。 エキセントリックでキャンピーで、クレイジー。 ほとんどの事に理由はないのに、ことが進んでいくそのマッテョな構成。 力技の極地。 会場割れんばかりの拍手。 LUCAS FILMって出た瞬間に本当に割れんばかりの拍手でした。 お決まりのシーンとか銘台詞とかの時も凄かった。 大盛り上がりで、最後はスタンディングオベーションだった。(ウェリントニアンは基本的に馬鹿だ。) 私も手に握っているビールこぼれんばかりに暴れながら見た。 楽しかったぁ…。 くっはぁ。

 メインストリーム映画は滅多に見ないんだけど、今回はこの経験から分かったわ。 私に足りないのはメインストリーム映画及び常識なのだと。 私のwankerっぷりの原因は間違えなく常識の欠如から始まっているんだよ。 だって、偏った情報にしか触れていないもの。 私の常識では映画の巨匠はソクーロフで、ルーカスがインディペンデントでエキセントリック系になっているんだけど、いやいや、世の中エキセントリックなもの程メインストリーム。 分かってなかった!!! 

 はあ…、それにしても素晴らしかった。 本当に楽しかった。 絶対におすすめ。 見なきゃ。 見なきゃ。 魂ふるわせなきゃ。 アドレナリンでまくり。 ハリソンフォード格好良すぎ。 ミックジャガーとハリソンフォードは永遠です。

 





 家に帰ってきたら、どんなジャンルの音楽でも聞く同居人が私たちが高校生の時に流行っていた下らない音楽をかけていた。 これも結構名曲だ。 とりあえず聞いていて楽しい。 




さあ、皆様、心臓を強くもって、オプティミスティックにやってこう! 楽しくいよう!

金曜日, 5月 23, 2008

Veni vidi vici!!

 お祭り状態に課題の提出ラッシュが行われている。 なんだか今朝が百年前みたいな気分になるよ。 とほほ。 二日間ぐらい朝の9時から夜の12時まで学校で作業をし、一つの課題を上げた。 グループプロジェクトなので放置したら焼き殺される気がして、本当にこのプロジェクトだけに関わっていた。 グループ中のみんながそんな気分だったみたいで、みんなで揃って全ての他の課題に手が付けられなかった。

 家具を作る課題で、提出期限が伸びるという噂が流れたのもいけなかった。 私は性根がモブなのか、信じてしまった。 提出期限をのばす為にはクラス中の人のサインが乗っている嘆願書を出さなきゃいけないんだけど、てっきりみんなサインしてくれると思い込んでいたんだよね。 だから、余計にグループプロジェクトだけをやっていた。 インダストリアルデザインの四年生はみんな信じていたんだよ! 家具の授業をとっている後輩達もみんなサインしてくれるだろうと。 でもね、事は上手く運ばず提出期限延長ならず。 ボム!!! 後輩達はきっと四年になった時に気がつくだろうさ。 彼らがとった非常に冷たく非人道的な行いの意味を。 彼らは私たちがどれだけ忙しいか分かっていない!!!!!!!!!!!!

 って事で今朝グループプロジェクトのプレゼンをし、午後から家具を作りはじめた。 提出期限は明日。 今日の私の生産性は機械を超えたのではないだろうかというぐらいにある意味であっぱれだったよ。 家具って普通一日では作れないって。 作ったって。 きっと明日の朝見たら、真っ青になるような「頭大丈夫?!」ってぐらいに雑なのを。 嗚呼。 よよ、落涙。 そして明日はもう一個プレゼンがある。 これは起業した時の為の報告書やらをただひたすら作る授業で、今回は銀行さんへのレポート制作だった。 ひたすらお金の計算なのね。 そして、リスクの回避の方法とかを報告するんだけど、これも多分普通の人が一週間ぐらいかけてやるのを数時間でやった。 だって、今日は夜の12時まで大学で家具を作っていて、家に帰ってきた時点で疲れていて、でもやんなきゃ痛い目にあうんだもん。 きちんとやっていないし、自分が書いているレポートの意味すら分かってないからリスクなんて思いつくはずも無い。

リスク: 仕事をする気にもならないぐらいの鬱々とした自己嫌悪
対策: 徹夜をしない/最後まで仕事を溜めない/その為に時間のマネージメントをちゃんとする


とか、

リスク: 現実を嫌いになる
対策: せめて愛している人と暮らし、私生活だけでも充実させる

とか、銀行関係ない事しか書けなかった。 ってか、PHP出版? 私、誰に何を報告しているの?


