2007-10-11

眠いし寒い

 今週で一応学校が終わる。 ただし、私の学部だけ後数週間授業がある。 有り難いんだか、有り難くないんだか分からないけど、雄々しい学部なので、周りが終わったからって終わってくれやしない。

 とりあえず今週提出ラッシュになっている。 ぐへえええええ。 先週から今日まで、一応毎日五時に起きて学校に通った。 今学期まで私は徹夜派だったんだけど、先月ぐらいから急に早起きの方が楽だと思いはじめて、十二時になったら絶対に寝て五時に起きる事にしている。 そうすると一日が長い! でも、全体的にはすごいスピードで過ぎていて、四週間前の週末にやった事が、まるで今週末のイベントだったような錯覚にとらわれる。 

 今日一つ大きな課題の提出をして、そうしたら脳みそがすっきりして、それまでうだうだと悩み悩みやっていた事に対して、「もうどうでもいいからただやっちまえ!」っていうのりになってきた。 だから今日の午後の私はたくましかったですよ。 古い友人たち全員に是非見てもらいたいものです。

 一昨日考えていていたんだけど、喜びには段階がありますね。 「悩む喜び」「決断する喜び」「終わらせる喜び」。 個人的には終わらせる喜びが一番後腐れが無くて好きなんですが、悩んでいる時はその悩みの喜びに取り付かれ先に進めなくなったりします。 要するに、私の問題は「決断できない」なんだろうな。 

 話しは変わって、私の学部は雄たちの群れで結構仲間意識が強いです。 今回の団体行動は、クラスの半数が取っている選択単位であるドローイングの提出期限をのばしてもらうでした。 スタジオの為の作業をやっている時に、「おい、金曜日までにドローイングできるか?」という話しになり、全員で「無理だ!!!!」とパニックになり、エレベーターに飛び乗り、ドローイングのコースコーディネーターの所に懇願しに行きました。 あまりの人数と必死な感じのおかげで、提出は月曜日にのばされ、本当に命拾いした。 じゃなかったら、あたし、とんでもない事になっていた。 団体行動万歳。

 エレベーターは妙なボンディングの場所で、十人ぐらいで乗るとその満員な感じが楽しくてみんなで何かをする事にしている。 例えば、これは人数が少ない時もやるんだけど、お互いを激しくつっつきあうのが流行っている。 工業デザインのスタジオがある三階から一回までの間でお互いをただ笑いながらつっつきあうのね。 

愛おしい行動ですよ。 

後は、いっせいにジャンプするってのもある。 勿論、エレベーターは緊急停止するし、止まる時にすっごい衝撃がある。 きっと危ない行動。 でもちょっと楽しい。 で、みんなでキャーーー! ギャーーーー! オーーーー!!って叫んで、ちょっとした遊園地状態になる。 

ただやりすぎたから学校側が危険だと怒って、私たちの階だけ一時期エレベーターが止まらなくなった。 工業デザイナーたちだけ、階段を使わなくてはいけない試練の時があったのですよ…。 まあ、2週間ぐらいで許していただけましたが。 

あとは学校中に響き渡る音量で音楽をかける、昼寝当番みたいなのがあり、交換でソファーで眠る、水曜日の夜中は学校でビールを呑みながら模型を作るなど、微妙な文化を私たちは作っている。 

私、クラスメイトだいっ好きです。 

とりあえず、クラスメイト大好き週間が極まりはじめて最近はみんなを見るだけで母のような気持ちになりちょっと涙。 「坊ちゃんたちも大きくなりよって」の心境だ。 母というよりも、乳母?

まあ、そんな感じ。 あとちょっとだ、頑張るぞ。

2007-10-08

がちょん

 前の提出の成績が帰ってきた。 全部、さんざんだった。 「こんなに一気に悪い点だけなの始めてだ。」と呆然とした。 本当に、がちょんときましたあ。

 原因は分かっている。 私には熱意が無かった。 これっぽちも無かった。

それにしても、「あたしって」の瞬間ってのはよく訪れるものです。 

土曜日の夜中、静かなバーで一緒にいた人に「君はシニカルすぎる。」と断言された。 その後、違う二人に「人間に対する愛よりも物に対する愛の方が強いんじゃないか」的な事を言われた。 今日帰ってきた成績と批評には「システムを考える情熱はすごい。 直接的な物そのものには君が興味が無い事はよくわかった。 システムを考えたいのならそこをのばしなさい。 ただ、使う人(この場合は乳母車を使う親と子供)に対する興味と同調する心を後少しでも良いから持ちなさい。」とかかれていた。 私はシニカルで、人より物が好きだけど、物よりもシステムの方が好きで、いつも「これよりあれがすき」と遠くばっかりをみている現実逃避野郎なんだろうか。 それともコントロールする人にでもなろうとしているのか? 1984年生まれだから? ビッグブラザー?