あああーーん、きっと後数回瞬きしたら朝だよ。 こわい! 我が身が怖い!





でもね、でもね、多分ずっとちゃんと寝てないから、奇妙に盛り上がっていて、何かに打ち勝っているような気分になっているの。 だから今日はクラスメイトとVeni vidi viciと連呼していたよ。

Veni vidi viciは、カエサルの銘台詞「来た! 見た! 勝った!」のラテン語版で、そう、この言葉が私は妙に好きなの。 「ここを越えれば、人問世界の悲惨。越えなければ、我が身の破滅。 進もう、神々の待つところへ、我々を侮辱した敵の待つところへ、賽は投げられた!」とか、心に突き刺さるぐらいの素敵台詞じゃないかい? この勇気があればなあ。 はあ。 明日の二つのプレゼンがなんとかなるように、カエサルに祈る!!!

火曜日, 5月 20, 2008

チャージド!!

 すっげー、ぐったりしてた。 色々なレベルのぐったりがあって、大抵は「あー、杉本博司の写真が見たい。しかも李禹煥の文章もよんで、作品の写真をなめるように見て、やっぱり世界ってこういうものなんだよって言う深い音に沈みたい」ってなる。 結構ラグジュリアスな落ち込み方を私はする。 でも、ただぐったりしている時って、ただゾンビのように生活してしまう。 音が聞こえなくなる。 ほとんど何かの余熱で動いているようなもので、無理なんだって。 写真すら見えない。 ここ最近はなんかそんな感じだった。 

 でもどっかでやっぱパリっとしたいとは思っているんだよ。 

 友達からラブリーなメールが来ていて、ラウシェンバーグについてかいてあって、思わず歓喜の歌が頭に流れた。 「私今完全に、チャージド! 完充電済み。 それどころかちょっと放電中!」と言ってクラスメイトに抱きついた。 だって、友達からラウシェンバーグについてのメールが来て、しかも言っている事がバンザイだったんだもん。 どうもありがとう友よ。 よっし! 充電されたし、課題するぞ。 頑張って課題するもんね!!

土曜日, 5月 17, 2008

HDU

High Dependency Unitというニュージーランドのバンドのギグに行った。 
大音量で音楽を聞くのって気持ちがいい。 音楽を聞きに行く度にもっと頻繁に行かなくてはと思うんだけど、実際誘われない限りはあまりしない。 週に一回はライブ音楽を聞いてはいるけど、音楽を聞きに行くために場所に行くってのと、場所に行ったら音楽がなっていたってのには結構な差がある気がする。 地響きのような音楽をもっと聞こうと思う。 

憂国

 ちょっと強烈で、でもバランス感覚のある男の子と週に二回定期的に会っている。 一回は日曜日の昼過ぎのコーヒーの為で、もう一回は週の真ん中で彼の選んだ映画を見る為だ。 可愛らしい人で、私は会う度にちょっとうきうきする。

 彼の今回のセレクションは、三島由紀夫の「憂国」という30分のショートフィルムだった。 

能舞台上で二人の男女が人生の最後の瞬間を演じ、それを映画として記録している作品なんだけど、結構おもしろかった。 その男女は、切腹するっきゃねえってなった若い軍人と、その奥さんで、彼らは舞台上で審美的なめろめろセックスをし、そしてハードコアに視覚的な、内臓飛び出まくりの切腹を繰り広げる。 英語のタイトルは"ritual of love and death"。 まさにその通りで、loveに15分、deathに15分、合計30分な合理的な内容配分。 

 映画の根幹を支えているプリミティブな美に熱狂的に共響できたら魂に響くんだろうけど、現代人的な感覚で見ると白々しい気分になる。  そんな映画。 あくまでもアングラ。 

 友人が何故これを選んだのか分からないけど、確かに男女二人が大学の図書館のAV roomの隅っこでイアフォンをつけてみるっていう様式美にはあっていた。 ある種の親密感を私たちの間に作り出した事は確かだ。 多分、私たちの周りだけ温度と湿度が高かったと思う。

 プリミティブなセンスに訴えかけてくる分、やっぱり見終わった後は強烈な高揚感となんでも出来ちゃう感が沸き上がってきちゃうから、何となくこの映画が日本で気軽に入手できるようになったらよろしくないだろうなと思う。 現代と適応できていない人とか結構気持ちよく流されちゃいそう。 単純な感じが良いんだろうね。 youtubeでも全部見れるみたいだから、物好きな人は見てみて下さい。 


金曜日, 5月 16, 2008

ラウシェンバーグ

 尊敬している作家の断トツ一位であるラウシェンバーグが死んだ。 寂しい。

 彼は物事を本当に変化さすことができる優れた芸術家だったと思う。 素材の価値を、物の意味を、美術史を、芸術そのもののを、絶えず、本当に絶えずシンプルに変化させ続けてきた。 抽象表現主義からポップアートの間で、彫刻と絵画の間で、日常と芸術の間で、ラウシェンバーグは本当に輝く作品を作り上げた訳で、そういう特異な立ち位置がたまらなく好きだった。 かっこいいってそういう事だといつも思う。 

 私は彼の作品の持ち合わせたコンプレクシティーに、ものすごいエネルギーとクールな楽観的世界観を分け与えてもらい続けていた。 
すっげーーー、かっこいいと思う。 ラウシェンバーグ、かっこよすぎ。 授業でラウシェンバーグの作品のスライドが壁に投影された時に「うわ! かっこいい!!」と思わず大声で言い、それまで真面目そうに講義をしていた教授が「っか、っかっこいいよね!!!」とキラキラした目で私を見た瞬間とか、コミュニケーションってのの結構な原体験になっている。 ものすごいスピードで弓矢が胸に突き刺さるかっこよさ。 それぐらいのスピードがコミュニケーションを作る。 あのときの私たちの反応はかなり結晶だったよ。 

 ポロックも、ウォホールも、そりゃかっこいいけど、どっかださい。 でもラウシェンバーグはただずっとかっこいい。 それって単純に彼の作品の持っている楽観的な空気感のせいだと思う。 本当のかっこよさってそういう事だ。

 こんなにかっこいい人と時代を共有していた事に魂震えるって。 ラウシェンバーグの作品にこれからも沢山の祝福を。 そして、作品が与えてくれる絶え間ない希望に声をあわせて「かっこいいーーー!」って言い続けようと思う。 ラウシェンバーグ、かっこいい!

 



 

金曜日, 5月 09, 2008

不安になる

 日本のニュース番組やpodcastをネットでふれると反中国の発言があまりに煽動的で驚く。 

 どうしちゃったの?! 何が欲しくて何がしたいのかと考えさせられる。 

 「そんなの、お前に関係ないじゃん」って次元の事まで言いはじめちゃうぐらいにプライドと理性を捨てた中国たたきは一体なんの為なんだろう。 結局なんの話しなんだよそれって思うぐらいに整理されていない細切れの情報たっぷりか、奇妙に話しが端的で情報が足りていないかのどちらかに偏っている場合が多い気がする。 あんまり責任とか持って発言している人がいない気がする。 そこまで相手を批評する事でなんかこっちに具体的な利益があるの? もうちょっとクールダウンしないと、本当の利益とか国益を失うんじゃないだろうかと別に政治に詳しい訳じゃない私は思う。 パンダだなんだって話しを聞いていると、ほとんどconspiracy theoryみたいなもんじゃないかと思うんだけど、それとも本当になんかあるのか。 あー、9.11以降のアメリカ人も自分の国の報道を見ながらこんな気分だったんだろうな。 どっちにしろ、情報の受け取り側を群衆にしたいんだろうなって雰囲気は伝わってくる。

 ニュージーランドでも中国政府に対する感情は複雑だけど、もうちょっと大人な対応だ。 もし今の日本の典型的なニュースのような報道の仕方をしたら、自分の国の行く末を心配をするだろう。 もし中国が脅威ならば、そして今以上の経済成長と国際的影響力を得ると思っているならば、それこそ相手からの尊敬と良い意味での興味を相手から得てやり合うってのが全うな態度に思える。 でも傍目から見て、日本のヒステリックな報道の仕方は相手側への啓蒙や尊敬の心をくすぶるような事はしていないように見えるし、そんなに賢くも見えない。 そんなんじゃ、得れるものも得れなくなるんじゃないかと思う。 そして相手に与えたい影響も与えられないのではないか。 そんなどっちにとってもディスアドバンテージな事はやらなくていいじゃんか。

 なんか時代錯誤な「相手が想像以上にしたたかそうで怖いから、利益よりもがむしゃらな自己主張!」っていう空気に、怖い事がおこっちまうんじゃないかと不安になる。 もうちょっとクールになろうよ。 絶対したたかな態度をとった方が身の為だって。 そして、相手の為だとも思う。 やけっぱっちにやって上手くいった政治なんてそんなに無いんじゃないかな。 なんか嫌な世相だよな。 世相が悪いね。