この数日の間に私の機能不全な所が急に露見したような気がする。 今日、鉄を曲げながら結構本気で考え込んでしまった。 「あたしって人間失格?」と。 

勿論、こういう批評を言ってくれる人たちは私に大きな貢献をしてくれているので、そういう人たちが周りにいてくれるというだけで、私って素晴らしいと思う。 そう、それだけで

2007-10-04

近所

 私の近所は友達が偶然沢山すんでいる。 2軒先には親友が住んでいて、それも偶然に同じ時期にお互い引っ越してきたんだけど、それだけでも私は興奮して「すっごい! 私たちってすごいね!」ときゃーきゃーやっていた。

 で、昨日玄関を出たら、どうも知っている顔が前を歩いていた。 私をこの国によんだ高校の先生だ。 私がここに来たのは彼女が誘ってきたからで、結構人生を変えた人。 でもめんどくさがりやなので大学に入ってから連絡を取っていなかった。 

 お互い驚愕し「どうしてここにいるの?!」と言いあう。

 そうしたら分かったんだけど、私の向かいの家が彼女の家だった。 三歩の距離。 毎日彼女の家とは知らず見て暮しておりました。 

 親友は高校に入った時始めて友達になった子で、先生はこの国で始めた会った人で、全員でわざわざ数回の引っ越しの後、三歩の距離に住んでいる。 すっげー。

 こういう偶然が沢山ある。 偶然って良いよね。

固仕事

 気持ちよく一日を過ごそうと思い、クラスメイト全員分、マフィンとビスケットを焼いていった。 勿論、同居人のお昼ご飯の分と、隣近所の家の人分も焼いた。 嫌いな人にだって、マフィンはあげる。 先生にもあげる。 みんなにあげる。 

 そして夜は一時間一回も休みなしで、クロールと平泳ぎを繰り返し、健康第一当たり前。 朝は六時半から起き、朝時間を大切に。 勿論、親にも楽しくやっている事を伝伝えるメールをした。 



 ああああ!!!! やりたくないんだよ、俺はsolid worksでのモデルメイキングがやりたくねえんだ!!!!!



solid worksってのはまさに陰気の固まりであるCADシステムで、一向に私はなれる事がなく、脳みそが割れて腐りそうになるんだ。 内臓を全部掃除機で吸われているような気分になってくるんだよ。 心がポッキリと折れるんだ。 ええ、ポッキリと。 

宇宙のような、大自然なプログラムで、「?!?!?!」って事の繰り返しなのだよ。 不思議な事しか起こらないソフトなんだ。 この、コンピューター大好きっ子で、魔法使いのように他のソフトは考えなくても、直感で使いまくれるこの私は何故だか分からないけど、solid worksだけは駄目なんだ。 

勿論、じょじょにだけど使えるようにはなってきている。 しかも楽しい。 ひとりでに顔は笑う。 ただ、激しく裏切られる。 「おい!!!」っていう行動を相手が私の予想に反して始める。 おいおいおいおいおいおいおい!!!

今みんなsolidworksを使っているので、大学のコンピューターの前に一列に座り、みーんな独り言を言っている。 「もうちょっと、もうちょっと曲がって!」とか「まだまだ、もうちょっとでしょ、がんばって」とか。 私も日本語と英語のぐちゃまぜのひどいのをずっと言っているので、隣の人達がすぐに変わっていく。 私の独り言を聞くのは多分、耐えられない事のだろう。 ひどいもの。

あああああーーん、solidworksの神様よ、降臨したまえ!

スウィートかつカジュアル

 乙女会議をしている。 むせ返るほどの"真性ガーリースパーク"に満ちあふれたすっごいのを。

会議の結果として今の所出ているのは、「ビターにはなるな、もっとスウィートに!」と、「カジュアルでいろ」。 


 スウィートかつカジュアル!


"ヘーゼルナッツクリームをはさんだウェハース"な感じだと会議出席者が説明していた。 その通りだろう。


スウィートかつ、カジュアル。 極めたいものです。

2007-10-02

just do as much as you can

 ちょっと前に「時間的に無理があるプロジェクトの場合って、引き受けるのと、引き受けないの、どっちが誠実でお互いの為になると思う?」と知人に相談した。 

 彼は本当に変わった人で、頭の回転の方向が私の真逆にいくので話していてとても楽しい。 私が逆立ちしても思いつかない事を言う人だ。

 そんな奇妙は彼は"Well, just do as much as you can!"と言いやがった。 「え? そんな態度で良いのか? それがベストなの? というか、それって常識? そんな話し聞いた事ないよ。 問題は終わらせられるか終わらせられないかじゃん。」と返したら、「ぜんっぜん、常識じゃない」と笑いながら言われた。 

 そんなに終わらせられなかったらってのが怖いなら適当にフォトショップに画像を入れて、ぼやかしフィルターかけて、タイトルつけりゃ良いじゃんと言われた。 「君、君の学生にもそんな態度で教えてるの?」と訊ねると、とりあえずdo somethingとは言うねと返された。 

 おかげさまで逆説的に私は不肖ながらもなにがやりたいのかが分かってきたよ。 とりあえず、彼の言う方法じゃないってことだけは確かだ。 私は、終わらせるし、なおかつぼやかしフィルターは使わない。

 その時の会話がとてもおもしろかったので作業をしながら一人で思い出し笑いをずっとしていた。 意外な所で意外な人が作業を影で支えてくれたりする。 この、とんちんかんな会話とか良い例だ。

2007-10-01

変な人の日記

 私は自他共に認める強烈なブラコンを持ち合わせている。(そして、ファザコンでマザコンで、男兄弟しかいないという不幸からシスコンでもある。 コンプレックスの固まりのような人間です。)

 私と兄の関係は弱くあまり結びつきもなく、一緒に遊んだ事もあまりないのだが、それが災いしてか本当に強烈なのを持っている。 アホみたいにお兄ちゃんっ子だ。 お兄ちゃんが好きで好きで好きで好きで、好きで好きで好きで好きでたまらないのである。 家族に会いたくて泣いた事は一回しかないが、それも主にお兄ちゃんに会いたくて泣いた。 でも、実際の所お兄ちゃんの話しは滅多にしないし、私に兄弟がいる事すら知らない人も沢山いる。 私から兄の話しを聞いた事がある人はその私の淡々とした感じから「関係、薄いんだね」と言う。 その通り。 実の兄とは半年に一回一分ぐらい話せば良い方だ。 だから、変な転換が生じて私はクレイジーなのである。 

 結果、友達もお兄ちゃんぐらいの年齢の男の子たちが多い。 そもそも、弟か妹のいる人としかあまり友達になれない。 なぜなら私はものすごく「末っ子」だから。 ただただ甘えていたいという狂った願望があるのです…。 年下の友達も沢山いるけど彼らにも年下の兄弟がいて、私と友達の関係は年齢すら関係なく、兄/姉と妹の関係である。 私、6歳の子にも甘えられる自信がある。

 今うちの兄にそっくりな友達がいる。 ニュージーランドヴァージョンのうちの兄だ。 そうとしか表現出来ないぐらいに似ている。  だからつきまとっている。 思わず日本語で「お兄ちゃん」とよんでしまう。 ああ、この甘美な響き…。

 おっと。 そろそろ変態街道まっしぐらになっていって、友達のブログと区別がつかなくなっちゃいそうだから撤退するぞ。 

 あー、一日中ただ甘えて過ごせたら良いのになあ…。

2007-09-29

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月がキレイですね

「I love youの日本語訳を
「月がキレイですね」
としたのは夏目漱石である。」と茂木健一郎が言っていた。

夏目漱石すっげー。

感心してまわりにいいまくった。

金曜日、日中にちょっと晴れたから、好きな人と歩行者天国のビアガーデンみたいになっている所でビールを飲んだ。 赤ちゃんみたいな人で、そのフラジャイルさと強さ、両方に驚く。 なんてきれいなんだと美的体験。 「晴れていた/ビールが美味しかった」という、私の二大機嫌が良くなる要素を引いても、十分に良かったとと思う。 思わず、月なんて出てないのに、「月がキレイだね」と言う。 相手はコンテクストが分かっていないから、いつもの私の意味不明さの一つ程度に思ってくれたようだ。



上の話しとは全然関係ないようで、私からするととても繋がっている事なんだけど、無責任な事をして、それを無責任に周りに言い、自分自身居心地が悪くなる事がある。 勿論、言われた方も嫌な気持ちになるだろうし、それを想像するだけで申し訳なくなる。

「あー、これって最悪だ」と後々思う分、すごく苦い気持ちになる。

でも、もっと一緒に遊びたいし、関係は繋げて行きたいのだと我侭に思う。 

こういう我侭を主張させていただきます。



明日は動物園に行くかもしれない。 楽しみ。

2007-09-28

ビルマ

 教授がサバティカルイヤーに入るまでの一つのセミスターの間、私はその人の研究助手をしていた。 テーマは、ビルマについてで、教授はしょっちゅうビルマに行き、カルチュアルエルゴノミックスについての研究をしている。 

 そして、それはとても、とても政治に左右されている研究内容だ。

 ビルマ(ミャンマー)についてのニュースを見る度に、私は言葉を失う。 何を言っていいのか分からない。

 ただ、私のこの混乱も、動揺も、彼らの国に平和と民主主義政治が訪れる事を祈っているからだと言う事は明確。 私はなんだかんだ言って私の育ってきたこのシステムを素晴らしいと思っていて、それがない地域の人達には、是非、試して、享受してもらいたいのだ。 

ビルマの匿名の芸術家や、デザイナーたちの仕事を沢山見た。 彼らは記録に顔が写ってしまうと虐殺されてしまうので、教授は彼らの手だけを写真におさめる。 私はそれを整理しながら、あの国の政治は根本的に間違えていると強く思った。 間違えはどのようにフィックスする事が出来るのだろうか。 

今、悲惨な状況に置かれている人達に平等と、権利が与えられる事を望む時、自分に何が出来るのだろうと青臭いけれども考えてしまう。

平和は尊い。